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父、胸を貸す

「ぷっ、はっは! 見たかいあの顔? 『イエ、ナンデモナイデス』なんてあっさり引き下がっちゃってさ! 情けないったらないよ!」


 昼を過ぎ、少しずつ人が減っていく店内。徐々に静けさを増していく周囲とは裏腹に、ヒトナミーナの大きな笑い声が辺りに響く。だが腹を抱えて笑うヒトナミーナとは逆に、ニックの顔は沈みがちだ。


「むぅ、儂はそんなに怖いだろうか?」


「んー? 怖いっていうか、そうだねぇ……男としての格が違う? あの手の輩は自分に自信がある奴だけど、その自信がどうにも薄っぺらいんだよ。だから自分が勝てなそうな奴が相手だとすぐに逃げちまうのさ」


「そういうものなのか? 儂にはよくわからんが」


「そういうもんなのさ。本当に芯がある男ってのは、あんなに簡単にぶれたりしない。無理だとわかったってんなら、それはそれで堂々と消えりゃいいのさ。あんなへっぴり腰じゃなくてね。


 まあ少なくとも、酒の勢いで強引に女を誘うようなのはろくな奴じゃないのは間違いないさ」


「それはまあ、そうだな」


 経緯はともかく、その結論には同意しかない。エールを呷り揚げ芋を囓って気分をかえたニックは、改めてヒトナミーナに話しかけた。


「ふぅ。にしてもその様子だと随分と慣れているようだが、ああいうことはよくあるのか?」


「そうだねぇ。ま、アタイはこんな見た目だから、声をかけやすいんだろうね。一時期は荒れて派手に遊んでたこともあるし……アタイも人のことは言えないね。ろくでもない女さ」


「そんなことなかろう? こうしてお主と話すのは楽しいし、お主に剣を教わっていた若い冒険者達だって随分と懐いておったではないか」


「はは、だと嬉しいけどね……」


 グッとジョッキの中身を呷って、ヒトナミーナが息を吐く。大分酔いが回ってきたのか、その瞳が何処か遠くを見るように潤む。


「なあニック。あんた結婚はしてるのかい?」


「儂か? ああ、してるぞ。妻と娘がおる」


「そうなのかい? なら何でこんなところで一人で冒険者をやってるのか……は聞かないでおいてやるよ。人生色々あるだろうからね」


「はは、すまんな」


 ニヤリと笑うヒトナミーナに、ニックは苦笑して答える。誤解されているのはニックにもわかったが、かといって娘が勇者だと説明するのは憚られた。まず信じてもらえないだろうし、信じてもらったとしたらそれはそれで妙な壁ができそうだったからだ。


「実はアタイも昔結婚しててね。あれはもう一〇年以上前の話だけど……当時冒険者になりたてのアタイを拾ってくれたパーティがあってね。そこのリーダーだった男が、アタイの元旦那さ」


「ほぅ。どんな男だったのだ?」


 ニックの問いに、ヒトナミーナは懐かしそうに目を細める。別れた相手の話だというのに、その顔にはうっすらと笑みすら浮かぶ。


「飄々とした男さ。いつも『俺は何者にも縛られない』って言っててね。いつだって自分の思うがままに振る舞ってて……その風みたいな自由さが、若かった、いやいっそ幼かったアタイにはたまらなく眩しく見えたんだ。


 アタイは元々ここからちょっと離れた農村の家の生まれでね。普通に生きてりゃ村の中で旦那を貰ってそのまま村で一生を終えたんだろうけど……でも、そんなの嫌だった。世界どころか狭い村の中すら満足に知ること無くひたすら家で旦那の帰りを待ちながら洗濯だの裁縫だのをして過ごすのは、どうしても我慢できなかったんだよ。


 だから一五になった夜、アタイは両親と大げんかして家を飛び出して……それでそのまま冒険者になったのさ。


 でも冒険者ってのは決して甘くない。女だからって魔物は容赦してくれないし、男と違って月に一度は体調を崩す分稼ぎづらい。それでも意地張って一人で頑張って、だけど一年もすれば限界が見えてきて……いよいよ街角にでも立たなきゃ駄目かって追い詰められた時に、あいつが声をかけてくれたんだ。


 嬉しかったね。当時のアタイにとって、四つ上で鉄級上位の冒険者だったアイツは雲の上みたいな相手だった。そんな奴が言うんだ。『お前、いい女だな』って。男に媚びてお情けでパーティに入れて貰ってる女冒険者が多いなか、一人で頑張って凄ぇなってさ。


 そんな相手に仲間に誘われたら、そりゃ即答だよ。嬉しくて舞い上がって、アイツに抱かれるようになるまであっという間だった。そのまま二年くらい同じパーティで活動して、その後近くの小さな村で結婚したんだ」


「結婚か。ご両親には報告したのか?」


 ニックの問いに、ヒトナミーナは苦笑して首を横に振る。


「いや。今思えば、体が多少でかくなったからってまだまだガキだったんだろうね。すぐに報告して反対されたらどうしようって思うと、報告する気になれなくてね。まあそのうち子供ができたらその時でいいやって思ったんだよ。孫を連れてきゃ流石に文句は言われないだろうってね。


 でも、そんな結婚生活は長くは続かなかった」


 ヒトナミーナが、再びグイッと酒を呷る。懐かしくも幸せそうだった表情に、混じるのは一抹の寂しさ。


「結婚してからも、アイツは自由なままだった。いつだって自分のためだけに生きて、自分のしたいことしかしなかったのさ。それがアタイには不安で不満で……だから最後は『俺は何者にも縛られない。それは当然お前にもだ』って言われて、そこまでさ」


「……恨んでおるのか? その男のことを」


 どんどん人が減り続け、いつの間にか静かになっていた店内にニックの声が響く。それに答えるヒトナミーナが見ているのは、ここではない遙か昔。


「そんなんじゃないよ。だってアタイが好きだったのは、そんなアイツだったんだから。変わらないとわかっていたのに、変わらないアイツが好きだったのに、変わらないことを受け入れられなかったアタイが悪いんだ。


 だから恨んでなんていない。だってアタイは……多分今も、あの日と変わらないアイツのことが好きだと思うからさ……」


「……そうか」


 テーブルに置かれたヒトナミーナのジョッキに、ニックはゴツンと自分のジョッキをぶつけた。そうして残っていたエールを飲み干すと、これで終わりとばかりにジョッキを置いて手を離す。


「人生において、未練というのはいつまでも残るものだ。どんな別れ方をしたとしてもな。


 だが儂は思うのだ。未練もまた愛なのではないかと。募る想いは尽きることなく、ただ過去へと降り積もるのみ。決して手の届かぬその山は、儂等にとってかけがえのない財産なのだ。


 辛いとき、苦しいとき。幸せなとき、嬉しいとき。何があってもなくても、儂等はその山をふと見上げ、懐かしむ。それだけの想いがそこに在るのだと確認するだけで、儂は前に進める気がするのだ」


「そうかい……ふふっ、なんだいニック、アンタ意外と詩人なんだねぇ」


「似合わんか?」


「ああ、似合わないよ! アンタみたいなでかい男がそんなことを言ったら……なんだか泣けてきちまうじゃないか……」


「はっは。遠慮せずに泣けばよかろう? 酒と一緒に流してしまえばいい。儂等はただ友であればこそ、儂の胸ならいくらでも貸そう」


「へぇ。こんなに弱ってる女を、慰めついでに抱いたりしないのかい?」


「抱きしめるくらいならしてやるぞ? 泣いている女子おなごを抱くのは娘で慣れておるからな」


 おどけた調子で口にして両手を広げるニックに、ヒトナミーナはしなだれかかる。


「アタイを子供扱いするなんてね。この状況で手を出さないなんて、アンタは本当にどうしようも無いへたれ男で、女心のわかってない鈍感男で……でも、最高の友達だよ……」


 気づけば誰も……それこそ店の主人や給仕をしていた女性の姿すらなくなっていた店内。すすり泣くヒトナミーナの声は、ニックの大きく優しい体に抱き留められるのだった。

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