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父、説明する

『さて、ニックよ。人心地ついたということなら少し我の質問に答えてくれぬか?』


 ふかふかの感触にくつろぐニックに、オーゼンが話しかける。


「うん? 何だ改まって。儂にわかることなら答えるが」


『すまぬな。細かい事を聞くにしても一度人の住まう町を見てからと思っていたのだ。それでいくつか基本的なことを確認したい。まずは貨幣について……先ほどの釣り銭のやりとりからして、各貨幣は一〇〇枚で上の貨幣一枚と等価ということで間違いないか?』


「ああ、そうだぞ。種類としては銅貨、銀貨、金貨だな。その上に白金貨もあったが、あれは商人が取引に使うくらいで、実際に使うものはまずおらん。金貨数百枚とか数千枚の取引であっても、基本的には金貨のみで払う感じだな」


『ふむ。確かにそこまで大きな価値の貨幣など使い勝手が悪すぎるからな。では物価はどうだ? たとえば一般的な職業の一日の収入はどの程度だろうか?』


「一般的と言われてもなぁ。最低限暮らせるとなると、日に銅貨五枚は稼ぎたいところだな。ちなみに儂が木こりをやっていた頃は、一日に銅貨二〇枚は稼いでいたぞ」


『この宿一泊分か。となるとやはりこの宿はそこそこの値段ということだな』


 実際、当時のニックは彼の住む小さな村では一番の稼ぎ頭だった。熟練の木こりでも日給は精々銅貨一五枚程度であり、ニックがそれより稼げたのはひとえにニックの力が当時から……、まだ常識の範囲内ではあったが……並外れて強かったからだ。


『ならば、次は時間だな。一日をどう分けている? 週や月、年などの日付の概念はどうだ?』


「一日をどうというのは、時間を告げる鐘のことか? 朝は日の出から少しした辺りで一の鐘が鳴り、その後は同じ間隔で鐘が鳴り続ける。四の鐘が鳴る頃に太陽が中天にかかり、七の鐘が鳴る頃には冬場には日が沈み、最後の八の鐘が鳴れば夏でも真っ暗だ」


『もっとこう、細かく厳密に分けたりはしていないのか?』


「細かく? そう言えば貴族や大商人であれば『時計』というのを持っているらしいな。あれなら相当に細かい時間がわかるはずだが、そんな細かい時間がわかったところでどうということもあるまい。皆鐘の音に合わせて生活しているのだ。自分だけ半鐘を正確に把握できたとしてもなぁ」


『そうか。つまり細かい時間の概念は残っているが、それを意識する者もいなければする必要も無いということか……まあその辺はアトラガルドが時に捕らわれすぎていたのかも知れんが。では月日はどうだ?』


「火、水、風、土、月、天の六日で一週だな。それが五回でひと月、十二ヶ月で一年だ」


『おお、そこは変わっていないようだな。であればおそらく時間の方も細分化されたものは同じはず。まあたかだか一万年で一日の長さや季節の移り変わりが変わることなどないであろうから、当然と言えば当然だが』


「そうなのか? 儂には一万年など前にも後にも想像も付かんが……で、聞きたいことはそれだけか?」


 粗方話し終えたかと思ったニックだが、しかしオーゼンの質問はまだ止まらない。


『いや、まだあるぞ。冒険者という仕事についてだ。貴様は受付の娘が説明してくれると言っていたが、あれは冒険者の規範であって冒険者という仕事の内容ではなかったではないか!』


「おぉぅ、そうであったな」


 オーゼンのツッコミに、ニックはポリポリと頭を掻く。確かにあれだと結局冒険者が何をして過ごしているのかはわからないだろう。


「と言っても、別に大したことではないぞ? 結局の所冒険者というのは雑用だ。それこそ銅級であれば庭の草むしりや側溝の掃除なんて仕事まであるからな。とは言え一番多いのはやはり魔物の討伐と、それに関連した素材の収集や商人の護衛などだろうか?」


『要は戦闘力を持つ雑用ということか。ならば戦争などにも駆り出されるのか?』


「いや、そっちは傭兵ギルドだな。傭兵は基本単独で戦う事はないので冒険者よりはいくらか安全で稼ぎも安定している。だが代わりに向かう戦場を指示されたり部隊に組み込まれるせいで個人の自由度は低くなる。


 あと最も顕著なのは、傭兵は対人、冒険者は対魔物という違いがあることだな。自由と責任を己で背負うなら冒険者、誰かの指揮下に入って戦う方が気楽というなら傭兵といった感じであろうか」


『傭兵……そして戦争か。やはり戦争は無くならぬのだな』


「やむを得まい。闘争は人の……いや、命の本質だ。奪わねば生きられぬからこそ奪われぬように努力し、知恵を、力を磨くのだ」


『この世で最も文明を進歩させるのは戦争であり、そうして進歩した技術こそが文明を滅ぼす……何とも皮肉な話だ』


 場に少しだけしんみりした空気が流れ、矢継ぎ早に質問していたオーゼンの言葉も止まる。それを見計らってニックはベッドから体を起こすと、部屋の中央で大きく体を伸ばした。


「うーん……ふぅ。さて、話が終わったならそろそろ夕食を調達しに行くか。この宿の食事も気になるが、事前に言ってくれということだったから今夜は無理であろう。屋台で何か買って食べるか、それとも適当な酒場でも探すか……」


『フッ。貴様はいつも気楽だな』


「当然だ。どうしようも無い事を悩んで過ごして何が楽しい? 今目の前にあるものを全力で楽しむことこそ、人生を有意義に生きる秘訣であろう」


『そうか……まあ我のような魔導具と違って、寿命の短い貴様等人間はそのくらいで丁度いいのかも知れんな』


「そういうことだ。ということで何にするかだが……そうだオーゼンよ。お主何かお勧めはあるか?」


『味覚の無い我に問うのか!?』


 驚きの声を上げるオーゼンに、ニックは人好きのする笑みを浮かべて応える。


「ワハハ。良いではないか。お主が食えぬからこそ、お主が選んだものを儂が食うというのも風情があろう? それともなにか? 偉大なる魔導具殿は美味いものを見極める目には自信が無いか?」


『下らぬ挑発だな。だがまあ乗ってやろう。表に出るのだ』


「そうこなくては!」


 ニックはパシンと膝を打つと、受付の娘に言伝をして宿を出た。丁度夕食時ということもあり、少し通りを歩くだけでそこかしこから良い匂いが漂ってくる。


「そう言えば、お主味はともかく匂いはわかるのか?」


『無論だ。五感で持ち合わせていないのは味覚だけだな。我に食事をさせようとするものなど長い時の中で貴様が初めてではあるが』


「まあ、メダリオンであるしな」


 オーゼンが周囲を感知しているのは人間の視覚や聴覚ではなく、周囲の空間に満ちている情報を自身が発する魔法で探知、解析して情報処理しているに過ぎない。


 故にやろうと思えば味の解析も出来なくは無いのだが、「美味い」「不味い」どころか「甘い」や「辛い」ですら個人によってしきい値が違うため、得られた情報を「味」として処理するアルゴリズムがオーゼンには搭載されていなかった。


「フフフ。お主が一体どんな料理を選ぶのか、実に楽しみだな」


『ぐぬ……いいだろう。我が王に相応しい晩餐というものを教えてやる』


「一応言っておくが、予算は銅貨一〇枚までだぞ?」


『何だと!? その条件を後出しするのは卑怯ではないか!?』


「いや、常識であろう……たかだか一食に銀貨など払えるものか」


『き、貴様に常識を語られるとは……ええいわかった! この我の選ぶ至高の一品を前に、度肝を抜かすが良い!』


「おう、その意気だ。では何処から行く?」


『そうだな、まずは向こうの屋台を――』


 一人で楽しそうに話すニックに、周囲は酔っ払いが幻と話しているのだと冷めた視線を向けた。だが当人達はそんな事お構いなしに上機嫌で会話を続ける。


「これか? これでいいのか?」


『いや、待て。何の肉かはわからぬが、油の含有量と肉の弾力からすると向こうの店の方が上質か? しかし火加減や焦げ具合、タレのとろみからすると……』


「……なあ、腹も減ったし、もう適当に食ったら駄目か?」


『馬鹿を言うな! 我が最高のものを選ぶと約束したのだから、きちんと待て!』


「ぐぅぅ……」





 結局オーゼンが迷いに迷って選び抜いた至高の串焼き肉は、ニックの「これだけ腹が減っていれば何でも最高に美味い」という言葉によって打ち負かされ、オーゼンはガックリとうなだれるのであった。

オ『次こそは、次こそは我が至高の肉を……』

ニ「儂が悪かったから、もう普通に食わせてくれ……」

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[一言] いや、生きていけるのに人は奪うぞ。 人の欲に理由と限界は無い。
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