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人並冒険者、惑う

「ギギー!」


「チッ、面倒だねぇ!」


 ホブゴブリンに率いられた二〇匹ほどのゴブリンの集団。単体の力は弱くても数の力は侮りがたく、もしヒトナミーナ一人で相手にするのであればそれなりの苦戦は必至だったが――そこに銅級とはいえもう一人の冒険者が加われば話は別だ。


「こ、こっちは任せてください!」


「頼んだよヨワゴシ!」


 ヒトナミーナの背後に回り込もうとした三匹の前に、剣を構えたヨワゴシが対峙する。その構えはなかなかに堂に入ったもので、この程度の敵であれば十分に背中を任せられる。


(最初はどうしようかと思ったけど、なかなかどうしてやるもんじゃないか)


 そんなヨワゴシの様子に、ヒトナミーナは思わず唇の端を釣り上げた。そうして笑みを浮かべたまま、自分は自分で目の前にいるゴブリン達を斬り伏せていく。


「さあ、これで終わりだよ!」


「ギャァァァァァァァァ!」


 敗北を悟ったゴブリン達が逃げないように最後に残した指揮官たるホブゴブリンを倒したことで、一連の戦闘は終了した。けたたましい断末魔の悲鳴が途切れれば、後に残るのはむわっとする血臭と肉片、そして周囲を満たす森の静寂のみだ。


「さ、それじゃ討伐証明の耳と、魔石をとっちまうかね。そっちに倒れてるのはまかせてもいいかい?」


「大丈夫です」


「じゃあ頼んだよ」


 言ってヒトナミーナは腰の鞄からナイフを取り出すと、手際よくゴブリンの死体から耳を切り取り魔石を取り出していく。冒険者になりたての頃は大変だったこの作業も、今では雑談に興じられる程度の日常だ。


「それにしても、アンタいい腕してるじゃないか。最初の戦闘でいきなり転んだ時はニックに恨み言のひとつも言ってやろうかと思ったけどさ」


「ははは。すいません。僕はどうにも本番に弱くて……」


 ヒトナミーナの話に、苦笑いをして答えるヨワゴシ。ヒトナミーナと組んでの初めての戦闘の際、ヨワゴシは敵の眼前で転ぶというあり得ない失敗をした。倒れた頭に向かって振り下ろされる攻撃はヒトナミーナが防いだことで事なきを得たが、この時点ではヒトナミーナにとってヨワゴシは足手纏い以外の何物でもなかった。


 しかも、その後の戦闘でもヨワゴシはくだらない失敗を連発し、ヒトナミーナは早々にヨワゴシに見切りをつけようとしたのだが……


「ま、これなら怪我した甲斐があったってものさ」


 きっかけは、些細な傷。またも失敗したヨワゴシのフォローにまわったヒトナミーナの頬を、魔物の攻撃がかすめたのだ。それは純然たるかすり傷であり傷薬すら必要ない程度のものであったが、それを見た瞬間、ヨワゴシの纏っている空気が変わった。己の頬をバシバシと叩くとそれまで何処か浮ついていた態度が一変、見違えるほど動きが良くなったのだ。


「本当にごめんなさい。僕のせいでヒトナミーナさんの綺麗な顔に傷を……」


「そんなにしょぼくれた顔するんじゃないよ。こんなかすり傷、冒険者やってりゃ数え切れないほど受けてるさ。大体なんだい、こんな年増を捕まえて綺麗だなんて」


「ヒトナミーナさんは綺麗です! 凄く凄く綺麗ですよ!」


「あ、ああ。そうかい? あー、ニックといいアンタといい、何で今更アタイなんかを褒める奴が増えたかね? 調子が狂っちまうよ」


 身を乗り出して主張するヨワゴシに、ヒトナミーナはガリガリと頭を掻く。三〇を過ぎた今となっては、褒められるのは喜びより恥ずかしさが勝るのだ。


「まあいいさ。それじゃこれが終わったら、次は…………っ!?」


「? ヒトナミーナさん?」


 不意に戦闘態勢をとったヒトナミーナに、ヨワゴシが首を傾げて話しかけてくる。そんなヨワゴシにヒトナミーナは立てた人差し指を唇に当てることで応え、そのまま周囲の気配を探る。


(何人だ? 囲まれてる!? 一体いつ……アタイも焼きがまわったもんだね)


 ヒトナミーナの不穏な態度に、ヨワゴシもまた腰の剣に手をかけ辺りをキョロキョロ見回す。そんな時間がほんの少し過ぎたところで、二人の正面に生えた木々の影から、一人の男が姿を現した。


「お前等は俺の仲間が包囲した。大人しく武器を――」


「……フリータ?」


 その男の顔を見て、ヒトナミーナは思わず息をのんだ。維持するべき最低限の警戒心すら忘れ、目の前の男の顔に全ての意識が集中する。


「誰だ? 何故俺を知っている?」


「何言ってるんだいフリータ! アタイだよ、ヒトナミーナだよ!」


「ヒトナミーナ……?」


 ヒトナミーナの呼びかけに、フリータと呼ばれた男は首を傾げる。そのまましばしの時間が流れ……


「ヒトナミーナ!? お前本当にヒトナミーナか!? うわ、懐かしいな!」


「そうだよフリータ! アタイだよ。ああ、本当に懐かしい……」


 剣をしまったヒトナミーナが駆け寄り、剣を抜いたままのフリータがヒトナミーナを片腕で抱きしめる。その熱い抱擁を見せつけられて、戸惑ったのがヨワゴシだ。


「あ、あの、ヒトナミーナさん!? その人は一体……?」


「ああ、コイツかい? コイツはフリータ。アタイの元旦那だよ」


「だ、旦那!? それってどういう――」


「うるせぇな。関係ねぇやつは黙ってろ」


「ひっ!?」


 苛立ちのこもったフリータの視線に、ヨワゴシは思わず後ずさる。その一瞬で彼我の力関係を確定させたフリータは、ヨワゴシを無視して自分の腕の中でうっとりとした表情を浮かべるヒトナミーナに視線を戻した。


「まさかこんなところで再会するとはな。それにミーナ、お前随分といい女になったじゃねぇか」


「やだよ。そんな……照れるじゃないか」


 ねっとりとした視線でヒトナミーナの胸や尻を見回すフリータ。それを見たヨワゴシは抑えようのない嫌悪感と敵意を覚えたが、かといって文句を言うような根性はない。それに何よりそんな視線を向けられてなお、ヒトナミーナは嬉しそうな笑顔を絶やしてはいない。


「お世辞じゃないぜ? 本当にいい女になった……なあミーナ、もう一回俺のものになる気はねぇか?」


「アンタの、かい? でもアタイは……」


「ああ、そうだ。俺は誰にも縛られねぇ。たとえミーナ、お前にもな。だが俺がお前を自分のものにするのは別だ。俺を縛り付けようとするのは許さねぇ。だが俺のものになるってんなら、またたっぷりと可愛がってやるぜ?」


「そんな、でもアタイはもうあの頃みたいに若くないんだよ? 今更こんな年増の女を……」


「年齢なんざどうでもいいだろ! その体がありゃ十分だ。またあの頃みたいに、俺と一緒に自由を満喫しようぜ?」


 フリータの手がヒトナミーナの顎を掴み、そのままクイッと持ち上げる。自信に満ちたその瞳はあの頃のフリータのままのようで、それに見つめられたヒトナミーナの形の良い唇が小さく震える。


「アタイは……アタイは……」


(ククク、相変わらずちょろいぜ。しかしこんないい体に育つとは……面倒な性格はそのままみたいだし、適当に楽しんだら後は娼館に売り払うか。この乳と尻なら多少年増でもそれなりの値がつくはず……コイツは絶対に逃がさねぇ!)


「さあミーナ。俺のモノになれ!」

(そして俺に利益をもたらせ)


「俺が、俺だけが本当のお前をわかってやれる!」

(幾らで売れるか、今から楽しみだぜ)


「さあ行こう! 俺達のパーティ『自由の風』の再結成だ!」

(二度とお前に自由なんてないけどな)


「フリータ……アタイは……」


 情熱的な口説き文句に、ヒトナミーナの心が激しく揺れる。かつての憧れが、心に焼き付いたあの日の想いが今再び現実となって押し寄せ、その感情は理性も常識も押し流して――


「駄目だ、ヒトナミーナさん!」


「……ヨワゴシ?」


 そんな彼女を引き戻したのは、ガクガクと足を震わせながら剣を構える、一人の若い冒険者の声だった。

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[一言] うげえ。最低男じゃないか 今だって盗賊なんじゃないのか? 自由を求めて盗賊になったのか
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