父、指導を受ける
「ま、考えたって仕方ないね。それじゃ早速始めていくよ! まずは剣の持ち方からだ」
厄介だろうが何だろうが、仕事は仕事。気持ちを切り替えたヒトナミーナは、訓練場の隅に置いてあった無数の剣の入った籠を手に取り、気合いを入れて運んでくる。
「さ、それじゃこの中から自分に合うと思った重さの剣をとりな」
「あの、先生。自分の剣を使ったら駄目なんですか?」
籠に入っていたのは、明らかにボロボロの剣の数々。それならば自分の持っている剣の方が……と思った若い冒険者の言葉を、ヒトナミーナはチッチッチッと舌を鳴らして否定する。
「駄目だねぇ。普段使ってるってことは、ちゃんと刃がついてるんだろ? 訓練なんだからそんなの使ったら危ないじゃないかい。
それともう一つ。アンタその剣はちゃんと自分に合った剣なのかい?」
「えっと、自分に合った、とは?」
「自分の剣を持ってるならわかるだろうけど、剣ってそれなりに高いだろう? アンタ達みたいな駆け出しが買うなら数打ちの剣だろうけど、そうなると『自分に合っているかどうか』じゃなくて『自分に買える値段かどうか』で剣を選ぶ子が多いんだよ。まあ武器が無きゃ魔物と戦えないんだから、仕方ないっちゃ仕方ないんだけどね。
でも、体に合わない剣を無理に振ったって当然剣術は上達しないし、下手すりゃ変な癖がついていざ金が貯まったって時にちゃんとした剣を振れなくなる奴もいるんだよ。
だからこの訓練では、まずは自分にはどのくらいの長さ、重さの剣がぴったり合うかってのを試すのさ。冒険者ギルドだけあって、ガラクタになった剣ならこの通り沢山あるからね」
「なるほど! よくわかりました!」
ヒトナミーナの解説に、質問した冒険者は大いに納得して自らも剣の入った籠に近づいていく。ニックもまたその解説に関心すると、籠の中に入った剣をいくつか手に取ってみた。
「ふーむ……」
「何だいオッサン? おんぼろの剣はお気に召さないかい?」
「いや、そうではないのだが……何というか、違いがよくわからなくてな。どれを持っても軽すぎるというか……」
刀身の長さや柄の握りなど、籠に入っている剣はそのどれもがちょっとずつ違ってはいるが、ニックからするとどれを持ってもただひたすらに軽く、正直木の枝を持っているのと大差がない。
そうなると「自分に合うのはどんな剣なのか」がわからないニックには、それを選ぶ判断基準が何もなかった。
「そうなのかい? あー、じゃああれだ。オッサンがつけてるその剣、ちょっとアタイに見せてくれないかい?」
「む? いいぞ。ほれ」
「ありがと……ってうぉ!? こりゃ重いね」
バチンバチンと留め具を外してニックが鞘ごと魔剣を差し出すと、それを受け取ったヒトナミーナが思わず唸る。流石に転びはしなかったが、一瞬腰を落としたほどだ。
ちなみに、剣に限らず今ニックが身につけている鎧も大概重い。メーショウ達は平然と扱っていたが、それはドワーフの筋力が基人族と比べて平均二倍から三倍ほどあるからだ。
「こんなの普段から身につけてて、よく腰を悪くしないね? 確かにこれを振り回せるなら、この剣じゃ軽すぎるかも……抜いてみてもいいかい?」
「勿論構わんぞ」
「なら失礼して……うっわ」
一旦地面に置いてから傷つけないように注意して剣を抜いたヒトナミーナは、そのあまりに美しい刀身に素直に驚く。刀身に施された精緻な細工は素人目には剣の強度を落とす飾りにしか見えないが、鋭く研ぎ澄まされた刃先は間違いなくこれが実戦用の剣だと物語っている。
「うわぁ、凄ぇ!」
「綺麗な剣……」
物珍しさに集まってきていた他の冒険者達も、その刀身を目に思い思いの言葉で賞賛を表す。芸術品のような美しさと力を感じさせる鋭さを併せ持つその剣は、誰の目にもあまりに魅力的であった。
「凄いとは思ってたけど、ここまでとはねぇ。これ、何か曰くのある剣なのかい?」
「ああ、そうだぞ。これは三代目勇者が魔竜王討伐の際に用いた魔剣グラムを、知り合いのドワーフとエルフが協力して鍛え直してくれたものだ。今の銘は新造魔剣『流星宿りし精魔の剣』だ!」
「魔竜王って、あの伝説の!?」
「ドワーフとエルフって、それ三代目勇者様が持ってたお守りと同じ……?」
「へぇ、そりゃまた大したものだねぇ」
自慢げに言うニックの言葉に若者らしく盛り上がる冒険者達とは裏腹に、ヒトナミーナは冷静にそれを聞き流す。一〇年以上も冒険者を続けていれば、そんな触れ込みの武具などいくらでも見てきたからだ。
(こりゃ相当ぼったくられたんだろうねぇ。お気の毒なこと)
「ほら散った散った! ありがとよオッサン。でもこれと同じくらいの重さってなると、ちょっと難しいねぇ。刀身の長さは片手剣で、重さは両手剣となると……うん、考えても仕方ないから、とりあえず長さが近い剣にしときな。剣の扱いを覚えるって言うなら、間合いも重要だからね」
そんな心情をおくびにも出さず、ヒトナミーナはあくまでも指導者としての見解を口にする。偽物だろうと業物であることには違いなさそうだし、所詮は人ごと。自分の手の届かない世界の話ならば気にすることもない。
「わかった。では……これ辺りか?」
「そうだね。他の子達も選び終わったかい? それじゃまずは剣の握り方からだ。普段片手で剣を使ってる子達も、最初は両手で握るんだよ? そこで力の入れ方、刃筋の立て方なんかを見る。両手で綺麗にできないものを片手でなんてできやしないからね」
「はい!」
「いい返事だ! じゃ、やってみな!」
若者達の素直な返事に、ヒトナミーナは上機嫌で指導を開始する。少額とは言え有料であり、また自ら志願した者しか来ないだけあって、この手の講習会では無駄に反抗的な者は滅多にいない。
ごく稀に自分の力を過信して「お前等とは違うんだぞ?」と見せつけるために来る馬鹿や、明らかな上級者が優越感に浸るために参加することも無くは無いが、今回はそういったこともなくスムーズに訓練は進んでいく。
「そうそう、その握りだ。力を入れすぎるんじゃないよ? ずっと力を入れてると、握力なんてすぐに無くなっちまうからね」
「先生、こっちも見てもらえますか?」
「今行くから待ってな。あー、ほら、そうじゃないよ! 疲れたからって動きを雑にしない! 戦いってのはいつだって万全とはほど遠い状態でするもんだ。疲れてる時こそ丁寧な動きを意識するんだよ!」
「うへぇ、腕が痛い……」
「弱音が吐けるなら上等! 愚痴も言えないくらい疲れ切ってなお、最後の一太刀が正確に放てるかどうかが生死を分けることもある。頑張んな!」
『ふむ、あの女、なかなかよい指導者のようだな』
「うむ」
人がいる場所だけに、オーゼンのつぶやきにニックは短くそう答える。ヒトナミーナは決して剣の達人でも指導の名人でもなかったが、十分に有能な指導員であった。実際教えを請う若者達はやや厳しめな訓練を辛そうではあっても楽しそうにこなしており、その光景はニックのなかにも若いパワーを与えてくれる。
「ふっふっふ、儂も負けてはおれんな。よーし、素振り一億回だ! ぬぉぉぉぉ!!!」
「ちょっ、オッサン!? 調子にのってはしゃぐんじゃないよ! そんな目にもとまらない速度で剣を振り回されたって何も教えられやしないから、ちゃんとゆっくり丁寧に素振りしな!」
「ぬぅ!? す、すまぬ……」
張り切って高速素振りを始めたニックを、すかさずヒトナミーナが一喝する。
「みんなも見たね? あれが悪い例だ。力に任せて振り回すだけなら剣じゃなくて棒っきれで十分! アンタ達はああいう風にならないように、きっちり剣の軌道を意識して素振りするんだよ」
「はい、先生!」
「くぅぅ……」
『まったく、貴様という奴は……』
しょんぼりしながら素振りをするニックの胸に、オーゼンの呆れ声がグサリと突き刺さった。