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父、体に教え込む

「いやいやいや。そりゃ確かに今の倍強くなれば多少の失敗があっても鉄級にはあがれると思いますけど、それだけ強くなるのにあと何年かかるか……あ、それともまさか、いきなり強くなる秘伝的なものを伝授してくれるとか!?」


「そうだな。秘伝というほどのものではないし、流石に倍も強くなることはないと思うが……それでもお主の力を引き上げる方法はある。どうだ? やってみるか?」


「お願いします!」


「よしわかった。ではまずは……服を脱ぐのだ!」


「…………え?」


 にこやかに笑うニックの言葉に、ヨワゴシの体が動きを止める。


「えっと、もう一度言ってもらっても?」


「うむん? だからまずは服を脱ぐのだ! ここなら人目も無いしな」


「ぬ、脱ぐんですか?」


「そうだぞ。ほれ、体が冷えてしまう前にさっさと脱げ」


「は、はい…………」


 強烈な不安に苛まれつつも、ヨワゴシは身につけていた安物の革鎧を外し、その下の服を脱いでいく。


「あの、下もですか?」


「そうだ。本当は全裸の方がいいのだろうが、まあ下着くらいはそのままでもよかろう」


「……………………」


 不安が更に増していく。それでも目の前でニコニコ笑っているニックに逆らう根性はヨワゴシにはない。覚悟を決めるため、あるいは単なる現実逃避としてせめてゆっくりと服を脱ぎ丁寧にたたんだりしてみたが、それでもすぐに準備は終わる。


「で、できました」


「うむ。ではそのまま立っておれ」


 言うと、ニックの巨体がヨワゴシの背後に回る。背中越しに感じる圧力と温もりがなんだかとても恐ろしい。


「ふむ、まあまあ鍛えられてはいるな」


「ひっ……」


 ニックの体が覆い被さるように動き、ヨワゴシの両手を外側から包み込むようにニックの手が掴む。物理的にも精神的にも圧迫感が半端ない。


「では、ゆっくりと目を閉じて……腰を落とせ」


「こ、腰!? あうあうあうあう……」


 恐ろしい。とても恐ろしい。だが既にヨワゴシの体はニックにがっちり押さえ込まれており、ここから逃げ出すことなどどうやっても不可能だ。大声で助けを呼びたい衝動に駆られるが、周囲に人影など無いし誰が来たとしてもニックを倒せるとは思えない。


「ごくっ…………」


 早鐘のように鼓動する心臓を押さえ込み、つばを飲んでヨワゴシは覚悟する。もし腰を落として尻に固い感触でも感じたら泣き叫んでしまったかも知れないが、幸いにしてそんなことはなく……だがヨワゴシの耳元にニックの熱い吐息がかかる。


「どうだ? わかるか?」


「わ、わかりましぇん……勘弁してください。僕にはヒトナミーナさんという心に決めた人が……」


「? 何を言っておる? もっと意識を自分の体に集中するのだ」


「か、体!? お、お尻には何も……」


「むぅ??? 確かに尻も重要だが、今はそれより腰の……あー、こうした方がわかりやすいか?」


 やたら怯えた様子のあるヨワゴシの態度に首を傾げつつ、ニックは体を傾けて軽くヨワゴシに体重をかける。


「重っ!? ちょ、ニックさん!? 本当に許して――」


「わかったな? では次はこうだ」


「うひゃっ!?」


 ヨワゴシの悲鳴を無視し、ニックはヨワゴシの腕を掴んでいた手を離して、背中や腰の位置を微妙にずらした。


「どうだ? こっちの方が軽く感じるのではないか?」


「へ!? え、ええ、言われてみれば軽いというか、楽な感じが……」


「そうだ。わかるか? ほんの少し体の使い方を覚えるだけで、支える力というのは大きく変わるのだ。そしてそれは腰や背中だけではなく、足や腕も全て同じだ。筋肉の動きを意識し、整える……それだけでお主は今よりずっと強くなるぞ」


「っ!?」


 今身をもって体験したことだけに、ニックの言葉の意味がヨワゴシの頭にスッと入ってくる。それはあまりに衝撃的で、自分が裸であることや筋肉親父が密着していることが一瞬で頭から消える。


「そんな、そんなことが……こんな簡単なことで!?」


「簡単ではない。体を動かす癖というのはそれこそ生まれてから今日までの生活で染みついたものだ。それを正しい形に直すのは……ましてやそれを新たな癖として身につけるのは容易ではない。


 それに、そもそもこれで強くなれるのはお主が今まで努力してきてからこそだ」


「僕が……努力してきたから……?」


「そうだ。今から教える体捌きはそれそのものが新たな力を生むわけではなく、今まで発揮できなかった力を十全に使えるようにすることに過ぎない。今までの努力が見えない場所に蓄積しているからこそ、これを身につけることで強くなれるのだ。


 では、続けるぞ。今度はしっかり体の動きを意識するのだ」


「は、はい!」


 返事をしたヨワゴシの体を、ニックは自らの体を使って動かしてみせつつ、どこをどんな風に意識すればいいのかを解説する。それが一通り終わったところで体を離すと、今度はヨワゴシ自身に体を動かすように指示して、駄目な所をその都度指摘していく。


「違うぞ、腕の角度はこうだ。この部分の筋肉の動きを意識せよ」


「こうですか?」


「そうだ。同時に腰と足の動きもな。人の体は無数の骨と筋肉で支えられ、その全てが連動している。一つや二つ多少のずれがあったところで大した差はないが、だからこそ全てを意識し丁寧に動かさねばならぬ。理由はわかるな?」


「万全の状態で戦えることなんてない……ですよね?」


「そうだ。今できぬことが実戦でできるはずがない。ましてや本番に弱いというのを自覚しているのだから、訓練でくらいは完全にこなせなければ使い物にならん。


 今は速度などいらん。ただひたすら丁寧に、体に動きを馴染ませるのだ」


「はい!」


 ほぼ全裸のヨワゴシが、ゆっくりと体を動かす。その動きは徐々になめらかに洗練されていき、肌寒い秋の風に晒されてなおその体からは汗が噴き出している。


(動きは遅いのに、ものすごく疲れる……それに集中しすぎて頭が痛い……でも、まだ頑張れる……っ!)


 今自分が受けている指導がどれほどのものかは、単なる銅級冒険者であるヨワゴシには理解できない。だがこんなことを教えられる人物など、ヨワゴシの狭い人間関係のなかでは一人も思い当たらない。


 得がたい時間。とんでもない師。四年間ひたむきに努力を重ねたからこそ、ヨワゴシは努力の価値を知っている。一瞬たりとも無駄にするまいと、全身全霊をもって訓練を続ける。


 そうして時間は流れゆき、太陽が中天に輝く頃。


「よーし、とりあえずはこのくらいにしておこう」


 ようやくニックの口から出たその言葉に、ヨワゴシは大きく息を吐いてその場にへたり込んだ。


「…………はぁぁぁぁー。終わり、ですか?」


「うむ。こういうのは長時間やるよりも、日々の反復の方が重要だからな。あとは実戦訓練だが……その前に飯にするか。そろそろ昼だしな」


「あ、もうそんな時間なんですね」


 尻に根が生えたように体が動かないヨワゴシの腹がグーっと大きな音を立てる。激しく動くのがわかっていたので朝食は抑えめにしたためだ。


「す、すいません。恥ずかしいところを」


「ガッハッハ! 腹が減ったのは真面目に特訓したからだろう。恥じることなどないぞ。で、昼食は何か用意してきたか?」


「はい。まあいつも持ってる黒パンと干し肉くらいですけど」


「それでは午後の訓練に身が入るまい。ならばここは儂が提供するとしよう」


 言ってニックが魔法の鞄ストレージバッグからソレ・・を取り出す。ドスンと音を立てて地面に置かれたそれは――


「うおおおぉぉ!? ま、まさかそれ!?」


「ふっふっふ。そうとも。全冒険者垂涎の逸品……魔法の肉焼き器だ!」


 得意げに言うニックに、ヨワゴシが今日一番の食いつきを見せる。


「こ、これ僕が回しても!?」


「いいぞ。肉もたっぷり用意してある故、存分に回すがいい! あー、ただしその前に服はちゃんと着た方がいいぞ」


「やったー!」


 歓声を上げたヨワゴシはいそいそと服を着直すと、ニックから渡された巨大な肉の塊を嬉々として魔法の肉焼き器にセットしはじめた。

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