父、改めて受け取る
「おーい、メーショウ殿! おられるか?」
「あ、ニックさんじゃないですか! 親方なら奥にいます。呼んでくるんでちょっと待っててもらえますか?」
「わかった。よろしく頼む」
メーショウの店を訪ねたニックを出迎えたのは、以前もあったことのある弟子のドワーフの一人だった。彼が店の奥へと姿を消すと、程なくして大きな包みを持ったメーショウがやってくる。
「おお、アンちゃん! やっと来たか。ほれ、出来てるぜ」
いい笑顔で差し出されたそれを受け取り、ニックがゆっくりと布の包みを剥いでいくと、そこに姿を表したのは綺麗に磨き上げられた『流星宿りし精魔の剣』であった。
「ほほぅ。何というか、輝きが違うな」
「ハッハー。まあ素人目にゃあそんなところか。実際には大分変わってるぜ。魔銀の細工を工夫して中の魔金に魔力が吸収されないギリギリの調整をしたり、あとは形成される魔力刃の安定性の向上とかもあるが、一番でかいのは任意で周囲の魔力を刃に転換できるようにしたってところだ」
「ふむん? それは今までと違うのか?」
「そりゃ違うぜ! 即席加工じゃ刀身を敵にぶっ刺して直接魔力を吸ってたが、それだと相手が大量の魔力を持ってなかったら大した効果がでねぇだろ? かといって単純に周囲の魔力を吸うようにしちまうと常時魔力刃がしちまって危なくて使いづらい。
そこで考えたのが刀身自体を魔力を弾く鞘として見立てる元々の着想を生かしつつ、任意にそれを無効化できるようにしたことだ。これなら必要なときだけ周囲の魔力を食らって魔力刃を発生させることができるし、発動せずとも魔力を弾いて切り裂くっていう元の魔剣の能力はそのままだ。
力を封じていれば魔を弾き切り裂く剣。解放すれば魔を食らい刃と為す剣。これこそ新造魔剣『流星宿りし精魔の剣』の完成形だ!」
「ほぅほぅ! それは何というか……格好いいな!」
「おう、最高に格好いいぜ!」
ニックの脳内に浮かぶのは、華麗な太刀筋で魔法を切り裂き、最後は輝く光の刃で敵を切り裂く英雄の姿。別にニックの手刀でも魔法は切れるし、光刃を宿した『流星宿りし精魔の剣』より気合いを入れたニックの手刀の方が切れ味も上なのだが、そういう問題ではない。
「やはり英雄と言えば剣か。ふっふっ、年甲斐も無く胸が躍るぞ」
「存分に使ってやってくれや。何かあれば店に持ってきてくれりゃ面倒みてやるしな。あ、それとついでにその鎧も脱いでよこせ。俺の鍛えた魔剣を持ってる戦士がそんなボロ着てちゃそれこそ格好がつかねぇぜ」
「む? うむ、わかった」
ニックが身につけている鎧は、受け取ったばかりだというのにボロボロであった。魔竜王との激闘を考えればむしろ原型を保っているだけでも十分だが、当然防具としての効果は相当に落ちる。
と言うことでニックが鎧を脱いで渡すと、メーショウはそれを受け取り「じゃあちょっと待ってろ」と言い残して再び店の奥へと戻っていった。弟子の出してくれたお茶を飲みつつニックが待ってると、今度は別の人影が店の奥から顔を出す。
「ふぁぁ……あ、ニックさんですー……」
「おお、ヒストリア殿か。随分眠そうだな」
「そりゃそうですよー。何処かの誰かさんが新造魔剣を一晩で仕上げるなんて馬鹿をやったせいで、付き合わされた私もすっかり寝不足ですー」
「それはまた……すまなかったと言うべきか?」
「いえいえ。別にニックさんは悪くないですよー? それにあんなに大金を渡されて期待されたら、それに応えないのはエルフの矜持に反しますからねー」
「大金?」
本気で意味がわからず首を傾げるニックに、ヒストリアが眠そうな顔のまま耳をピクンと跳ね上げる。
「金貨! 金貨ですー! てっきり銀貨だと思ったらまさかの金貨! 思っていたのの一〇〇倍もお礼を渡されたら、頑張らないわけにいかないじゃないですかー!」
「そうなのか? いや、しかしこれほどの魔剣に値をつけるなら、それこそ金貨数万枚とかになるぞ?」
「それはそうですけど、でもこれって元は他の誰かが造った奴じゃないですかー。最後にちょこっと魔法を付与しただけでその金額を渡されたら、逆に困っちゃいますよー」
「そういうものか。ヒストリア殿は生真面目なのだな」
「ふふーん! 私達エルフは他人の手柄を横取りするようなさもしい人とは違うんですー」
店のカウンターの上でグデッと上体を倒しながらヒストリアが言う。そんな彼女の前にもお茶が出され、鼻をヒクヒクさせてからゆっくりとそれを啜っていく。
「はぁ、お茶美味しいですー……」
「持ってきたぜアンちゃん! おぅ、ネーちゃんやっと起きたのか。昼過ぎまで寝てるたぁ随分なご身分じゃねぇか」
「人を朝まで働かせた人がどの口で言うんですかー! そもそもドワーフのベッドは小さすぎて凄く寝づらいんです! 全然安眠とかできてないんですからねー!」
「ああ、そりゃ悪かったな。とりあえずネーちゃんに頼む仕事はもうねぇから、好きに帰ってくれていいぜ」
「お茶を飲んだら帰りますー! あ、でも甘いお茶菓子くらいはご馳走になってあげてもいいですよー?」
「茶菓子ぃ? ウチにあんのは酒のつまみだけだ。適当に干し肉でも囓ってろや。ほれ来いアンちゃん。最後の調整をするぜ?」
「わかった」
メーショウに呼ばれて前に出たニックに新たな鎧が着せられ、その細部が職人の手によって調整されていく。ぱっと見はそれこそさっきまで来ていた鎧と変わらないのに、その着心地は全く違う。
なお、その背後ではヒストリアがむくれた顔で棚にしまってあった干し肉を囓り、「あれ、意外といける……?」と目を輝かせていたが、それに気づく者はいない。
「どうだ? 今度はいい具合だろ?」
「ああ、ぴったりだ。しかしこんな短時間でよく直せるものだな」
「カッ! 直したんじゃなくて、用意してたんだよ。てぇかあんなボコボコの鎧直せるわけねぇだろ。ありゃ鋳つぶして打ち直しだ」
「そうなのか!?」
「あんな体に合わねぇ間に合わせの鎧を着せ続けたら職人の名折れだからな。遺跡に潜る前には出来てたんだが、最後の表面加工だけ魔法がいるんでな。
そっちの職人待ちだったんだが、丁度いいところにこのネーちゃんが来て……おい、それ俺のとっておきの干し肉じゃねぇか! 何しれっと囓ってやがる!」
「ふーん! 知りませんー! 食べていいって言われたから食べてるんですー!」
「ふざけんな長耳! それ貴重な香辛料をたっぷり使ったとかでえらい高かったんだぞ! アンちゃんに貰った火酒と一緒にちびちび食おうと思ってたのに――」
「それは残念、お気の毒ですー! はぐはぐはぐはぐ」
「その口を止めやがれ! 出せ! 今すぐ吐き出せコラァ!」
「ははは。二人は本当に仲良くなったのだなぁ」
狭い店の中を干し肉を咥えたまま逃げ回るヒストリアに、その辺に体をぶつけながらもそれを追いかけるメーショウ。そんな光景に目を細めるニックだったが、二人ともニックより遙かに年上であるということは気にしない。
『まるで貴様とエルフ王のようだな』
「むっ!? 何を言うかオーゼン! 儂とイキリタスは全然違うであろう!」
「おぅ!? どうしたアンちゃん、突然大声だして」
「あっ、いや、すまぬ。ちょっとした独り言だ……あー、そうそう! 実はメーショウ殿に聞きたいことがあってやってきたのだが、構わんだろうか?」
オーゼンの言葉に思わず声を出してしまったニックだったが、慌てて誤魔化し、そして本題を思い出して問う。
「俺に聞きたいこと? 何だ?」
「実は――」
ギルドマスターから依頼を受けて調査を始めたというニックの言葉に、メーショウはじっと耳を傾ける。そしてニックが全てを語り終えたところで腕を組むと、長いアゴ髭をゴシゴシとこすり始めた。
「ふぅむ、怪しげな集団なぁ……炭焼き専門の知り合いなら何か知ってるかもしれんが……」
「あー、私心当たりがありますよー?」
二人の会話に何気ない感じで割り込んできたヒストリア。ニックがそちらに目を向けると、ヒストリアは囓っていた干し肉をゴクンと飲み込んだ。