父、凱旋する
ズ、ズズ……ズズーン!
左右に分かれた魔竜王の巨体が地響きと共に床の上に崩れ落ち、その圧巻に皆が無言で見つめる中、残心を終えたニックがその場でくるりと振り返り、手にしたばかりの魔剣を掲げて大声で叫ぶ。
「魔竜王、討ち取ったり!」
「うぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
途端に響く驚愕と賞賛の声。ニックの巨体はあっという間に冒険者達に取り囲まれ、口々にその偉業を讃える。
「すげぇ! すげぇぜオッサン! あ、いや、ニックさん!」
「まさか本当に魔竜王を倒せるなんて……」
「最後の一撃めっちゃ格好良かった! あんなのもう勇者じゃん!」
「はっはっは。儂は勇者ではないぞ? 勇者なら本物が今も何処かで頑張っているはずだからな」
少年のような目でニックを見つめる基人族の五人組パーティに、ニックは上機嫌で笑いながら対応する。それとは別にドワーフのみで構成された「鋼鉄の尻」の四人はニックの手にする剣に興味津々だ。
「造ってる最中からえらいもんができそうだとは思ってたが、これほどとは!」
「正にこれぞドワーフの技術の極みだな!」
「うんうん。こりゃあ帰ったらカアちゃんに自慢できるぞ! 皆で酒盛りだ!」
「なあお兄ちゃん、この剣持ってみてもいいかのう?」
「ん? ああ、構わんぞ。ほれ」
「うほほーい!」
ニックに剣を手渡され、踊り出しそうな……というか実際ちょっと踊りながらドワーフ達が剣を観察する。そんな光景を少し離れて見ているのは、その剣を生み出した二人だ。
「ありゃ会心の出来だぜ。流石俺が造っただけのこたぁあるな」
「ふふーん。あれはとてもいい出来でした。流石私が造っただけのことはあります!」
「……何だよ?」
「何ですか?」
エルフとドワーフ。ヒストリアとメーショウが互いに顔を見合わせる。子供が泣き出しそうなメーショウの顔と子供が拗ねているようなヒストリアの顔は対照的だが、そこにある思いは同じだ。
「あの剣は俺の技術があったからこそ完成したんだぜ? 俺じゃなきゃあの調整はできなかった」
「あの剣は私のおかげで完成したんですー! 私の魔法がなかったらあんなのただのなまくらじゃないですかー!」
「んだてめぇやるか長耳!」
「受けて立ちますよー? 野蛮なおちびさん?」
「メーショウ殿! ヒストリア殿!」
今にも取っ組み合いの喧嘩を始めそうな二人に声をかけたのは、やっと冒険者の輪を抜け出してきたニックだ。ドワーフ達に返して貰った剣を見せながら、二人に向かって満面の笑みで語りかける。
「これは実に素晴らしい剣だな! 流石は名のある工匠であるメーショウ殿と、偉大なるエルフであるヒストリア殿の合作だ! まさかこの手で新たに生まれた伝説の剣を振るう機会が訪れようとは夢にも思わなかったぞ!」
「そ、そうか? へへっ、そのくらい俺にかかりゃあなんてことねぇぜ! どれ、貸してみな」
それまで子供が見たら泣きそうな顔でにらみ合っていたメーショウが、照れた顔を隠すようにニックから剣を受け取る。するとすぐにその表情は職人のそれに変わり、わずかな歪みも見逃すまいと真剣に刀身を見つめる。
「ふむ、魔銀に刻んだ細工は問題ねぇな。ぶっつけだったが間違いなく彫れたみてぇだ」
「私の付与した魔法もバッチリですねー。変な風に歪んだりしてないですし、これなら一〇〇〇年くらいは問題ないと思いますよー」
「そんなに保つのか! 流石はエルフだな」
「えっ!? あ、はい。そのくらい当然ですー!」
ついさっきまでにらみ合っていた相手にいきなり褒められ、ヒストリアがちょっと顔を赤くしながらえっへんと胸を反らす。そんなヒストリアに、メーショウが次いで一言。
「じゃ、町に帰ったら本格的なコイツの調整をするから、また付き合ってくれよな」
「え? あの、私、ここの調査の仕事が――」
「なんだ、駄目なのか? あの土壇場で合わせられたネーちゃんとならいい仕事が出来そうだったんだが……」
「し、仕方ないですねー! そこまで頼まれたら嫌とは言えないですー! もう、おねだり上手なドワーフさんですねー!」
「? よくわからねぇが、よろしく頼むぜ」
「うふふ。この私にお任せですー!」
「うむうむ。なんだかよくわからんが、仲がいいのはいいことだな!」
『相変わらず大雑把だな貴様は。まあこの二人に関してはそのくらいでいいのかも知れんが』
笑い合うエルフとドワーフという貴重な光景を前に、ニックもまた満足げに笑う。だがそんな彼らの背後には、この場でただ一人呆然と肩を落とす男の姿もある。
「ああ、どうしよう。どうやって報告すれば……」
目の前で起きた出来事を全てありのままに報告しなければならないギルド職員の男は、その荒唐無稽な報告書を脳内で作成して頭を抱える。
こんなものを普通に提出したら「馬鹿にしてるのか!」と怒られるのは請け合いだが、かといって適当な嘘を書くわけにもいかない。その生真面目さこそが彼がこの歴史的にも重要な調査に選ばれた理由の一つであった。
「あの、ニックさん? 申し訳ないんですけど、ギルドの報告に付き合っていただけないでしょうか? あと出来ればその剣も、ギルドに提出していただければ……」
「ん? 儂が報告に付き合うのは構わんが、この剣は……どうなのだ? この場合誰の所有物になるのだ?」
「アァン? そんなのアンちゃんの物ってことでいいだろ。アンちゃんがいなきゃそもそも引き抜くこともできなかったんだしな」
「いいのか!? これほどの剣、しかもこの後完成させるために更に手を加えるのであろう? 対価は十分に払えるが……」
「いらねぇよそんなもん! むしろコイツでアンちゃんがガンガン活躍してくれた方がよっぽど宣伝になるってもんだ!」
「私も剣は使えないですし、別にいいですよー。あ、でも、もしどうしてもって言うならお礼は受け取ってあげますよー? どうしても感謝の気持ちを示したいって言うならですけどねー」
ニヤリと笑うメーショウと、微笑みながらもチラチラと視線を走らせ耳をひくつかせるヒストリアに、ニックもまた笑顔で答える。
「わかったわかった。ではメーショウ殿にはとっておきの酒を、ヒストリア殿には心ばかりだがきちんと謝礼をさせて貰おう。儂からの感謝の気持ちだ」
「おっと、酒と言われちゃ断れねぇな。楽しみにしとくぜ?」
「やった! これでお夕飯のおかずが一品増え……こほん。気持ちを断るのは失礼ですからねー。ええ、寛大な気持ちで受け取ってあげますよー」
「ああ、約束だ。ということでこの剣は儂の物らしいから、できる限りの協力はしよう。この二人の気持ちであるから、流石に無碍に引き渡せと言われると困るが」
「あぁ、助かった! 勿論その辺は十分考慮させていただきます。ありがとうございます。正直ニックさんの協力が得られなかったらどうしようかと思ってましたから……これで怒られなくてすみそうです」
今回の報告で最も問題なのは「勇者すら仕留め損なった魔竜王を銅級冒険者がたった一人で倒した」という点であり、ニック本人が協力してその強さを示してくれるなら報告の難易度は大きく下がる。件の魔剣も実物があるのだから尚更だ。
「さあ、それじゃ予定より随分早いですけど、帰りましょうか。これ以上ここにいてもやることないですし」
「そうですね。じゃあ今度こそ撤退……いや、凱旋と行きましょうか!」
「「「おー!」」」
冒険者の男の言葉に、全員が腕を振り上げ声を重ねる。こうして当初の予定を大きく変えながらも、一行は誰一人かけることなく「魔竜王の墓」を後にするのだった。