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闇エルフ、参加する

今回は極めて残酷な表現があります。次回前書きにて大まかな内容を補足しますので、苦手な方は無理をせず読み飛ばしていただければと思います。

「へっへっへ。儲かったぜ」


 腰につけた財布から聞こえるチャラチャラとした音に、チュニーンは思わずほくそ笑む。まさか森で拾った服が銅貨になるなど彼の想像を完全に超えていた。おかげで欲しかった革製の指ぬき手袋が手に入ったし、それでもまだ銅貨が三枚残っている。


「うーん、格好いいなぁ。クックック、我のような高貴なエルフにはやはりこのくらいの装飾具は必要だな」


 手を閉じたり開いたりして具合を確かめながらも、チュニーンは森を歩く。友人のクロレッキシは今日は家の手伝いをしているため、今は自分一人だけだ。


「残りはクロレッキシにふかし芋でも奢るか。エルフとして友には寛大でなければならないからな……っと、確かここに……あったあった!」


 そんなことを呟きながら、チュニーンは大きな木のうろの中を探る。するとそこから出てきたのは、若干泥などで汚れた真っ黒いローブであった。


「クックック、まさか奴らも我がもう一着持っているとは思わなかったのだろうな。我が深遠なる権謀術数を見抜くには、基人族では足りぬのだ」


 そう、これこそがチュニーンが即断でローブを売ったもう一つの理由。二着あるのであれば片方を売ったところで何の問題もない。


「クックック、悪く思うなクロレッキシ。お前にはまあ……時々貸してやるが、高貴なる黒は我のような闇エルフにこそ相応しいのだ!」


 ふぁさっと裾を翻してポーズを決めつつ、チュニーンは再び森を歩き始める。今日の目的は新たに手に入れた指ぬき手袋とこのローブを一緒に着ることだけだったので、この後の目的は特にない。


「何するかな。泥鉄はもう集め終わったし、弓とかも持ってきてないし、木の実でも集めて……うん?」


 不意に、そんなチュニーンの視線の先で黒い何かが動いた。気になってそちらに近づいていくと、何と自分と同じローブを着た人物がいる。


「っ!?」


「ん? ああ、なんだ同志か」


 意外の出会いに足を止める二人だったが、チュニーンが自分と同じローブを羽織っていることを確認すると、すぐにその人物は顔を背けて再び歩き出した。


 その様子に思わず一歩後ずさるチュニーン。だが――


「どうした? 早く行かねば教主様を待たせてしまうぞ? 今日は大事な儀式の日なのだ。モタモタするな」


「あ、ああ。わかった」


 できるだけ押し殺し、大人のような低い声を意識して返事をしたチュニーンに、今度こそその人物は振り返ることなく歩いて行ってしまう。


(コイツはもう俺に興味はなさそうだ。逃げるなら逃げられる。でも……っ!)


 チュニーンの足は後ろではなく前へと踏み出す。そのまま少し離れて前方の人物を追いかけていけば、徐々に同じ黒ローブを纏う人たちが集まり始め、やがて切り立った岩壁の前にたどり着く。


「禍つ月の夜 誘うは黒き風」


(う、うぉぉぉぉ!?)


 先頭の人物が呟くと、岩壁が音を立てて左右に割れていく。その光景にチュニーンの興奮は抑えきれぬほどに高まり、ローブの下で思わず拳を握りしめた。


(本物、本物の闇の組織! すげぇ、すげぇぜ!)


 周囲に悟られるようにこっそりと、だが確実に息を弾ませるチュニーン。そのまま周囲の人の流れに身を任せて進み、最終的にたどり着いたのは地下をくりぬいて作ったと思われる石造りの広間であった。


「よくぞ集まってくれました同志諸君。我らの祈りが母なる闇に届くよう、本日もつつがなく生け贄の儀式を執り行いましょう」


 何十人もの黒ローブが集まるなか、一人だけこちらを向いて立っている人物が大きな身振りで手を広げ、重く冷たい声を広間中に響かせる。他の者とは一線を画すその立ち振る舞いを見れば、チュニーンにも彼が例の「教主様」であることは容易に理解できた。だがそれよりなにより……


(儀式! 生け贄の儀式!!! なんだ、何やるんだろ? うわぁ、緊張する……ぜ……?)


 大人の男性であれば平均身長が一八〇ほどになるエルフであっても、未だ七〇歳でしかないチュニーンの身長はそこまで高くはない。故に人混みの中から必死に背伸びをして前を覗き込むと……そこでは松明の赤い光に照らされ黒光りする石の台座の上に、一匹の魔物が手足を縛られ固定されていた。


「ギギー! ギギギー!」


(プーティカ!?)


 それはゴブリンをはじめとする「亜人型」の魔物の一種。薄桃色の肌を持ち子供のような体型の魔物だが、その頭は人に比べてずっと大きく、耳元まで裂けた口からは牙が覗き、何より歪に大きな目は昆虫の複眼のようになっているため、これを人と見間違える者はまずいない。


 だが、プーティカの最大の特徴はそこではない。この魔物はエルフのように長い耳を持っているのだ。それ故ごく一部では「エルフモドキ」や「エルフの出来損ない」などと言う者もいる。最もそれはエルフに対する極めて重大な侮辱であり、エルフの前で口にすれば殺されても文句は言えないのだが。


 そんな魔物が生け贄として四肢を縛り付けられている姿は、チュニーンにとってとんでもない衝撃であった。


「では、母なる闇の糧となる生け贄に己が祈りを打ち込むのです」


 教主の言葉に、黒ローブ達が一斉に動き出す。台座の側に控えていた者から細い木の杭と思われるものと木槌を受け取ると、固定されたプーティカの体にそっと杭を添え……


「グヒィィィ!」


 コーンという軽快な音と同時に、プーティカの口から激しい悲鳴が漏れる。杭を打ち込んだ人物が一礼してその場を去れば、次の者、また次の者と同じことを繰り返していく。


「うっ……」


「どうした? 大丈夫か?」


「あ、ああ。大丈夫だ……」


 思わず口元を押さえたチュニーンに、側にいた人物が声をかけてくる。当然大丈夫ではないが、それを正直に言うことはできない。この手の儀式で「異端」を見つけたらどうなるか。その恐怖がチュニーンをかろうじて踏みとどまらせる。


(まずい。まずい。まずい。どうしよう。どうしよう……)


 チュニーンが怯えている間にも、生け贄の儀式は着々と進んでいく。儀式を済ませたものは広間の反対側に行くため、人に紛れて儀式を行わずに済ますこともできない。


 恐怖に足が震え、でもどうしようもなくてチュニーンもまた列に並ぶ。激しい後悔と嫌悪感を抱えたままゆっくりと列は詰まっていき、そしていよいよ。


「さ、どうぞ」


「ひっ!?」


「どうかしましたか?」


「い、いや。何でもない……」


 渡された杭のヒヤッとした感触に、チュニーンは思わず声をあげてしまった。それでもギリギリ誤魔化して一歩前に進めば、そこにいたのは全身に杭を打ち込まれ、血まみれでこちらを睨む魔物の姿であった。


「ギ……ギギィ……」


 人に近い形のものが、息も絶え絶えで血を流している。その事実がたまらなく恐ろしい。


「どうしました? 早く祈りを捧げるのです」


「あ、ああ……」


 動きの止まったチュニーンに、教祖の男が声をかけてくる。ならばこれ以上不信感を抱かせるわけにはいかないと、チュニーンはそっと魔物の体に杭の先端を添えた。


(大丈夫。大丈夫。父さんと一緒に狩りをして、獲物の解体だってやったじゃないか。それと同じだ。同じ……同じ…………)


「う、うぅぅ……うぉぇぇぇぇぇぇぇ…………」


 どんなに必死に思い込んでも、同じにはならなかった。生きるために命を食らう、ならばこそ獲物に感謝と敬意を持って接する狩りと目の前の儀式を同じだと思い込むことは、チュニーンにはどうしても無理だった。


「無理、無理だよこんなの……おぇぇ、げぇぇぇぇ……」


 生きながら苦しめられるために全身に杭を打ち付けられる、人の子供のような形をした魔物。闇の組織、生け贄の儀式……それらは決して妄想のような格好いいものではなく、漂う血臭はただただ嫌悪感しか与えてくれない。現実の闇の儀式を前に、チュニーンの幼い心はあまりにも脆かった。


「ふむ。ここで祈りを捧げられるようなら見込みがあるかと思ったが……所詮は子供、部外者か」


「おぇぇ……え? 何て?」


「おや、まさか本当に気づかれていないとでも? 貴方を招き入れた理由は二つ。一つは素養があるようでしたらそのまま我が教団の団員として取り込むこと。若い同志はいつでも歓迎していますからね。そしてもう一つは……」


「もう……ひとつ……?」


 地に這いつくばり止まらない吐き気に涙を浮かべつつ、怯えた顔でチュニーンが教主を仰ぎ見る。光に遮られ真っ暗なはずのローブの中で……何故か教主の目が爛々と輝いているのがわかった。


「もし駄目だった場合も、使い道があるからですよ。さあ皆さん。ここに新たな生け贄が誕生しました。このようなまがい物と違って、純粋なエルフです。きっと母なる闇も喜んで我らの祈りを受け取ってくれることでしょう」


「いけ、にえ? 俺が……あんなふうに!?」


 ガチガチと震える歯の根が合わない。それでもかろうじて首を動かせば、そこには全身に杭を打ち付けられとめどなく血を流す人型のナニカ。


「いや、いやだ! うわぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


「寝ない子誰だ、悪い子ここだ、旅立つ我が子に安らぎを。顕現せよ、『眠り砂の老人グレイ・オルダ・サンドマン』」


 魂の底から湧き上がる恐怖心を、強制的な眠気が押しつぶしていく。二度と覚めないかも知れない眠りに落ちる中、チュニーンの頭に浮かんだのは両親の顔、友の顔。そして最後は……今まで見たなかで最も強そうだった筋肉親父の顔だった。

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