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父、会得する

 結局と言うか当然と言うか、その日の晩ニックの宿をヒトナミーナが訪ねてくることもなく、明けて翌日。ニックが朝食をとってから冒険者ギルドに顔を出すと、先に来ていたであろうヒトナミーナが笑顔で出迎えてくれた。


「ミーナ殿! すまぬ、待たせたか?」


「いや、アタイも少し前に来たところだから気にするこたぁないよ。んじゃ行くかいオッサン……っと、流石に依頼主様をオッサン呼びは駄目だねぇ。どうしよう? ニックさんか、それともニック様とでも呼んだ方がいいかい? 報酬をはずんでくれたことだしね」


 イタズラっぽく笑って言うヒトナミーナに、ニックは思わず苦笑いをする。


「様付けはやめてくれ。それ以外なら好きに呼んでくれて構わんが、何なら呼び捨てでも構わんぞ? 確かに儂は依頼主ではあるが、同時に剣を教わる生徒でもあるわけだしな」


「そうかい? じゃ、ニックって呼ばせてもらうかね。アタイのこともミーナでいいよ。殿なんてつけられるようなお嬢様じゃないからね」


「ははは。わかった。では行くかミーナよ」


「あいよ」


 軽く言葉を交わしてから、二人連れだって町の外へ出て行く。昨日の訓練場を使わないのは、その方が思い切り剣が振れるからというニックの希望だ。特に問題も無く町の門をくぐり、道から少し外れた広い平原にてヒトナミーナが足を止める。


「んじゃ、この辺でいいかね。ここなら見通しもいいし、不意に魔物に絡まれることもないだろ」


「うむ。では早速指導をよろしく頼む」


 姿勢を正し頭を下げるニックに、今度はヒトナミーナが苦笑する。


「ふっ、真面目だねぇ。じゃあまずは昨日と同じように剣を振ってみな。ただし今回はその腰の剣でいいよ。ここなら誰もいないしね」


「わかった。では始めるぞ」


 言ってニックは腰から魔剣を抜き放ち、昨日と同じように素振りを始める。


「うん、やっぱり昨日より格段に剣筋が安定してるね。ただそれでも変に乱れてるというか……何だろうね?」


「むぅ。儂としてはきちんと正しい剣筋を意識しているつもりなのだが……」


 ヒトナミーナの指摘に、ニックもまた首を傾げる。剣こそ使い慣れてはいないが、ニックの体は格闘家として極限の域にある。今更基本的な重心移動などができていないとは考えられないし、剣を振る筋力が足りないなど天地がひっくり返ってもあり得ない。


「うーん…………うん? なあニック、何でそのタイミングで腕を引っ込めてるんだい?」


「うむ?」


 しばらくニックの素振りを観察していたヒトナミーナが、ようやくにしてほんのわずかにおかしかった部分を見つける。だがニックにはそんなことをしている自覚が無く、だからこそ虚を突かれたような顔をする。


「儂は特に何もしているつもりはないのだが?」


「そうなのかい? ならもう一回剣を振ってみな。そうそう……ほら、そこ! やっぱりだよ。ほんのちょっとだけど剣を振るのとは違う動きをしてる」


「ぬーん?」


 改めて指摘されても、やはりニックにはわからない。そのまま更に数度繰り返すことで、ヒトナミーナがぽんと手を打ち鳴らした。


「ああ、そうか! そういうことかい」


「何かわかったのか!?」


「多分だけどね。これはアタイの知り合いの話なんだけど、元々色んな武器を使いこなせる小器用な戦士が、ひとつの武器に絞って使うようになったら他の武器の扱いが妙に下手になったってことがあったみたいでね。


 で、別に体がなまったわけでもないのになんでだろうって思ったら、どうも使い込んだ武器の動きに体が慣れちまって、他の武器を使ってる時でも半ば無意識にその武器の動きをしちまうみたいなんだよ。


 ニックの場合、元々ずっと素手で戦ってたんだろ? だから剣を振っていても無意識で素手の時の反応を体がしちまうんじゃないのかい?」


「おお!」


 ヒトナミーナの言葉は、ニックにしても目から鱗の落ちる思いであった。そう言われて意識してみると、確かに剣を振っているにも関わらず拳で攻撃するための動きがほんのわずかに生じていることが感じられた。


「なるほど、そういうことか! これは全く気づかなかったな」


「よっぽどの腕じゃないとそんなことは無いらしいからね。それこそ身につけた技術、体裁きが息をするのと同じくらいにまで馴染んでなきゃ起こらないらしいけど、ニックの場合はその体つきだ。相当強いんだろう? だったらそうかなって思ってさ」


「そうだな。自分で言うのも何だが、儂はそれなりに強いと思っておるからな。そうかそうか、そういう……であれば」


 今度はそんな無意識の反射すら意識して、ニックは剣を振るう。すると剣筋は髪の毛一本ほどもぶれること無くまっすぐな軌跡を描き、空を切る気持ちのいい音が辺りに響く。


「こうか! そうか、これか!」


 嬉しくなって、ニックは剣の基本として教えられた八方向の斬撃を次々と放つ。流石にかつて試合ったキョードーやシハンの繰り出した技とは比ぶべくもないが、それでも鋭い太刀筋は目の前の空間に一瞬にして八斬の銀閃を刻む。


「うぉぉっ!? マジかい……ちょっとコツを覚えただけでそれって、やっぱり本当に強い奴ってのは凄いんだねぇ」


「はっは。いやいや、儂などまだまだだ。儂が知る中で最高の剣士は、その刃にて世界を斬っておったからな」


「世界!? そこまでいくとアタイにゃ何のことだかすらわかりゃしないよ。まあどっちにしろそれだけやれるなら、これ以上はアタイが教えられることはないね。予想より随分早く終わっちまったけど、これにてヒトナミーナさんの剣術指南はおしまいだ」


 やれやれと肩をすくめて見せるヒトナミーナに、ニックは姿勢を正して正面で向き合う。


「そうか。ありがとうミーナ。儂がまっとうに剣を振れるようになったのはお主のおかげだ」


「よしとくれよ。アタイは結局ちょいと助言しただけさ。それにしたって昔似たような経験をした奴を知っていたからってだけだしね」


「それでもだ。その気づきこそが何より重要で、おそらく儂だけでは長いこと……下手をすれば一生気づかなかったかも知れぬ。ならばこそ心から感謝するのだ。お主は素晴らしい指導者であった」


「なんだいなんだい! 恥ずかしいねぇ! やめとくれよもぅ!」


「はっはっは。そう照れずともよいではないか。っと、これは約束の報酬だ」


 照れるヒトナミーナを笑いながら、ニックは腰の鞄から銀貨を三枚取り出し渡す。


「はいどーも。でも本当にこんなにいいのかい? 結果としちゃ随分短い時間で終わっちまったのに」


「無論だ。むしろもっと払いたいくらいだが……」


「やめとくれ! そんなことされたら受け取らないからね!」


「そう言うと思ったからそれだけにしたのだ。だがお主の仕事は金貨を払っても惜しくないと思えるものだった。それだけは覚えておいてくれ」


「あー! あー! 聞こえない聞こえない! アタイはそんな大層な冒険者じゃないんだよ! もういいから、ほら行くよ!」


「行く? ああ、もう町に戻るのか? ならばここでお別れ――」


「違うよ! アンタも一緒に来るんだよニック!」


 別れを告げようとしたニックに、ヒトナミーナはベシッとその背中を叩いて言う。


「こんな大金を報酬で貰っちまったんだ。なら今くらい美味い飯と酒で贅沢したっていいだろう? アタイに感謝してるって言うなら、それくらい付き合いな!」


 人好きのする笑顔で言うヒトナミーナに、ニックもまた笑顔を返す。


「いいとも! だが誘うからには美味い店を知っているのだろうな? 儂はこの町に来たばかりだから、何も知らんぞ?」


「任せときな! このミーナさんがヨクアールで一番美味い店を紹介してやるよ! さあ行くよニック! 昼間っから酒盛りなんて、最高級の贅沢だ! 今日は飲むよ!」


「はっはっは。まあ、お手柔らかにな」


 はしゃぐヒトナミーナの後を、ニックの巨体が追従する。弾むような足取りの二人は、こうして早々に町へと引き返していった。

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