父、申し出る
「ふむ、そうか」
「はい。もうずっと前から、僕はヒトナミーナさんのことが好きで……でもなかなかそれを言い出せなくて悶々とする日々が続いていて……そんな中でニックさんがヒトナミーナさんと親しくしている姿を偶然目の当たりにしてしまって、居ても立ってもいられなくなってしまったというか……」
「それで儂を追いかけてきた、と。正直なところ、あまり感心した行為ではないな」
「うぅ、気持ちばかりが先立ってしまって、ちょっと冷静じゃなかったんです。本当に申し訳ありませんでした」
軽く眉をひそめるニックに、ヨワゴシが真面目な顔で頭をさげる。きちんと自己分析ができており、かつ心を込めた謝罪をされたとなれば、ニックとしてもこれ以上責めるつもりはない。
「話はわかった。まあ若い時分にはそういうこともあるであろうしな。儂はもう気にしておらんが、これからは気をつけるのだぞ?」
「はい。本当にご迷惑をおかけしてしまって……はは、駄目だなぁ僕は。こんなことじゃいつまで経っても告白なんて……」
しょんぼりと肩を落とすヨワゴシを前に、ニックはしばし考え込む。別にこのまま別れても構わないのだが、目の前にいる落ち込んだ青年を見捨ててしまうのはなんとなく気がとがめたのだ。
「なあお主……ヨワゴシと言ったか? お主今幾つだ?」
「僕ですか? 一九ですけど」
「若いな!? ミーナとは大分年が離れているようだが……」
「関係ありません! 僕は彼女がいいんです! 彼女でなければ駄目なんです!」
見た目通りの若さだったヨワゴシに驚いたニックだったが、真剣な表情で力強く断言するヨワゴシの言葉に、今度はニックが頭を下げる。
「そうか。悪かったな。無粋なことを言ったな」
「い、いえ。気にしないでください。確かに友達からも年上過ぎるだろって言われたりもしましたから。
でも、年齢とか関係なく、僕はヒトナミーナさんが好きなんです。その気持ちだけはどうしても変わらないんですよ」
「ふむ。そこまで強く想っているというなら、何故きちんとミーナに気持ちを伝えないのだ? さっきの話からすると、まだお主の想いをミーナには伝えていないのだろう?」
首を傾げて問うニックに、それまで毅然とした態度であったヨワゴシが急にうつむき、呟くような声で言う。
「そこはまあ、僕なりの告白の基準があるというか、なかなか思い切りがつかないというか……」
「基準? 好きな女に想いを伝えるのに、一体何を必要だと決めているのだ?」
「それは勿論、強さです!」
どうにも躁鬱が激しいのか、再び元気になったヨワゴシが胸の前でグッと拳を握りしめる。
「僕もヒトナミーナさんも冒険者ですから、恋人になったら一緒にパーティを組んで仕事をすると思うんです。でもそれなら、僕の実力が最低でも足手まといにならないくらいには必要ですよね?
だから、せめて僕が鉄級冒険者になってヒトナミーナさんと並び立てるくらいの強さを得られるまでは告白はやめておこうって……そんなことを考えている間にもう四年も経っちゃいましたけど」
「ふーむ……」
またも肩を落としてしまったヨワゴシに、今度もニックは考え込む。銅級から鉄級にあがるまでの平均年数は、おおよそ三年ほどだ。無論個人差はあるが、それでも五年を超えるとそこから昇級する者は一気に減る。
とは言え鉄級に求められる戦闘力は決して高いものではないので、よほど才能が無い者を除けば日々の鍛錬を地味に頑張れば十分に満たせる程度ではある。
「なあヨワゴシ。お主明日は暇か?」
「え? 暇というわけじゃないですけど、時間を作ることはできますよ?」
銅級冒険者であるヨワゴシにとって、日々の生活はなかなかにカツカツだ。予定があっても休めないほどに追い詰められてはいないが、かといって無為に時間を潰せるほどの蓄えは無い。
「そうか。ならば明日一日、儂にくれんか? もしお主にその気があるのなら、儂が戦い方を見てやろう」
「ニックさんがですか?」
『おい貴様、どういうつもりだ?』
ニックの言葉に、二カ所から驚きの声があがる。それに対するニックの答えはまずは鞄をぽんと叩き、次いでその手をヨワゴシの肩に乗せる。
「これも縁という奴であろうからな。儂はこの町に来てミーナに出会い、彼女に剣を習った。そしてその儂がミーナを好きだという若者と出会ったのだ。ならばこの縁を繋げてみるのもいいかと思ってな。
同じ銅級で不安かも知れんが、こう見えて儂はなかなかに強いのだぞ?」
そう言ってニヤリと笑うと、ニックはグッと腕を曲げ力こぶを作って見せる。その丸太のように太い腕はまさしく力の象徴であり、ヨワゴシの目に若者らしい羨望の光が宿った。
「お、お願いします! 僕どうしても強くなって、ヒトナミーナさんに告白したいんです!」
「よし、わかった。だが儂の特訓は厳しいぞ? それでも大丈夫か?」
「が、頑張ります!」
「いい返事だ! ではそうだな……明日の二の鐘(朝八時)くらいに、冒険者ギルドで待ち合わせをすることにしよう。それで構わんか?」
「はい! 宜しくお願いします、ニックさん!」
「うむ! ではまた明朝にな」
「はい! またです!」
綺麗な角度でお辞儀をすると、ヨワゴシがニックの前から走り去っていった。その背をゆっくりと見送ってから、ニックもまた裏路地を後にする。
『貴様が人を指導するとは……絶対に自分を基準にしてはいかんぞ? そんなことをしたら瞬きをする間にあの青年は死ぬからな!?』
「お主は儂を何だと思っておるのだオーゼン……」
『決まっているであろう? 歩く非常識だ』
「ぐぅっ!?」
一切の遠慮の無いオーゼンの言葉に、思わずニックは息を詰まらせる。
「酷い言われようだが……まあ何も言うまい。そして心配は無用だ。儂は娘を勇者として鍛え上げた男だぞ?」
『む? そう、か。そう言われればそうなのだな。いや、でもあの平凡な青年と勇者では全然違うのではないか?』
「そりゃ違うであろうが、この儂が目の前の相手の力量を読み間違えると思うか?」
『……そう言う表現になると一気に貴様が信頼できる気がしてきた。やはり言葉というのは言い回しが大事なのだな』
「オーゼン……まあいいわい。さて、では明日に備えて少しばかり買い物をしておくとするか」
皮肉のようなオーゼンの言葉に苦笑しつつ、ニックは再び露天をまわっていった。明日の特訓に必要そうなものをポツポツと買っては魔法の鞄に入れていく作業に昔を思い出し、懐かしい気持ちが胸の奥からこみ上げてくる。
「娘の元から旅立って、もう半年以上たつのか……時の流れは早いものだな」
『どうした突然?』
「フッ。誰かのために冒険の準備をするのは随分と久しぶりな気がしてな。特にこういう初心者向きの道具を用意するのなぞ、それこそ一〇年ぶりくらいだ」
思い起こされるのは、旅立つ前の村での生活。フレイが勇者として旅立つ日に向けた、父と娘の特訓の日々。
「っと、普通の傷薬も忘れずに買っておかねばな。あとは布あたりもか。食料は……アレがあるからよかろう」
『なんだか楽しそうだな』
「ああ、楽しいぞ。未来ある若者を鍛えるのが、楽しくないわけないであろう?」
『ふむ……』
かつて誰よりも未来のある若者……即ちアトラガルドの王候補を補佐してきたオーゼン。だがそこに「候補者を鍛える」などという考えはなかった。
(もし我がそのように接することができていたなら、願い破れて倒れた候補者達も、ひょっとしたら違う未来を得られたのであろうか?)
ふと浮かんだ、残酷な疑問。だがオーゼンはそれを自ら打ち消していく。
(詮無いことだ。世界に「もし」などない。だがそれでも我は……)
楽しそうに明日の準備を進めるニックの姿が、今のオーゼンにはどうしようもなく眩しく見えた。