父、見守る
「今度こそ……ここだ! あぅぅ……」
手に持つ生肉が生肉のままなのを見て、ヨワゴシががっくりと肩を落とす。ヨワゴシの肉焼きは既に三回失敗しており、その全てが早すぎて焼けていない状態であった。これには流石のニックも思わず苦笑いを浮かべてしまう。
「もうちょっと落ち着いて焼いたらどうだ?」
「で、でも失敗したら真っ黒焦げになっちゃうじゃないですか! それなら少し早めの方が取り返しがつくっていうか……」
「一つや二つ焦げたところでどうということもない。最悪適当な魔物をおびき寄せる餌に……なるかどうかはわからんが、まあとにかく気にせずもっと大胆に焼いてみよ」
「うぅ、わかりました……」
こんがり焼けた肉にかぶりつきながら言うニックに、ヨワゴシは今度こそと四度目の肉焼きに挑戦する。何処からか聞こえてくる軽快な音楽に耳を傾け、その一瞬を見逃さないように一定の速度でハンドルを回し続け……
「ここだっ!」
「おお、できたではないか!」
ヨワゴシが持ち上げた肉は、一瞬にしてこんがりと焼けた肉に変わる。刹那の見切りでしか得られないものすごくこんがり焼けた肉にはならなかったが、それでも綺麗な焼き色のついた肉は暴力的な色と香りをもって空腹を責め立て、恐る恐る齧り付いたヨワゴシに今まで味わったことのない美味を伝えてくる。
「うまっ! うわ、めっちゃ美味しい!」
「はっはっは。体を作るには肉を食うのが重要だからな。遠慮せずしっかり食べろよ?」
「はい! ありがとうございますニックさん!」
夢中で肉を食べるヨワゴシに、自分の食事を終えたニックが微笑みつつ語りかける。
「では、午後の予定を話しておこう。それを食って少し休んだら、午後は実戦訓練の予定だ」
「じっせんれふか? さっひのふみへみたいな……?」
「そうではなく、本当の実戦だ。ここに来る前に冒険者ギルドで適当な討伐依頼をいくつか受けておいたから、それをこなしてもらおうと思ってな。ほれ」
言ってニックは腰の鞄から依頼票の控えを取り出し、ヨワゴシに見せる。そこに書かれていたのはゴブリンやグレイウルフ、レプルボアなどの普段ヨワゴシが相手にしているような魔物ではあったが……
「え、ちょっとおおくないれふか?」
「少なかったら訓練にならんではないか! さっきも言ったが、体の動かし方を馴染ませるにはとにかく数をこなすしかない。そして特に必要なのが実戦だ。細かな体捌きなど意識している暇のない状況で実践できてこその技術だからな。
まあ、今回は儂が側におる。悪いところがあればその場で指摘できるし、最悪でも死なないようにはしてやる。安心して戦うがいい」
「わふぁり……ごくんっ。わかりました! 頑張ります!」
最後の一口の肉を飲み込み、ヨワゴシが気合いを入れて声を出す。その後はしばしの食休みを挟むと、いよいよ二人は近くにある森の中へと足を踏み入れた。
「この辺はよく来るのか?」
「そうですね。町から近いですしそんなに強い魔物もいないんで、割と。他には南西方向にある森にも行きますね。あっちには薬草が……っ」
不意にヨワゴシがおしゃべりをやめ、スッと腰を落として剣に手をかける。近くに自分たち以外の存在を感じたからだ。
(ほぅ、なかなかの反応だな)
無論、ニックはずっと前からそれを……五匹のゴブリンの集団の存在を感じ取っている。だがそれはニックだからであり、ヨワゴシの反応感知は銅級冒険者としてなら十分なものだ。
なので、ニックはヨワゴシの肩を叩いて合図をすると、気配を消し近くの木の陰に身を隠す。あんなに目立つ巨体から完全に気配が消えたことに一瞬驚いたヨワゴシだが、すぐに意識を切り替え魔物がいそうな方向への警戒を続ける。そうしてやってきたのは、四匹のゴブリンだ。
「グギー! ギーギー!」
「ギーギー!」
ヨワゴシと対峙してけたたましい声を上げるゴブリンに、ヨワゴシは数の不利を覆すために先制攻撃を仕掛け、腰から剣を抜き放って切りつける。最初だけさっきまでの特訓を強く意識しているため、洗練されているのにぎこちないという奇妙な動きで剣が振られ――
「グギャー!?」
(手応えが違う!?)
いつもと同じように切りつけたはずなのに、踏み込みはいつもより半歩深く、振り下ろした剣に感じる抵抗がいつもより二割ほど少ない。その違いはヨワゴシの中に戸惑いを生み、せっかくいい一撃を入れたことで得られた好機はゴブリンの攻撃を回避するので帳消しにしてしまった。
「くっ!? でも、まだまだ!」
「ギャー! ギャー!」
完全な戦闘態勢に入ったゴブリン達を前に、だがヨワゴシに焦りはない。ゴブリンを相手に尻込みしていたのは、流石にもうずっと前のことだ。残った三匹がヨワゴシを囲むような動きを見せるが、先に自分から切り込むことで包囲させないように仕向ける。
「てやぁー!」
「グギャア!? グググググ……」
最初の一撃に比べると、体捌きを意識しすぎたために微妙に速度が遅い。そのせいでヨワゴシの一撃はゴブリンの持つ粗末な棍棒によって防がれたが、代わりに強まった力は剣を受けたゴブリンに尻餅をつかせることができた。そのまま剣を押し込んでとどめを刺そうとするが、その背後から別のゴブリンが襲いかかってくる。
「そんなのくらうか!」
「ギャァァ!?」
振り向きざまに剣を一閃。横薙ぎの一撃はゴブリンの胸を切り裂くが、今度は余裕が少なかったために体捌きの意識が甘く、あまり威力が出ていない。内心で反省しつつも離れたゴブリンを無視し、まずは倒れたままのゴブリンにとどめを刺す。
「残り二匹! いくぞっ!」
手負いになって動きの悪くなったゴブリンが下がっていくのを尻目に、未だ健在な最後の一匹を前にまっすぐ剣を構えるヨワゴシ。そんなヨワゴシのやや後方には、草むらの陰で弓を構えるゴブリンがいる。
「てぇぇぇぇ!」
「ギャァァァァ!」
ヨワゴシが正面のゴブリンに斬りかかる。それを受け止め、またもゴブリンが姿勢を崩して膝をつく。無防備に頭を晒すゴブリンに対し、ヨワゴシは剣を振りかぶり――
「甘い!」
「グギャ!?」
そのままゴブリンの背後に素早く回り込むことで、不意打ちのはずの弓矢はヨワゴシではなくゴブリンの眉間を貫く。
「ギャーギャー!」
「ギャー!」
自分たちの不利を悟り、胸を切られたゴブリンと草むらに潜んでいたゴブリンがそれぞれ逆方向に走って逃げ出した。だが、ヨワゴシはそれを追わない。四年以上を生き延びている冒険者であるヨワゴシには、「もうすぐ倒せそうだから」と深追いする危険性は身に染みてわかっていた。
「ふぅー……うおっ!?」
「ふむ、まあ初戦にしては上出来だな」
大きく息を吐き戦闘終了の様子を見せたヨワゴシに、ニックは笑みを浮かべながら木の陰から姿を現した。なお逃げていたゴブリンは既にニックの指弾により仕留められている。音を遅らせるほどの速度で放たれた石礫を、ゴブリン如きがかわせる道理はない。
「あの、ニックさん? 今何か凄い勢いで飛んでいったんですけど……」
「む? ああ、ゴブリンを逃がす理由はないからな。お主が追うようなら何もしなかったが、追わぬのだろう?」
「はい。下手に追いかけて巣にたどり着いたりすると、逆にこっちがやられちゃいますからね」
「うむ、賢明な判断だな。体捌きの方もまあまあだ。このまま実践を重ねれば、とりあえず明日からは自分で鍛錬ができる程度には身につくだろう。最低限きちんと動けているか否かの判断がつかないようでは、儂がおらねば練習すらできんからな」
「ありがとうございます! 精一杯頑張ります!」
ニックほどの人物がいつまでも自分につきっきりで指導してくれると思うほど、ヨワゴシはおめでたい頭はしていない。だからこそこの幸運を、今掴めるだけ掴む。ヨワゴシの声には気合いが満ち、だからこそニックもまた嬉しくなる。
「うむうむ、やる気のある若者はいいな! ではどんどんいくぞ!」
「はい!」
こうして二人は更なる実践を積み重ね、この日ヨワゴシは実質半日しか仕事をしていないにもかかわらず、今までの冒険者生活で一番の稼ぎをたたき出すのだった。