父、追加の依頼を受ける
その後無事町までたどり着いた調査隊一行。流石に日も暮れていたため門のところで解散となり、ニックはメーショウに魔法の鞄からかつて炎竜の巣で見つけたとっておきの火酒を、ヒストリアには謝礼として金貨を一〇枚を入れた小袋を手渡した。
「おぉ、蓋越しでもわかるこの匂い……えれぇ上等な酒だな? こりゃ飲むのが楽しみだぜ」
「感謝の気持ち、しっかりと受け取ってあげますねー。うふー、これで今夜はご馳走ですー!」
「ははは。喜んでくれたなら何よりだ。それでメーショウ殿、この剣はどうすればいいのだ?」
「アァン? そうだな……アンちゃんはこの後はどうすんだ?」
「儂か? 流石にこの時間なら普通に宿に戻るが……」
「なら俺に預けてけ。で、ネーちゃんは今夜付き合え」
「なっ!? いくら私が魅力的だからって、突然そんな――」
「どうせ何日かしたらまた遺跡に潜るんだろ? ならその前に剣の調整を終わらせちまわねぇとな」
「あー、はい。ですよねー。うぅ、わかりました。お礼も貰っちゃいましたから、最後までしっかりお手伝いしてあげますー」
「つーことだから、じゃあまたなアンちゃん!」
「またですー!」
「おう! 二人とも宜しく頼む!」
ニックに渡された剣を手に、メーショウとヒストリアが何かを言い合いながら歩いて行く。ちなみにメーショウの家でニックに貰った小袋を確認し、中身が金貨だったことにヒストリアが大慌てするのはもう少し先の話だ。
「ではニックさん。僕もこれで。ギルドへの報告は明日になりますから、ニックさんもできれば来ていただけると……」
「うむ、わかった。では明日の昼にでも顔を出そう。朝は忙しいだろうしな」
「宜しくお願いします」
丁寧に頭を下げてギルド職員の男が去って行く。それを見送りニックもまた宿に帰るとしっかりと食事をとってゆっくり眠り、そして翌日。
「ニックさん。ギルドマスターがお呼びなんですが、来ていただいて宜しいでしょうか?」
「おお、やっとか。うむ、いいぞ」
「ありがとうございます。では、こちらへ」
依頼票などを眺めながら時間を潰していたニックに声がかかり、そのままギルドの奥へと案内される。立派な扉を通り抜けた向こうにいたのは、いかにも高級そうな椅子に座った基人族の男だ。
「お呼び立てして申し訳ありません。私は当ギルドのギルドマスターで、ココダケと言います。以後宜しくお願い致します」
「儂はニックだ。よろしく頼む」
ごく普通に挨拶をしたニックだが、そんな彼の表情を見てココダケが苦笑いを浮かべる。
「はは。ドワーフの町のギルドマスターが基人族である私なのは驚きましたか?」
「あー、いや、決して他意があるわけではないのだが」
「いいんですよ。実際他のギルドのギルドマスターはほとんどがドワーフですからね。ただ冒険者ギルドだけは活動範囲が広いので、どうしても基人族が多くなるんです。行ったことがあるかは知りませんが、獣人の国などでもギルドマスターは基人族が多いですからね。
まあエルフの国だけは例外ですが」
「あそこはなぁ」
気位の高いエルフ達が、自分たちの上に基人族が立つなどということを認めるはずもない。もっともエルフ達は大抵態度に相応しいくらいの有能さも併せ持っているため、それが問題になることは滅多に無いのだが。
「それでは早速、本日お呼びした理由なんですが――」
雑談もそこそこに、ココダケが本題を切り出す。部下……遺跡に同行していた職員の男の報告内容を改めて語り、そして最後にニコッと笑顔。
「――ということなのですが、この内容に間違いはありませんか?」
「うむ、無いな」
「そ、そうですか」
即座に、かつ力強く頷いてみせたニックに、ココダケは思わず面食らう。金級どころか白金級のような活躍を臆すること無く肯定して見せたニックに、ココダケはわずかばかりの不信感と大きな興味を抱き……
「ではニックさん。そんな優秀な冒険者である貴方にひとつ依頼をお願いしたいのですが、宜しいでしょうか?」
そう言って、ココダケは最近頭を悩ませていた面倒な案件を切り出した。
『おい貴様よ。あんなに軽々しく依頼を受けてしまってよかったのか?』
ココダケからの依頼を快諾し冒険者ギルドを後にしたニックに、鞄の中からオーゼンが話しかけてくる。
「確かに少々面倒そうな依頼だが、受けぬという選択肢はないからな。これを無事終えればココダケ殿もそれなりに儂の実力を納得してくれるだろう」
『そうだな。以前に理由を聞いて納得はしているが、それでもこういうときは飛び級制度が無いのが不便だと思えて仕方が無い』
「ははは。こんな例外のような事態のために規則を変えるようでは、そちらの方が大変であろうよ。冒険者というならず者が民草の信頼を得るためであれば、このくらいの理不尽はむしろ喜んで引き受けようぞ」
『フッ。実に貴様らしいことだ』
今回もまた階級の低さ故に被った不利益を笑い飛ばすニックに、オーゼンは思わず苦笑して返す。だがそんな人物が自らの所有者であることは、オーゼンにとってこの上の無い喜びだ。
『それで? 最近町の外で活動しているらしい怪しげな集団の調査とやらは、一体どうするつもりなのだ?』
「まずは聞き込みだな。こういう場合は酒場が定番なのだが……」
言ってニックは周囲を見回す。ドワーフの住む町だけあって酒場は至る所にあるのだが、流石に昼を少しまわったところでは人が少ない。ドワーフは酒好きではあっても決して怠け者ではないのだ。
「ふーむ。とりあえずメーショウ殿の所に顔を出してみるか。この町で暮らすメーショウ殿なら何か知っているかも知れんし、剣のことも気になるしな」
『剣か……貴様、あの剣を使うつもりなのか?』
「うん? そうだが、それがどうかしたか?」
『いや、確かにあの剣は見事であったが、それでも貴様であれば素手の方が強いのではないか?』
本来、人は弱い。爪も牙も持たず毛皮も鱗も纏っていない柔らかい体は脆弱の極みであり、だからこそそれを補うために人は武器を手にし防具を身に纏う。
だがニックの体は違う。実際伝説の魔物から作り上げた防具が燃え尽きるほどの高熱ですら軽い火傷程度で耐えきっており、その拳は遙か古代の超兵器をベコベコにへこませるほどに硬い。
武器を装備したら弱くなるなど前代未聞のことではあるが、目の前に実例がいるのだから認めないわけにはいかないのだ。
「確かに弱くなるが、そんなことは些細な問題だ。なあオーゼン。この世には強い弱い以外にも大事なことはあるのだ」
『ほう。何だ?』
「それは勿論……格好いいことだ! 何せ光って刀身が伸びるのだぞ!? あんなに格好いい剣を使わぬなど勿体ないにもほどがある!」
『あー、うむ。そうか。確かにそういう観点もあるのか。であれば我は何も言うまい』
魔竜王の分厚い装甲すらも切り裂く、現代に新生された伝説の魔剣。それを格好いいからという理由で振るうなど、他の冒険者が聞けば呆れるどころか怒り出されても文句は言えない。
だが、剣の制作者達はニックを選び、ニックもまた剣を受け入れた。ならばとやかく言う他人の言葉など所詮は嫉妬であり、それを笑って受け流す器も偉大な武器を所持する条件の一つと言えるのだろう。
『いや、一つだけ言っておこう。調子に乗って壊すなよ?』
「ぐぅっ!? も、勿論だ。最大限気をつけよう」
オーゼンの言葉にこれ以上いないほどビクッと体を震わせてから、ニックは足取りも軽くメーショウの働く鍛冶屋へと足を運んだ。