父、浪漫と戦う
アトラガルドという平和な時代の先……必要に迫られ、それを超えてなお発展したその時代においても、魔導兵装という存在は決して安価なものではなかった。性能を追求し高度な魔導技術や希少な金属を湯水のごとくつぎ込んだ結果なのだから、その価値がどれほどかは推して知るべし。
であれば当然、これほど巨大な魔竜王……局地制圧用自動兵装 Magnus Dracoの制作コストが安いはずがない。莫大な資金と資源をつぎ込んで造られたからこそ、この兵器の運用には一つの制限が課せられている。それは即ち「全力を出さない」ことだ。
そもそもの話として、この手の兵器は一〇〇パーセント、即ち安全性の確保できるギリギリの出力で常時運用するようには出来ていない。平常時で六割、戦闘時でも八割くらいが当然で、一〇〇パーセントを出すというのは本当に追い詰められてやむなくという状況であり、そんな戦い方をすればあっという間にパーツが劣化し、整備員の悲鳴と共に長期間のドック入りを余儀なくされることになる。
当然だ。一〇〇パーセントとは全てが完璧な状態で出せる出力であり、部品や回路は使えば使うだけ劣化する……完全ではなくなっていくのだから。
だが、世の中には「浪漫主義者」というのがいる。綿密に計算された機械に何故か限界以上を求める存在だ。わかりやすく言うと一〇〇パーセントですら問題があるのに一二〇パーセントを出力しようとする馬鹿だ。
彼らは言う。限界を超える力は美しいと。どうしても負けられない時、そんな力で最後に大逆転してこそ感動するのだと。
無論普通は叩かれる。馬鹿を言うな、これ幾らすると思ってんだボケ、寝言は寝て言え、いや寝るな、起きて働けと罵られる。
だがどんな世界にも例外はある。それまでの最高を一瞬にして汎用に貶め、先人が積み上げた技術の塔を「子供のお砂場遊び」だと一笑に付した男。ちょっと個性的なネーミングセンスを持つその男は本物の天才であり……まごう事なき浪漫主義者であった。
『魔導炉と補助動力炉を直結接続。無制限加速連環増幅機構を起動……第三補助動力炉の欠損により増幅率低下。現在出力七六八パーセント』
「なんだと!? うぉぉっ!?」
それまで押される一方だった魔竜王の体が、突如として何の抵抗もないかのように起き上がる。そのまま無造作に振るわれた腕をニックもまた腕で受け止めたが、これまでとは比較にならないほどの膂力にその体が軽々と跳ね飛ばされる。
それでもきちんと受け身をとって起き上がったニックだが、不意に頭の中にうめき声が聞こえた。
『ぐぅぅ……』
「どうしたオーゼン!? まさか受け損なったか!?」
『いや、違う。そう言う物理的なものではなく、魔竜王の全身から発せられる魔力が突然何倍にも跳ね上がったのだ。奴の体内の魔力の動きを感知しようと集中していたところにいきなりそれだったので、人間で言うなら目がくらんだような状態になっただけだ。問題ない。少しすれば治る』
「そうか、ならいいが……しかしこれはどういうことだ? さっきやる気になったときとは比較にならないほど力が増しているぞ?」
『我にも何とも言えんが、あれが本当の本気というところなのではないか? とは言えあんなもの長時間維持できるとは思えぬし、時間を稼げば弱体化すると思うが……』
オーゼンのその言葉に、ニックは歯をむき出しにして笑う。
「馬鹿を言えオーゼン! つまり命を燃やして最後の勝負を挑んできたということであろう? それを受け止めずして何が漢か! こうなれば様子見など無粋!」
『フッ、貴様ならそう言うと思ったぞ。まあ好きにするがいい』
「おうよ! さあ行くぞ魔竜王よ!」
『全ブースター過剰駆動。トベール・ウィング展開』
「GRRRRRRRR……GROOOOOOO!!!」
ひときわ大きな雄叫びと共に、魔竜王の背に竜であればあって当然の器官……青白く輝く巨大な翼が広がる。それが生き物のように羽ばたくと、全長二〇メートルを超える巨体が音の壁を突き破ってニックへと突っ込んでくる。
『四重起動、チョウ・スゴク・ヨク・キレール・ブレード展開』
「ぐうっ!?」
魔竜王の振るう腕には、一本に束ねられた青白い魔法の刃。それは受けとめたニックの腕の肉を断ち、軽くとは言え骨にまで食い込む。
だが、ニックとてただではやられない。相手の速さをそのまま利用したカウンターの拳は魔竜王の体に表れた無数の青い壁を貫き、その奥にある堅牢な金属の体に深く大きな穴を穿つ。
『機体破損率三二パーセント。登録機体にシグナルを発信……応答なし。合体変形モードの実行不能。浪漫戦闘モードを継続します』
「GROOOOOOO!」
「そうだ! まだ終わっておらんぞ!」
鞄の奥底に眠っていた回復薬を久しぶりに取り出し、ニックは素早く自らの腕にかけた。するとすぐに傷は塞がり、振るわれる拳の威力にいささかの衰えもない。
そして続く両雄の激闘。相手が巨大であるが故にニックの拳はなかなか致命傷を与えられず、魔竜王もまた小さく速く強いニックに己の爪を当てることができない。
がむしゃらに腕を振り回す魔竜王に、地を蹴り空を蹴り縦横無尽に立ち回るニック。だが戦い続ける以上やがて戦局は動いていく。
「まず一つ!」
『左腕喪失。バランサーおよびジャイロの調整……完了』
切れた頬から血を流しながら、ニックの拳が魔竜王の左腕をへし折った。だが魔竜王は一瞬で体勢を立て直し、拳を振り切った状態のニックに右の爪で切りつける。
「ちいっ! だがわかっていればやりようはあるぞ!」
振るわれる青白い刃を、ニックはあえて素手で掴む。手のひらに鋭い刃が食い込んでいくが、代わりに薙ぐ勢いそのままに体を翻させ、魔竜王が腕を振り切ったところで動きが止まった手首を掴み、そのまま空を蹴って体に巻き付けるように締め上げる。
「このまま引きちぎって……ぬっ!?」
『トベール・ウィング展開』
腕を引くニックに対し、魔竜王はその場で翼を出現させると大きな体をくるりと回転させてくる。締め上げられたはずの腕が振り上げた状態に戻ったことで手首ごとニックを床に叩きつけると、輝く光に満たされた口をその方向に向ける。
「それだけは食らわんぞ!」
『バラス・ディバイダー、発射』
打ち出される消滅の波動。だがニックは間一髪その場を抜け出し、結果魔竜王の右手首から先だけが綺麗に消し飛ぶ。
『右腕手首消失。再度バランサーを調整……失敗』
巨体を支えていた手首が無くなり、魔竜王が大きな音を立ててその場に倒れる。残された腕と足を使ってなんとか体勢を立て直した時には、その正面には小さな人影が拳を振り上げていた。
『機体損傷率七〇パーセントを超過。最終攻撃のため最大効率で魔力を増幅開始。完了まで――』
「これで、とどめだぁ!」
繰り出される渾身の一撃。それは魔剣グラムが刺さっていたのとは反対の胸を穿ち、魔竜王の体についに大穴が空いた。傷口からバチバチと火花を飛ばしながら、魔竜王の体が今度こそ地に倒れ伏す。
「今度こそ終わったであろう。どうだオーゼン?」
『うむ。ここまで壊せば流石に……いや、これは?』
魔竜王内部の魔力の流れから機能停止を判別しようとしたオーゼンだったが、それまで渦のように内部を行ったり来たりしていた魔力が魔竜王の腹部で停滞し、さらに増幅していくことに気づく。
『魔力循環プロセスに異常……魔導炉、臨界までカウント一八〇』
『すまぬ貴様よ。やはり殴っては駄目だったようだな』
「ど、どういうことだ?」
『うむ。まあ見ればわかると思うが……』
低いうなり声のような音をあげ徐々に光を増していく魔竜王の腹部を前に、オーゼンはその事実を口にする。
『魔竜王は、爆発するらしい』