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娘、成長する

「はぁ。ようやくね……」


 とある国の城。皇帝への謁見を前に、控え室にてフレイが大きくため息をついた。


「なあに、フレイ? まだそれほど待ってないわよぉ?」


「ああ、違うわよ。今ってことじゃなくて、ようやくここまで来られたってこと。こんなに時間がかかるなんて、何もかもあの骨野郎のせいよ!」


「口が悪いですぞフレイ殿。確かにあの御仁に苦戦させられたのは事実ですが」


 語気も荒く言い放つフレイに、ロンもまた苦い顔を……竜人なので付き合いのある人間でなければわからないが……する。


「どう見ても骨なのにアンデッドじゃないって何なのよ! あんなの完全に詐欺じゃない!」


「詐欺って……まあ言いたいことはわかるけどぉ」


 スケルトンやゾンビといったアンデッド系の魔物は、総じて光と炎系統の魔法に弱く、物理攻撃に対して耐性を持つ。これは彼らの存在の根幹が魔石に宿った負の思念であり、魔力がある限り体は無限に再生してしまうからだ。


 だがボルボーンが直接生み出す骨の軍勢はボルボーンの純粋な魔力から生み出されており、そこに負の思念は介在していない。つまり見た目はスケルトンと同じ人間の骨格標本のような姿なのに、その本質はゴーレムなのだ。


 それに気づかなかったためにフレイ達はボルボーンの軍勢に対してかなりの苦戦を強いられ、結果として一ヶ月以上の足止めを食らうこととなった。


「相手が四天王というのも悪かったですな。なまじ強敵なだけに、生み出す魔物も強くて当然だと思い込んでしまっておりました。拙僧がもっと早く気づけばよかったのですが」


「ロンのせいじゃないわよ。アタシだって微妙に聖剣の効きが悪いなぁって思ってただけだったし」


「純粋に魔法耐性が高かったっていうのが盲点だったわよねぇ。種が割れた後も決して弱かったわけじゃないしぃ」


 骨の軍勢の正体を見切り物理攻撃主体に切り替えてからは徐々に形勢は逆転していったが、それでも毎日数千もの軍勢を送り込み続けるボルボーンの力はあまりにも脅威だった。一体一体は大したことがなくても、数は力。獣人の戦士達とも協力して戦ったが、決して楽勝だったわけではない。


 しかも、ようやく追い詰められそうというところでボルボーンは撤退してしまった。こちらは獣人の戦士に多数の死傷者を出したというのに、相手が消費したのは休めば回復する魔力のみ。国を守り切ったという点では勝利と言えなくもないが、その実情はほとんど敗北のようなものだった。


「こう言っては何なのですが、あの時ほどニック殿がいてくれればと思ったことはありませんでしたな」


「そうねぇ。ニックがいれば一瞬で片がついたでしょうねぇ」


 もしもあの場にニックがいれば。フレイ達が余裕を持って倒せる程度の敵など、ニックにはどれほどいても物の数ではない。全てを蹴散らし一目散にボルボーンの元へとたどり着き、拳一発で勝負を決めていたことだろう。


 以前ニックが倒したと言っていたのに蘇っている以上やはり倒しきることは出来なかったかも知れないが、それでもあの場での戦闘は即座に終結していたことは想像に難くない。即座に復活するのであれば、そもそもニックが復活しなくなるまで殴り続けるだけなのだから。


「でも、それじゃ駄目なのよ。もし今回もそんな解決をしてしまっていたら、きっとあの国もアタシ達も酷いことになってたと思うわ」


 苦笑する二人とは裏腹に、フレイの顔は真剣だ。誰よりも強い父の力に頼り切り、それを基準に相手を侮ってしまえば、いざ父がいないときにどうなるか? それを覚悟していても今回のような結末になったのだから、これが不意に訪れた事態であったなら……魔物に蹂躙される人々の姿を夢想して、フレイは小さく体を震わせる。


「魔族は強いわ。アタシがまだまだ未熟な勇者だってことを除いてもね。なのに、父さんの強さは全てを他人事にしてしまう。世界の何処かで戦いが起きているけど、たった一人の男が簡単に勝利を収めてるって。


 それじゃ駄目。それをするのは人々の勇気を束ねた『みんなの代表』であるアタシがやらなきゃ駄目なのよ。神様から選ばれた特別な存在だからこそ特別な活躍ができるんだって、そしてその力はみんなの勇気の総算なんだって思われなかったら、本当に危険なときにみんなが立ち向かう力が無くなっちゃう。


 だからアタシは強くなるの。アタシは『勇者』なんだから」


「フレイ……」


「フレイ殿……」


 固い決意をにじませるフレイの表情に、ロンとムーナの二人は勇者の成長を喜び、そして悲しむ。


 ボルボーンとの戦闘……ただ一人の相手との戦いであったにも関わらず『戦争』と称して間違いの無かったその戦いは、あまりにも多くの悲劇を生んだ。


 強力な個ではなく無数の軍に対し、たった一人しかいない勇者の出来ることは少ない。強力な獣人の戦士達が味方についてなお、いくつかの村は焼かれ、戦いの果てに帰らぬ人となった者もいる。


 彼らは一様に「勇者様と戦えたことは光栄だった」と口にする。残された家族の者ですらそう言って、フレイを責める言葉は一言だってなかった。


 だが、悲しんでいないわけがないのだ。言葉にされない悲しみを、決して表に出さない苦悩や後悔を、勇者であるフレイは誰よりも強く感じ取っていた。そういうものを乗り越えて前に進む心をこそ、人は「勇気」と呼ぶが故に。


「貴方は本当に『勇者』になったのねぇ」


「何よムーナ? アタシは生まれたときから勇者よ?」


「フフッ、そうねぇ」


 小首を傾げてみせるフレイに、ムーナは小さく笑って答える。卵から孵ったばかりのひな鳥だって、その身に翼は生えている。だがしかるべき成長を経て自ら翼を羽ばたかねば、決して空は飛べない。


 優しい親の羽の下から飛び出し、今この娘は自らの翼で空を飛び始めたのだ。身を切るような冷たさと、何処までも広がる自由の満ちる空に。


「まぁ、安心しなさぁい。貴方がきちんと飛べるようになるまでは、ちゃんと私が側で見ててあげるわぁ」


「? 何の話?」


「独り言よぉ」


「???」


 強大な竜に庇護されては、鳶も鷹も違いはない。だが一人で飛び始めた鷹が鷹として成長し始めたなら、気まぐれな燕が寄り添って飛ぶのも悪くはないはずだ。ムーナはフレイの成長に、一人静かに目を細めるのだった。





「お待たせ致しました勇者様。陛下との謁見の準備が整いましたので、こちらへおいでください」


「あ、はい。わかりました」


 それからしばし。一国の主ともなれば会いたいと言ってすぐに会えるものではないのだが、勇者の来訪ともなれば話は別なのだろう。一時間ほどの待ち時間で謁見の準備は整えられ、質実剛健な鎧に身を包んだ衛兵がフレイ達を呼びに来た。


 すぐにフレイは返事をして立ち上がり、仲間と共に衛兵の後を着いていく。やたら豪華な調度品の並ぶぐねぐねとした通路を歩くのは最初の内こそ緊張したものだったが、今のフレイにとってはもう慣れたことだ。しっかりとした足取りで進めば、すぐに豪華な大扉の前へとたどり着く。


「勇者様とそのお仲間をお連れしました!」


「入りたまえ」


 言葉が交わされ、大きな扉がゆっくりと開いていく。完全武装した騎士達の間を目にも鮮やかな深紅の敷物を踏みしめて進み、フレイ達は玉座の前で片膝をつき頭を垂れる。如何に勇者といえど謁見の間では跪く必要があるし、仮にぼーっと突っ立っていてもよいと言われてもそんなことはしないだろう。そっちの方がよほど居心地が悪いのは明白だ。


「皇帝陛下、ご入場です」


 フレイの頭上に、その言葉と共に人の気配が動く。気配の主が玉座の辺りに移動したところで、再び別の声が謁見の間に響いた。


「面を上げよ」


 その微妙に覇気の感じられない声に、フレイがわずかに眉をひそめながら顔をあげると、そこには――


「は、初めまして勇者殿! 僕……じゃない、余! 余がザッコス帝国皇帝、マルデ・ザッコスでありゅ! ……ある!」


 妙にオドオドしたいかにも頼りなさげな男性が、緊張気味の引きつった笑みを浮かべる姿があった。

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