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父、告白される

「ほらよ、コイツは俺の奢りだ」


 ひとしきり泣いて落ち着いたヒトナミーナの前に、店の店主の手により無造作に木製のカップが置かれる。ほのかに湯気を立てるその中身は蜂蜜をお湯で割り柑橘を加えたもので、一口飲んだヒトナミーナの中に優しい甘さと温かさが広がっていく。


「ありがとオッチャン。ごめんよ、もう店閉めてる時間だろ?」


「ハッ! そりゃとっくに昼の営業は終えて今は夜の仕込みの時間だが、オメェは常連だからな。と言ってもあの流れでおっぱじめやがったら流石にたたき出すところだが――」


「ちょっ!? 何てこと言うのさ!? アタイはそんな、そんなことしないよ!?」


「何言ってやがる! 五年前のこと忘れたとは言わせねーぞ?」


「あ、あれは!? あの頃はほら、アタイもちょっと荒れてたっていうか……なんだいなんだい! あんな昔のことをいつまでも!」


「ガッハッハ! あれを忘れろなんざ、どだい無理な話だぜ! ほら、それ飲んだらさっさと帰れよ? ヤるならちゃんとそう言う店でやりな!」


「またそういう! オバチャーン! オッチャンが酷いんだよー!」


 ニヤニヤと笑う店主を前に、憮然とした表情を浮かべたヒトナミーナが奥で仕事をしている店主の妻に呼びかけると、店の奥からドスのきいた声が聞こえてきた。


「アンター! またミーナちゃんをいじめてるのかーい?」


「そんなことねぇって! ったく、相変わらず口の減らねぇ娘っこだぜ。じゃ、俺は仕込みに戻るから、飲み終わったらそのまま置いといていいからな」


「……うん。ありがとうオッチャン」


 恥ずかしそうに、だが嬉しそうな声で呟くヒトナミーナに、店の店主は背を向け店の奥に戻っていく。その途中でチラリと視線を向けられたニックだったが、無言で頷くニックに店主もまた無言で頷き返した。


「ここはいい店だな」


「だろう? アタイの一押しさ」


 それ以上に言葉はいらない。ヒトナミーナがゆっくりとカップの中身を飲み干すと、ニックとヒトナミーナは二人揃って店を後にした。爽やかな秋の風が吹き抜けてゆき、ヒトナミーナはウーンと背伸びをする。


「んーっ、はぁ……なんか悪かったね。せっかく飲みに誘ったってのに、こんなことになっちまってさ」


「なに、気にすることはない。儂は十分に楽しかったぞ? 次にこの店に来るときの楽しみもできたしな」


「ん? なんだいそれ?」


 不思議そうに首を傾げるヒトナミーナに、ニックはニヤリと笑って見せる。


「うむ。ミーナが起こしたという五年前の事件について、店主殿に聞いてみるのも面白そうだと思ってな」


「ちょっ!? それは駄目! 後生だから勘弁しておくれよ!」


「ハッハッハ。まあ考慮しておこう」


「駄目だからね! 絶対駄目だから! もし聞いたりしたらただじゃおかないからね!」


「ハッハッハッハッハ」


「もーっ! ……フフッ。今日はありがとよニック。アタイは当面はこの町で活動を続ける予定だから、何かあったら声をかけとくれ。アタイにできることなら協力するからさ」


「わかった。何かあったら頼らせてもらうことにしよう。では、またな」


「ああ、またね」


 差し出された手をがっちり掴み、歩き去って行くヒトナミーナをニックは笑顔で見送った。そのままヒトナミーナとは反対方向に歩き始めると、腰の鞄から相棒の声が聞こえてくる。


『で、これからどうするのだ?』


「そうだな。とりあえず今日は時間も半端だし、少しその辺をふらふらして屋台か何かを冷やかすか。その後は……まあ適当に考えればよかろう」


 目的であった剣の扱いを身につけたこともあり、さしあたって急ぐ目標もなくなったニックは大通りに出ていくつかの露天を見て回ることにした。そこには基人族の国としては珍しいエルフの工芸品やらドワーフの作った刃物などがあったが、そもそもそれらの国からこっちに戻ってきたニックとしてはあまり興味がひかれない。


「ふーむ。これといって面白そうなものも……んー?」


『どうかしたか?』


「……ふむ」


 不意に、ニックが露天を離れて歩き始める。そのままふらふらと町をさまよい始め、その行動を不審に思ったオーゼンが問う。


『どうしたのだ貴様? 道に迷ったという風でもなさそうだが』


「……つけられておるな」


『何?』


 小さく呟くニックに、オーゼンもまた魔力感知を最大にする。そのまましばらく調べてみると、確かに同じ人物がニックの後をつけていることが判明した。


『確かに同一人物がずっとついてきておるな。だが……』


「うむ。これは……いや、この方が早いか」


 そのまま歩き続けたニックは、そっと裏路地の方へ進路を変える。クイッと角を曲がったところで一足飛びに屋根に飛び乗り。やってきた追跡者の背後に着地してその肩を叩く。


「儂に何か用か?」


「うひゃぁぁぁぁぁぁ!?」


「おうっ!?」


 予想外に情けない悲鳴に、思わずニックの方まで驚いてしまう。そのまま転んでしまった追跡者をまじまじと見ると、そこにいたのは二〇にも満たないのではないかと思われる青年だ。


「び、びっくりした……」


「あー、何かすまんな。大丈夫か?」


「は、はい。大丈夫です……」


 ニックの差し出した手を掴み、その青年が立ち上がる。もともと稚拙極まる尾行に疑問を抱いていたニックだったが、無造作に利き手を差し出した行為を受けて、ニックは彼が害意を持って追いかけてきたという懸念をほぼ払拭していた。


「それで、お主は一体誰なのだ?」


「あ、はい! 僕の名前はヨワゴシ。この町で活動してる銅級冒険者です。それで、貴方は?」


「む? 儂を追いかけてきたのに、儂を知らんのか?」


「えっと、はい……」


「ふーむ……まあよかろう。儂はニック。最近この町に来たばかりの銅級冒険者だ」


「銅級!? え、僕と同じ!?」


「そうだが、何か問題があるのか?」


「問題っていうか、こんな強そうな人が僕と同じ銅級って……えぇぇぇぇ……」


「で? 結局儂に何の用なのだ? まさかそんなことが聞きたかったわけではあるまい?」


 自らの腰に手を当て問うニックに、驚いていたヨワゴシが急に姿勢をシャンと正して詰め寄ってくる。


「そ、そうです! あの、その……ニックさんは、ヒトナミーナさんとはどういうご関係なんでしょうか!?」


「ミーナとの関係? あー、そうだな。一言で言うなら、友か?」


「友達!? 本当ですか!? 本当にただの友達なんですか!?」


「う、うむ。まあ、そうだな」


 世間がどう見るかはともかく、ニックにとっては先ほどの店でのやりとりもあくまで友情の範囲内だ。故に他意無く即答するも、ヨワゴシは疑わしげな視線をニックに向ける。


「でも、さっきお店から出て来たニックさんとヒトナミーナさんは、ものすごく親しげでしたけど……」


「友なのだから親しくて当然であろう?」


「それはそうなんですけど……」


「もう一度問うが、結局何なのだ!? 男ならはっきり口にせよ!」


 どうにも煮え切らないヨワゴシの態度に、ニックがわずかに声を荒げる。その声にビクッと体を震わせるヨワゴシだったが、すぐに覚悟を決めたようにニックの顔を正面から見つめ……


「……好き、なんです」


「誰がだ? まさか儂か?」


「そんなわけないでしょう!? 僕が好きなのはヒトナミーナさんです! あっ……」


「ほぅ?」


 勢いで本音を口にしてしまったヨワゴシが、慌てて視線を宙にさまよわせる。だが無言で微笑むニックを前に、ヨワゴシは一度大きく深呼吸をしてから改めてニックに視線を合わせる。


「そうです。僕は彼女が、ヒトナミーナさんが大好きなんです……っ!」


 人気の無い路地裏に、若い恋心の告白が響いた。

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