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父、乾杯する

「さあ、この店だよ」


 ニックがヒトナミーナに案内されたのは、ごく普通の飲食店だった。昼時ということもあり中は普通に混んでいたが、ヒトナミーナは慣れた様子で隅のテーブルに腰を落ち着ける。


「ほぅ、なかなか盛況な店だな」


「だろう? 安くて美味いんだから人がいるのは当然さ! おーいオッチャン!」


 ヒトナミーナがテーブルから声を出すと、店の奥からひょいと小太り中年男性が顔を出す。


「おうミーナじゃねぇか! 昼間っからウチに来るたぁ、臨時収入でもあったか?」


「そうさ! と言うことで、いつもの煮込みに加えてホロホロバードの串焼きと細切り芋の揚げた奴に、あとエールを頂戴」


「豪勢だな! 後で泣いても知らねぇぜ? で、そっちのアンタはどうするんだ?」


「儂か? そうだな……」


 考え込むニックの顔に、ヒトナミーナがグイッと自らの顔を近づけて笑う。


「ここの煮込みは絶品だよ? てか、その見た目で食が細いってことはないよね? ならとりあえずアタイと同じのを頼んどきな。足りなきゃ追加すりゃいいし、口に合わないってならアタイが食うしね」


「そうか? ではそれで頼む」


「あいよ! じゃ、ちょっと待ってな!」


 ニックの注文に、気っぷのいい声を残して店主と思われる男性が店の奥へと戻っていく。そのまま二人がしばらく待つと、程なくしてこちらも恰幅のいい中年の女性がニコニコした笑顔で大量の料理を運んできた。


「はいお待ちどお! 熱いから気をつけてね」


「ありがとオバチャン。うーん、相変わらずいい匂い!」


「これは食欲がそそられるな!」


「はっは。父ちゃんが腕によりをかけた料理だからね! 今日は活きのいいレプルボアが入ったから、いつもより肉もマシマシだよ?」


「うひょー! オバチャン大好き!」


 給仕の女性に抱きつかんばかりのヒトナミーナを豪快に笑ってあしらうと、給仕の女性は忙しそうに仕事に戻っていった。テーブルの上に所狭しと並ぶ料理にニックの腹が鳴りそうになるが、食べる前にまずはやるべきことがある。


「じゃ、まずは乾杯だ」


「それはいいが、何に乾杯するのだ?」


「そうだねぇ……諸々あったけど、一言で表すなら『出会い』かね? アタイは割のいい仕事を振ってくれた依頼主に」


「ふふ。では儂は優秀な剣の指導者……それとも師匠と呼ぶべきか?」


「そんな大層な呼ばれ方したら困っちまうよ。ま、とにかく出会いに!」


「ああ、出会いに!」


「「乾杯!」」


 ガツンと木製のジョッキを打ち付け、二人がそれぞれエールを呷る。ごくごくと喉を鳴らして飲む酒はあっという間に二人の体に染み渡り、腹の底から心地よい熱が上がってくるのが感じられる。


「かーっ、美味いねぇ! さ、それじゃ早速食べようか」


「うむ。ではまずはこの煮込みを……おお!」


 湯気の立つ煮込みを一口木匙ですくって食べると、その美味さにニックは思わず顔をほころばせる。新鮮な内臓を使って作られたであろうそれは抜群に美味く、それなりの大きな皿に盛られていたはずの料理があっという間に無くなっていく。


「はは、いい食べっぷりだねぇ。惚れ惚れしちまうよ」


「そうか? こういう場所での美味いものは、大口を開けて食うと決めておるのだ」


「いいねぇそれ。じゃ、アタイもいただくかね」


 二人揃って美味いものを食い、美味い酒を飲み、楽しく雑談をかわす。周囲には似たような喧噪が溢れているのに何故か互いの言葉を聞き逃すことはなく、そのまま楽しくひとときが過ぎていく。


「む。すまぬ、ちょっと用を足してくる」


「そうかい? 場所はあっちだよ」


「うむ。では失礼して……」


 飲み食いすれば出るのは当然。ニックは一人席を立ち、店の隅にある厠へと向かった。


「ふぅ……」


『随分と楽しそうだったな』


 個室にて一人になったニックに、オーゼンが話しかけてくる。


「ああ、楽しいぞ? 本当ならお主も一緒に楽しめればよいのだがなぁ」


『我には飲食はできんからな。会話だけならできなくはないが……』


「難しいのだろうなぁ」


 ただの個人にオーゼンの存在がばれることは、実はそれほど問題ではない。例えばヒトナミーナに知られたとしても、それでどうこうなるということはないだろう。


 だが人の口に戸は立てられず、オーゼンの存在が広まってしまうのは問題だ。意思を持つ魔導具という希少性、滅びた古代文明の知識など、オーゼンの価値はあまりにも高すぎる。表に裏に奪おうとする輩が多出するのは想像に難くない。


 無論それがただの盗賊や悪党であればニックが殴って終わりだ。だがそれが権力者からの正当な要求となると対応が難しい。それでもニック一人ならばまだどうにかなるが、それがフレイにまで及んでしまうなら話は別だ。明らかに厄介ごとが増えるのがわかっている以上、オーゼンの存在は隠すことが最善だった。


「いつか……そうだな。娘が魔王を倒した後くらいであれば、お主の存在を公にしても大丈夫だと思うのだ。勇者という使命さえなくなれば、ことを荒立てぬために我慢しすぎる必要もない。適当に断って、それでも文句を言う輩など雑に殴ってしまってもいいだろうからな」


『それは……どうなのだ? 我としては今のままでも十分だぞ?』


「そう言うなオーゼン。これは儂の願いでもあるのだ。共に歩く者ならば、共に泣き共に笑うのが当然だ。悠久を歩むお主ならばこそ、人との出会いは大切になる。


 それに純粋に、儂はお主を交えた皆で語り合いたいと思うしな。きっと楽しいぞ?」


『そうか……そうかも知れんな』


 かつての持ち主に、オーゼンを人として扱う者などいなかった。それこそ何十人もの従者を従えた王候補者の傍らにあってなお、オーゼンはただ「言葉で問えば必要な反応が返ってくる便利な魔導具」でしかなかったのだ。


 だがニックは違う。ただの道具でしかない自分を「人」たらしめるニックの存在はオーゼンにとって何者にも代えがたいものであり、だからこそニックの言う「出会い」の大切さも理解できる。


『ならばその日を楽しみに、気長に待たせてもらうとしよう』


「ははっ、期待しておくがいい。なに、フレイは儂の娘だ。魔王なぞあっという間に倒してしまうさ」


『そうだな……いや、うむ。貴様の娘と言われると、本当にどんな困難もあっという間に解決してしまいそうなのが恐ろしいが』


「はっはっは……」


 話ながらも用を足しおえ、相棒の入った鞄をポンと叩いてニックが厠を後にする。そのままいい気分で自分の席に戻っていくと、そこには――


「なぁ、いいだろ?」


「やめとくれよ。アタイは連れがいるんだって」


「むぅ?」


 ニックの視線の先で、ヒトナミーナが見知らぬ男に絡まれている。迷惑そうなヒトナミーナに対して詰め寄る男の顔はかなり赤く、まだ日も高いというのにかなり深酒をしているようなのが見て取れた。


「なーにが連れだよ。この時間に酒飲んでるなんざどうせろくでもない低級冒険者か何かだろ? なら俺の方が断然いいぜ?」


「アンタだってベロンベロンじゃないかい! いいからあっち行っとくれよ」


「つれねぇなぁ。そのでかいケツと胸くらいの大きな心で俺の相手をしてくれりゃ、懐も腹ん中も温まるぜぇ? まあその後はちょっとばかり腹がでかくなっちまうかも知れねぇけどな! ひゃーっひゃっひゃっ!」


「あー、もう。うざったいねぇ……あっ!」


 うんざりした表情のヒトナミーナが、視線の先に待ち人を見つける。その嬉しそうな声に絡んでいた男はいらだたしげな視線を声の相手に向けて――


「お主、儂の連れに何か用か?」


「……ア、イエ、ナンデモナイデス」


 身長二メートルを超える筋肉親父という予想外の相手に、顔を真っ青にしてあっさりと引き下がるのだった。

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