父、依頼を完遂する
「何故こんなことに?」
「……………………」
一夜明けて、冒険者ギルド、ギルドマスターの執務室。頭を抱えるココダケを前に、ニックは無言でそっと目をそらした。それに対するココダケの返答は、深い深いため息だ。
「はぁ…………ニックさんの言い分はわかりました。捕縛した教団員からの聴取や拘束されていた子供からの話も合わせて、その内容が嘘では無いこともわかっています。
ですが、だからこそもう一度聞かせてください。何故こんなことに?」
「むしろ儂こそがそれを聞きたいところなのだがなぁ」
苦悩に顔を歪めるココダケに、ニックはくたびれた声を出す。
教主の男が変な方向に振り切れた後。彼は目覚めた教団員に対して説法を行った。即ち「全裸こそ真の祈りである」という例のアレである。
そして、教団員達は一人の例外も無く素直にそれを受け入れた。その結果全員が全裸で町まで行進するというとんでもない事態になり、意気揚々と先頭を歩く教主の男とは裏腹に、最後尾にて助け出したチュニーンと共に歩くニックはずっと苦虫をかみつぶしたような表情のまま町に帰り着いたのだ。
「私は確かに怪しげな集団の調査をお願いしました。でも怪しげというのはこういう方向性ではなかったはずなんです。いきなり町にやってきた老若男女問わずの全裸集団の対応を余儀なくされた私の気持ちがわかりますか?」
「それを言うなら、そんな集団を率いることになった儂の苦労もわかって欲しいところなのだが……」
「確かに、それは考慮に値しますけどね。本当に何でこんなことになったのか……」
大きく頭を振ってから、ココダケが椅子から立ち上がり窓の方へと歩み寄る。窓の外は相変わらず平和そのもので、音の届かぬこの室内にまで威勢のいいドワーフ達の声が聞こえてくるようだ。
「これはあくまでもここだけの話なのですが……あの集団には少し前から目をつけていたんです」
「む? そうなのか?」
驚きの声をあげるニックに、ココダケは静かに頷いてみせる。
「はい。ですが表だって手を出せない理由がありました。まずひとつめは、少なくとも今回の件に至るまでは彼らが何の罪も犯していなかったことです。この国では信仰の自由は認められていますし、魔物を拷問してはいけないという法律はありませんからね」
かの教団の活動は、結局の所魔物を捕まえて拘束し、その苦しみを「母なる闇」という信仰対象に捧げることだった。そして魔物を苦しめることを罰する法律など世界中の何処にも存在しない。
が、人は徐々に慣れるものだ。これ以上活動が激化する前に手を打ちたいという思惑がココダケにはあり、その願いは今回ギリギリのところで叶えられたと言っていいだろう。
「で? ひとつめということは、他にもあるのであろう?」
「ええ、勿論。というか、むしろそっちが手を出せなかった主な理由ですね。これもまたありがちではあるのですが、あの集団には様々な人が所属しておりましてね。農民、商人、鍛冶屋に兵士……他にも公には口に出来ないような方とかが、ね」
「ああ、そういうことか」
権力者が宗教に傾倒するのは決して珍しくはない。むしろ地位や名誉を持っている者には敬虔な神の信徒という者が意外にも多い。
それが問題にならないのは、そのほとんどがごく普通に世間に認められている神を崇めているからだ。王都の教会で貴族が祈りを捧げたとして、それを問題視する者などいるはずもない。
だが、信仰の自由がある以上、何を尊ぶかは人それぞれだ。それがやや歪んだ方向に行くこともまた珍しくはないのだ。
「なるほど。最初は儂のような者に調べさせるのだから大した事件ではないのだと思っておったのだが、逆か」
「ええ。魔竜王を討伐できるほどの実力があるのに、この地に何のしがらみもなく、しかも世間的には目立たない銅級冒険者……依頼するのにこれほど好都合な相手はいませんでしたからね。
もっとも私が期待したのはあくまで彼らの活動の実態を掴むことくらいで、まさか一網打尽に……しかもこんな意外な形で解決されるとは思いもしませんでしたけど」
「ははは……」
皮肉気に笑うココダケに、ニックは乾いた笑いで返す。まさか教主が全裸に目覚めるなど、たとえ神でも予想はできなかったことだろう。
「まあ何はともあれ、これで事件は解決です。ニックさんには早めに町を出ることをお勧めしますよ?」
「む? 何故だ?」
「何故って……このままこの町に留まっていたら、彼らが押し寄せてきますよ?」
「は!? 待て待て待て。あの者達はそんなにすぐ釈放されるのか!?」
「釈放も何も、彼らは罪を犯していません。事情聴取というか、裸で町を歩かれるのは流石に困るので今はギルド所有の物件に保護していますが、さっきも話したとおり魔物をいたぶるのは罪ではありません。
誘拐に関しても子供を攫ったというならともかく、子供の方が勝手について行ったとなると……教団員の一人であるえらーい方が申し出れば、むしろ子供の方が罪人になってしまいますよ?
まあそんなことはしないとおっしゃっておられますので、今のところその心配はありませんが」
「ぬっ、ぐぅぅ……そうなのか……」
「それとも、いっそここに留まって彼らの救世主になってみますか? それならそれでとめませんが」
「それは困る! わかった、すぐに町を出ることにしよう。世話になったな!」
「いえいえ、こちらこそお世話になりました。餞別代わりではありませんが、その新造魔剣はお持ちください」
「おお、それはありがたい! では、さらばだ!」
逃げるように部屋を出て行くニックに、ココダケは思わず苦笑を漏らす。可能であればあの剣は接収したかったが、そもそも所有権がニックにあるうえにそれを作った二人のうち一人はこの町の住人で、もう一人もギルドから依頼を出しているため今もこの町に留まっている。であればこの二人から話を聞けば十分だろうとココダケは判断していた。
「頑張って逃げてくださいね。にしても世界を救う母なる闇ですか。あそこまで純粋な信仰を集められるとは……これは一度きちんと調べてみないといけませんね」
「チュニーン君!」
「おお、クロレッキシ!」
無事に家に帰ることの出来たチュニーンは、友との再会に満面の笑みで答えた。二人で固く抱き合うと、クロレッキシの方が先に口を開く。
「よかった、無事だったんだね! 本当に心配したんだよ!」
「悪かったなクロレッキシ。俺はもう大丈夫だ」
「まったくもー! でも、そうか。ニックさんは約束を守ってくれたんだね」
「ああ、お前が依頼してくれたんだろ? 大事な短剣を依頼料にしたって聞いたぜ?」
「ううん、いいんだよ。チュニーン君が無事な方がずっと大事だからね!」
「クロレッキシ……」
温かい友のまなざしに、チュニーンは両手にはめていた指ぬき手袋を外して差し出す。
「クロレッキシ、これやるよ」
「えっ!? でもこれ、チュニーン君がずっと欲しがってた奴でしょ!?」
「いいんだ。俺にはもう必要ない」
少年の憧れた闇の世界は、想像よりずっと怖くて冷たい世界だった。そこにはもう何の未練も魅力も感じない代わりに、チュニーンの中には新たな憧れが生まれていた。
「俺さ。闇エルフはやめて肉エルフを目指そうと思うんだ」
「……肉エルフ?」
「ああ。世界を救う最高に格好いい英雄さ!」
怪訝な顔をする親友に、チュニーンはニカッと笑ってみせる。
チュニーンの目には焼き付いている。暗く冷たい地下室、恐怖と絶望で自分が押しつぶされそうだったとき、太陽の光を背負って颯爽と現れた冒険者の姿を。
その男は何十人もの敵に囲まれても臆すること無く、降り注ぐ魔法を光の剣で切り飛ばし、最後には悪の教主を拳ひとつで改心させてしまった。
それは英雄。偉くもなんともない自分というただの子供を救うためだけに駆けつけてくれた、本物の英雄だ。
あんな男になりたい。あんな風に誰かを助けられる男に。その背中に強く憧れ……見た目から入るチュニーンとしては、さしあたって体を鍛えることにしたのだ。
「ということで、俺は今日から体を鍛える。いつか筋肉ムキムキになってみせるから、その時はクロレッキシが鍛えた剣を俺にくれよな」
「勿論だよチュニーン君! これからも二人で一緒に頑張ろうね!」
「おう! 俺達は親友! 肉エルフと肉ドワーフだ!」
「……ごめん、肉ドワーフはちょっと」
「何でだよ!? 格好いいだろ!?」
「えぇぇぇぇ……?」
何十年か先。世にも珍しい見事な肉体美を誇るエルフが、友が畑仕事の傍らに打ってくれた剣を手に活躍する日が来る……かどうかは、今はまだ誰も知らない。