父、引き抜く
「チッ、随分硬ぇな。特製のノミが食い込みすらしねぇとは」
「ちょっ、何でいきなり傷つけてるんですかー!? まずは全体像をきちんと記録するのが先ですよー!? これだからドワーフはー!」
見上げるほどの巨大さを誇る金属製の竜。その偉容を前に早速活動し始めたメーショウ達をよそに、ニックはチラリと腰の鞄……その中に入っている相棒に視線を向ける。
(なあオーゼン。これは……)
『十中八九間違いないとは思うが……貴様よ、我を取り出しこの魔導兵装の表面に押しつけてくれ』
(わかった)
答えてニックは鞄に手を突っ込むと、メーショウ達とは少し離れた場所までいってオーゼンの体を魔竜王の体表に押しつける。ニックの大きな手はすっぽりとオーゼンを覆い隠しているため、これならば他人からは単に魔竜王に触れているようにしか見えない。
『ふむ、ふむふむ……なるほど。やはり同系統の技術が使われているようだな。全く同じではないが、それはおそらくアリの所にあったものは人が身につけるのが前提の武具であったのに対し、これは独立可動する兵器として作られたからであろうな。魔力回路の繋がりからして、おそらく胸の辺りに制御核のようなものがあるはずだ』
(胸? 頭ではないのか?)
『そうだ。最も重要な機関なのだから最も装甲が厚い場所に積むのは当然であろう?』
(ふむ、言われてみればそうか)
生物として進化したわけではなく全てが一から人の手で造られたというなら、頭などという脆弱な部位に重要な機関を配置する理由は無い。そんなことにニックが感心している間にも、オーゼンによる分析は進んでいく。
『しかし、これは本当に凄いな。鱗のように見える部品の一つ一つが大量の魔力を蓄えられるようになっており、同時にそれを用いて積層型の魔力防壁を展開できるようになっておる。勇者とやらはこれを持って帰ったのだろうが、魔力貯蔵庫としてしか使えなかったのは……当時の技術の限界か』
(む? その言い方だとお主なら十全に扱えるのか?)
『魔力の出し入れは問題ないな。あとは我が直接触れて制御しているならば魔力防壁の展開もできる。できるが……出力を優先するあまりに燃費の悪さが恐ろしいことになっているな。こんなもの本当に運用できるのか?』
(うむん? それはどのくらいの魔力消費なのだ?)
『ふむ。貴様にわかりやすく言うなら、貴様が「王の発条」を楽しく巻き続けることでかろうじて発動させられるか、といったところか。少しでも手を休めたらその瞬間に停止するがな』
(それはまた……まあ素材のみでも十分に頑丈なのであろうが。あの王者の身につけていた鎧はなかなかの硬さだったからな)
「おーい、アンちゃん! ちょっと来てくれ!」
かつての激闘を思い出し小さく笑みを漏らすニックだったが、そこにメーショウからの呼び声がかかる。すぐにオーゼンを鞄にしまい込んだニックが返事をすると、メーショウがこっちに来いとばかりに手招きをしてみせた。
「こっちだこっち! これ見てくれ!」
「む? これは……!」
やってきたニックが目にしたのは、魔竜王の胸に深々と突き刺さった一本の剣。魔竜王の全身には無数の傷が刻まれていたが、どう見てもこれが致命傷だ。
「メーショウ殿、この剣は……」
「おうよ、これこそがかの有名な魔剣グラム! だと思われる剣だ。本物なんて見たことねぇんだから断言はできねぇが、魔竜王の全身を傷つけとどめを刺したのは間違いなくこいつだろうな」
「そうか、この剣が……」
伝説の魔剣を前に、ニックの胸が熱くなる。娘が継承した聖剣も凄い物ではあるが、あれはあくまで勇者専用の武器なので、ニックとしては眺めることしかできない。
だがこれは違う。手を伸ばせば触れることのできる場所に伝説の武器があるという事実は、いやが上にもニックの気持ちを盛り上げてくる。
「両刃の直剣、柄の感じからして、刃渡りは一メートルくらいか? 刀身を覆ってるのは基本魔銀だが、他にも何か混じってやがるな。芯になってるのも別の金属だ。抜かずにわかるのはそのくらいだが……で、これどうすんだ?」
メーショウが言葉を向けたのは、近くで見ていたギルドの職員。
「そうですね。出来れば抜いて持って帰って正式な鑑定に回したいところなんですけど……抜けないんですよね?」
「ああ。少なくとも俺達がやったときは無理だった」
ギルド職員の言葉に、今度は冒険者の男が答える。そもそも彼らがこの遺跡のことを報告したのは、自力では曰くありげなこの剣どころか魔竜王の素材のひとかけらすら回収することができなかったからだ。
故に情報提供と引き換えに遺跡発見の名誉とギルドの評価、それにギルドの協力によって素材が入手できたならその一部を渡して貰うという契約を持ちかけ、ギルドもまた快諾した結果が今回の調査団であった。
「そういうことなら儂が抜くか?」
「できるのか?」
「やってみねばわからんが、おそらくはな」
メーショウ達から注がれる視線に、ニックは気楽にそう答える。その自然さが却って頼もしく見えたのか、ゴクッとつばを飲み込んだギルド職員が皆を代表して頭を下げた。
「確かにあの高さを飛び降りられる冒険者なら……お願いしますニックさん。この剣を引き抜いてください」
「わかった。ではやってみよう」
顔は平静、だが内心はウキウキでニックは剣の柄を握る。伝説の武器などというのは大抵何処かの王宮に死蔵されていたりするため、それを自分の手が掴んでいるという事実はさっきまでより更にニックを興奮させていく。
『力を入れすぎて折らぬように気をつけるのだぞ?』
「ぬぐっ!?」
「? ニックさん、どうかしましたか?」
「い、いや、何でも無い」
そんな興奮をオーゼンの言葉に一瞬で吹き飛ばされ、さっきまでの猛る気持ちとは打って変わった腫れ物を触るような手つきでニックは力を込めていく。伝説の武器をへし折ったなどとなれば、娘に怒られる未来は必至だ。
「ではいくぞ……ふんっ!」
「おおっ!? 動いてねぇか!?」
力を入れたニックの腕に、確かな手応え。そのまままっすぐ慎重にニックは剣を引き抜いていく。
「凄い凄い! これ本当に抜けるんじゃ?」
はしゃぐ周囲の声と共に、数百年の時を経て、魔剣グラムが魔王竜の胸から抜けていく。
「ちょっとー!? 何で私が行く前にそういうことを始めちゃうんですかー!? あー、まだ全体像を描き終えてないのに! もー、もーっ!」
抜けていく。抜けていく。その粘つくような手応えの正体を、その場にいる誰もが知らない。
魔剣グラムは、決して聖剣のような神造の武器と呼ばれる類いのものではない。時の匠によって鍛え上げられた、歴とした人造の剣だ。その特性は――『全ての魔力を分かつ剣』
刀身の芯に使われた魔金は、通常の金属と違って魔力の含有量でその硬さが変わる極めて珍しい金属だ。放っておけば周囲の魔力を勝手に吸収してどんどん硬くなってしまうそれは鍛冶屋泣かせの金属であり、この魔剣の芯に使われている魔金はなんと全く魔力を含有していない純魔金であった。
そしてそれを覆っている魔銀には、付与された魔法の性質を増幅する力がある。ただし魔剣グラムに使われている魔銀に付与されたのは魔法ではなく、ドワーフの秘伝たる魔抜きの木炭。物理的に混ぜられたそれによりそのままでは柔らかい魔銀に剛性が増し、かつ木炭の特性……即ち「魔力を弾く」能力が備わる。
飢えた魔金は周囲の魔力を猛烈に吸い込み、木炭の混じった魔銀はそれを強力に弾き返す。そんな矛盾する二つの力で強引に魔力を引きちぎることこそが魔剣グラムの特殊能力。
故に魔竜王の積層防御魔法壁を切り裂くことが可能であり、それを扱う勇者の剣技は守りを失った魔導兵装の装甲を貫くに届いた。その二つが揃ったからこその奇跡の勝利、その結果がこの地で眠る魔竜王の姿だったのだ。
「おお、抜けそう! もうちょっと!」
「ぬぅぅ……妙に引っかかるな。変に力を入れて折れぬように……」
「気をつけてくださいね!? ああ、また胃が……」
抜けていく。魔竜王の補助動力炉を貫いた魔剣グラムが抜け、その力によってせき止められていた魔力が右から左に流れる。
造られてから数千年、停止してから数百年の時を経て魔竜王に残っていた魔力はごくわずかだが……その小さな火種は主動力たる魔導炉を再起動するための最低値をほんのわずかに上回っていた。
「G……O……」
「何だ? 揺れてる……?」
「えっ、嘘!? 目、目が光って……ええっ!?」
『魔導炉の再点火を確認。システムチェック……補助動力炉三に重大な破損を確認。補助動力炉三を切り捨て魔力循環路を再構築……成功』
今は亡き主に己の生存を告げるように、この場の誰にも聞こえない声がただ魔竜王の中でのみ響く。
「まさか生き返った!? んな馬鹿な!? 何で剣を抜いたら生き返るんだよ!?」
「死んでたんじゃなくて、封印されてたとか!? ああもう、馬鹿なドワーフが勝手なことをしたからー!」
『マジ・カターイ・シールドを再起動……魔力不足により失敗。基本防御機構 外郭積層自在盾に回路を切り替え再起動……起動確認。出力六七パーセント。各部損傷チェック開始。一……二……三……』
『おい、不味いぞ貴様! もう一度剣を刺して……いや、無意味か。とにかくすぐに待避しろ!』
「わかった! 少々手荒だが我慢しろ!」
「うおぉぉぉ!?」
手にしていた剣を無造作に投げ捨てると、ニックは近くにいた冒険者達を怪我をしない程度の力でふんわりと蹴り飛ばし、メーショウ、ヒストリア、そしてギルド職員の三人をかなり強引に抱え込んで一気に飛び退いた。その間にも魔竜王からはうめき声のような振動が広がり、その巨体がゆっくりと動き始める。
『チェック完了。稼働率七七.八二パーセント。戦闘継続に支障なしと判断。局地制圧用自動兵装 Magnus Draco 戦闘行動を再開します』
「GROOOOOOO!!!」
子供に聞かせる寝物語、伝説のみの存在であった魔竜王が、今ここに目覚める――