父、伝説を振るう
「爆発!? またか!?」
オーゼンの言葉を受けニックの脳裏に蘇るのは、マグマッチョの自爆シーン。今回は意図した自爆ではないのかも知れないが、爆発するという結果は同じだ。
「これほどの質量となれば儂一人では抑えきれぬ。どうしたものか……」
マグマッチョの爆発を完全に押さえ込めたのは、その起爆地点がニックの体で覆える大きさだったからだ。ニックより遙かに巨大な魔竜王が爆発するとなると、人一人分の盾など大した意味は無い。
思わずその場で腕組みをして考え込むニックだったが、ふとその脳裏にひらめきが走った。
「なあオーゼン。今気づいたのだが、此奴は普通の生物ではないのだろう? ならば魔法の鞄に入れることが出来るのではないか?」
『馬鹿者! 確かに入るかも知れんが、前にも言った通り異空間収納目録……魔法の鞄は中に入ったものの時間を止めるなどというとんでもない効果はない。あくまで入れた状態を保持するだけで、それにも限界はある。
そして、当然こんなものの爆発など阻止できん。それどころか向こうで爆発して中央集積倉庫に致命的な損傷が生じれば現存する全ての魔法の鞄が使えなくなる可能性すらある。そうしなければ貴様が死ぬというのなら是非も無いが、そうではなかろう?』
言うオーゼンのなかに、ニックがこれで死ぬという想定は全くない。確かにかなりの魔力が暴走し渦巻いているが、規模が大きいだけにニックの体が受ける衝撃は以前の自爆より格段に弱く、であれば心配にすら値しないのは明白だ。
「ぬぅ、そうか。しかしこんなものが爆発したら…………む? 意外と平気なのか?」
改めて周囲を見回してみれば、ここは極めて堅牢な壁に囲まれた地下遺跡であり、地上でなら大惨事になる爆発もここでなら問題がなさそうに思える。
『そんなわけあるか! 忘れたか! この空間から繋がっている穴は二つ。一つは吐息が空けた穴故問題ないが、もう一つは……』
「そうか! メーショウ殿達が!」
密閉された空間で爆発が起これば、その力は穴の部分に集中する。たとえ二分割されたとしても魔竜王の爆発はメーショウ達を軽々と吹き飛ばすだろうし、戦闘時間を考えれば彼らはまだ長い縦穴を登っている最中の可能性すらある。
そんなところで足下から爆風が吹き上げてくればどうなるか? その結果を想像してニックは苦い表情を作る。
「くっ、やはり爆発そのものを防がねばならんか。おおおぉぉ!?」
そんなことを考えている間にも、魔竜王の腹の部分が妙に膨らみ始めた。ひび割れたところから怪しげな光も漏れ出し、今にも爆発しそうな感じだ。
「もう少し時間があれば天井をぶち抜いて捨てに行くのだが、こうなれば一か八か全てを殴り壊して――」
「アンちゃん!」
倒れ伏す魔竜王の巨体の上に立ち、覚悟を決めて拳を握るニック。だがそこに背後から声がかけられた。慌てて振り返れば、そこにはメーショウの姿がある。
「メーショウ殿!? 何故こんなところに!?」
「話は後だ! コレを使え!」
言ってメーショウが渾身の力で何かを投げる。緑の風を纏ってまっすぐに飛来したそれは――
「これは……魔剣グラム!?」
「使え! そいつが新しい『伝説』だ!」
「くそっ、やっぱり納得いかねぇぜ。アンちゃんだけを戦わせて俺達だけが逃げるなんてよぉ」
「仕方ないですよ。あんなのどうしようもないですって」
ニックに言われ魔竜王から逃げる最中。思わず愚痴をこぼすメーショウに、ギルド職員が慰めの言葉をかける。だが頭でわかっているからといって気持ちが割り切れるかはまた別の問題だ。
「何か、何か俺にも手伝いが……おっ!?」
その時メーショウの目にとまったのは、無造作に床に捨て置かれている一本の剣。それはまさしくニックが投げ捨てた伝説の武器、魔剣グラムであった。
「こいつぁアンちゃんが引き抜いた剣か?」
「ちょっ、メーショウさん!? 何を立ち止まって――」
「うるせぇ!」
ギルド職員の注意を一蹴し、メーショウはその剣を真剣に調べ始める。
(こいつはあの魔竜王を封じていた剣だ。これなら間違いなく魔竜王を傷つけられる。それに上手くすりゃもう一度封じられるかも……)
「あれー? 随分変な剣ですね?」
いつの間にか側にやってきていたヒストリアが、メーショウの手にした剣を見てそんなことを口走る。戦場から離れたことで余裕が戻ってきたのか、その瞳に映るのは恐怖よりも好奇心の色が強い。
「アン? どういう意味だ?」
「あれ、わかりませんかー? なんかこう引っ張られるけど突き放されるというか、そういう歪な魔力の流れを感じるんですー」
「なんだそりゃ? そんな変な……いや、待てよ?」
メーショウの頭の中に、鍛冶屋としての知識と経験が目まぐるしく駆け巡る。すぐに魔剣グラムをその場に置くと小さな金槌で叩いてみたり表面をわずかに削ったりして分析を続け、程なくしてその「答え」に行き着いた。
「なるほど、そういう仕組みか。確かに凄ぇ技術だが、俺ならもっと……だがコイツの加工にゃ腕の立つ魔術師が……」
ブツブツと呟き悩むメーショウの顔が傾くと、そこにはのほほんとした顔で立つエルフの女性の姿がある。いかにも頼りなさげだが、それでもエルフはエルフ。この世界で最も大量の魔力を有し、その扱いに長けた種族。
「なあネーちゃんよ。ちょいと俺に協力する気はねぇか?」
「そいつは俺とこのネーちゃんが手を加えた、新しい魔剣グラムだ! そいつを魔竜王の一番光ってる所にぶっさせ!」
「この私が九割……七割……六……半分くらい手伝ったんですから、前よりずっと高性能になっているはずですー!」
「わかった!」
付き合いは短くとも、友は友。こと剣に関してならば疑う余地などない相手からの言葉に、ニックは躊躇うこと無く輝きを増していく魔竜王の腹にその剣を突き立てた。すると剣に亀裂が走り、その隙間が光り始める。
「割れる!? いや、違う!」
『猛烈な勢いで魔力を吸収している? だがこれではすぐに……む!?』
剣の表面に走った星のようなひび割れが眩しいほどの光に満たされると、刀身の周囲を青白い光が覆っていく。
「かつての魔剣グラムは、魔力を引きつけ弾くことで無効化して切ってやがった。だが今のグラムは魔力を吸う。
勿論ただ吸うだけならすぐに一杯になって終わりだ。だが――」
「私の精霊魔法で、吸った魔力を全部切れ味に変換しちゃうんですー! 引っ張り合って魔法を切る剣じゃなくて、吸い取って魔法を無効化したうえで、その力を全部攻撃力に変える剣!」
「かつて三代目勇者が手にした『夢幻の竜鱗』と同じく、ドワーフとエルフの技術の結晶! 今の時代に蘇った新しい伝説! その剣の名は――」
「「『流星宿りし精魔の剣』!」」
エルフとドワーフ、相容れない二つの種族が声を重ねてその名を呼んだ。莫大な魔竜王の魔力を吸い終わったそれをニックが引き抜き天にかざせば、溢れる光がニックの身長の数倍もの光の刀身を生み出していく。
「ぶった切れ、アンちゃん!」
「やっちゃえーですー!」
「うぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
振り下ろされた剣は流星の如き尾を引き、もはや完全に機能を停止していた魔竜王の巨体を真っ二つに切り裂いた。