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父、引きちぎる

「日の光……? まさかそんな、どうやって!?」


 あり得ない光景に呆然としたのは一瞬。すぐに教主の男は目の前の状況を現実的に分析し始める。


(何らかの手段で施設の直上に穴を穿った。私に気づかれずそれを為す手段は興味深いですが、今はそれより――)


「貴方は一体? お名前を伺っても?」


「儂か? 儂はニック。最近この辺に現れるという謎の集団の調査依頼を受けた、銅級冒険者だ」


 周囲を数十人の教団員に囲まれてなお平然とそう答えるニックに、教主は再び思考を巡らせる。


(銅級……いざという時にだけ使うギルドマスターの子飼いの冒険者ですかね? そう言えば魔竜王の墓の調査依頼に参加した冒険者の一人がそんな名前だったような。


 であればココダケに我々のことが掴まれているのは確定か。上手くやってきたつもりでしたが、これはそろそろ潮時ですね)


「そう言うお主は一体何なのだ?」


「私ですか? 私はこの教団の教主です。名はありません。ここにいる同志諸君共々、それらは全て母なる闇に捧げてしまいましたので」


「ふむん? そう言うならばそこは聞くまい。だがこれだけは答えてもらうぞ? お主たち、その子に何をしようとしていた?」


 ニックの瞳がギラリと輝く。その視線の先には台座で体を固定されたチュニーンの姿がある。


「ああ、これですか? ご覧の通り、生け贄の儀式ですよ」


「……そこを否定はせぬのだな」


「無論です。我らはこの世界を救うため、母なる闇に強い感情を捧げることのみを目的とした集まり。その神聖な行為を誤魔化したりなどするはずがないでしょう?」


「なるほど。真顔でそれを言うのなら……」


 言って、ニックは拳を握る。それに対する教主の男は、まるで全てを受け入れるかのようにゆったりと両腕を開いて立つ。


「ええ。問答に意味はありません。私は変わらず、貴方も曲がらないのでしょうから」


「そうか。ならば……終わりだ」


 ニックの体が瞬時にかき消え、振るった拳が教主の男の腹部に突き刺さる。が、その瞬間教主の男の姿が霧のようにかき消え、その残滓が鎧の隙間からニックの体にまとわりついてくる。


『何だ、幻影!? 何か別の効果が仕込んであったせいで、魔力感知を誤魔化したか!?』


「ぬぅ!? か、痒い!?」


「ふふ。どうです? どうすればより大量の感情を母なる闇に捧げられるか、その研究の一端から生まれた魔法……それだけの効果ですが、だからこそ効くでしょう?」


「くぁぁ、これはたまらん!」


 全身を襲う痒みに、ニックは溜まらず鎧と服を脱ぎ捨てていく。ニックの体そのものは魔法に抵抗できているため上半身が裸になったところでその痒みは治まったが、自ら作り上げた隙を教主は見逃さない。


「敵の防具は剥ぎ取りました! 今です!」


 教主のあげた声に、それまでじっと見ているだけだった教団員達から無数の攻撃魔法が発射される。幾十もの魔法の弾幕を前に……しかしニックはニヤリと笑った。


「フフッ。そうきたか!」


 これが普通の冒険者であれば、防具を脱げば防御力は皆無。この状況は絶体絶命であろう。だがニックにとっては違う。背後に拘束されたチュニーンがいるのだから回避はあり得ないが、たとえ半裸であろうともこの程度の攻撃魔法などそれこそ痛くも痒くもない。さっきの魔法の方がよほど脅威だ。


 ならば黙って受けるのか? 無論それでも問題はなかったが……ニックの腰には、使う機会を今か今かと待ちかねていたあの剣がある。


「目覚めよ! 『流星宿りし精魔の剣インスターグラム』!」


 腰に下げた魔剣を引き抜き、飛び来る無数の魔法に向かって一閃。すると魔剣は瞬く間に全ての魔法を吸収し、その刀身に掘られた七つの星のうちの二つに強い光が宿る。


「むぅ、これで星二つか。せっかくなら最強状態で振るってみたいものだがなぁ」


『贅沢を言うな……というか、場を弁えろ愚か者が。こんなところで魔竜王を屠ったような斬撃を繰り出せば、この地下室が崩落するぞ!?』


「それもそうか。ほれほれどうした? もっと魔法を撃ってこんのか?」


 あからさまに挑発するニックに、しかし追加の魔法攻撃は来ない。代わりに集団から歩み出て来たのは、さっき幻と消えた教主の男だ。


「まさか魔法を無効化する剣とは……それが魔竜王の墓から得た力というわけですか。実に見事なものです」


「間違ってはおらんな。で、どうするのだ? 言っておくが、お主たちのような危険な輩を一人たりとて逃がすつもりはないぞ?」


「それは我らを全員捕らえると? それとも全員殺すと?」


「む……」


 まるで世間話のような気楽さで問う教主の言葉に、ニックは一瞬声を詰まらせる。子供を生け贄にするような輩に同情心など湧くはずもなく、彼らを殺すことに特に抵抗を感じたりはしない。


 だが背後にいるチュニーンの存在や、以後の事件の調査のことを考えれば殺すのは悪手だ。それに何より――


「大人しく捕まるというなら何もせんよ。戦う意思を持たぬ者に暴力を振るったりはせぬ」


「それはそれはお優しいことで。ですがそれではいささか困りますな」


「何?」


「皆、どうやら今日がその日・・・だったようです。我らの最後の祈りを母なる闇に捧げましょう」


 穏やかな表情で教主の男が言う。するとその場にいた黒ローブ達が全員その場に跪き……


「ぐあぁぁぁ!」


「がっ……ぐぅぅ……」


「くる……しい……」


「お主、何をした!?」


 突如として苦しみもだえ始めた教団員達の姿に、ニックは素早く教主の男に詰め寄ると、その首元を掴んで怒鳴りつける。


「何と言われても、見ればわかるでしょう? 母なる闇は命ある者の強い感情を求めておられる。そして人が感じる感情のうち、最も手軽に強い想いを抱くのは恐怖と苦痛です。だからこそ我らはそれを母なる闇に捧げているのです」


「ふざけるな! 今すぐやめ――」


『ニック、ローブだ! その黒いローブを脱がせるのだ!』


「っ!?」


 オーゼンの声にニックは教主の首元から手を離すと、近くで倒れていた教団員の黒いローブを無理矢理に引きちぎる。


「う、うぅ……」


『……よし、大丈夫だ。この調子で全員のローブを引きちぎれ。だが――』


「やめるのです! 我らの祈りを邪魔――」


「邪魔なのはお主だ!」


 すがりついてきた教主の男を壁際まで弾き飛ばし、ニックは次々と倒れている教団員のローブを引きちぎっていく。そうして後に残るのは、ぐったりと床に倒れ伏す数十人の全裸の集団だ。


『……引きちぎるのはローブだけでよいのだ。下の服まで破る必要はなかったのだぞ?』


「無茶を言うなオーゼン。そんな加減をしている暇などなかったであろう」


『それはそうだが……』


「こんな、こんなことが……我らの最後の祈りが……」


 全ての目論見が潰され、教主の男が膝から崩れ落ちる。そんな彼の前に立つのは、身長二メートルを超える筋肉親父だ。


「さあ、後はお主だけだな」


「な、何をするつもりですか!? え、まさか……!?」


「無論、お主にも脱いでもらう!」


「ちょっ、ま、待ちなさい。私は――」


「問答無用! さあ、脱ぐのだ!」


「いやぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


 静謐な空気を讃えていた地下空間に、絹を裂くような悲鳴が響き渡る。ニックによってビリビリに服を引き裂かれた教主の男は、ガリガリに痩せ細った体を隠すように部屋の隅で丸まり、ガタガタと体を震わせることとなった。


「ああ、こんな。こんな辱めを受けるとは……いや、しかし今の私はこれまでの人生において最も強い感情を抱いている。ということはつまり、これこそが母なる闇に対する真の祈り……!? まさか、全裸に剥かれることこそが世界を救う真の道だったのでは!?」


「お、おぅ? どうしたのだお主?」


 突然ガバッと飛び起きた教主の男に、ニックは微妙にたじろぐ。だがそんなことを意に介することもなく教主の男は熱っぽい視線をニックに向ける。


「おお、なんと! そうか、そうだったのか! 殺してしまえばそれで終わりですが、恥ならば生きてさえいればいくらでもかける! おまけに周囲からも恐怖や嫌悪の感情を集められますし、衛兵に捕まってもそこまで厳罰には処されない!


 貴方こそ! 貴方こそ我らの導き手! この世界の救世主だったのですね!」


「ち、違うぞ!? 何だこの流れは!? 儂はそんな――」


「ああ、救世主様! その輝く裸身は我らのために! 全裸万歳! 筋肉万歳!」


「お、オーゼン!? 儂は、儂はどうすればいいのだ!?」


『……知らん』


 奇しくも降り立ったのと同じ位置。差し込む太陽の光の下で輝く裸身……今回は上半身だけだが……を晒すニックに、教主の男が全力でひれ伏し祈りを捧げる。その状況に戸惑うニックに応えたのは、オーゼンからの冷たい一言のみであった。

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