父、肉を焼く
「うぉぉぉぉ!? いた! 生きてた! おーい!」
頭上から聞こえる叫び声にニックが頭を上げると、そこには縄を伝って降りてきた冒険者の姿があった。
「おお、来たか。随分と遅かったな」
「遅くねーよ!? いや、違う。じゃなくて……そう! 何やってるんですかアンタ!」
「む? 何がだ?」
「何がだじゃないでしょ! いきなり飛び降りるとかあり得ないって!」
「うわ、ホントに生きてる!?」
とぼけた返答をするニックをよそに、次々と冒険者達が縄を伝って降りてくる。そのなかには後続の冒険者と腰縄で結ばれたギルド職員の姿もあり、程なくして全員が穴の底へと降り立った。
「ニックさん、本当に勘弁してください。僕ギルドにどう報告したらいいかってずっと悩んでたんですから!」
「う、うむ、すまぬ。次からはちゃんと説明することにしよう」
「お願いします本当に……うぅ、胃が痛い……」
冒険者ギルドに所属しているとはいえ、誰もが金級や白金級の冒険者と面識があるわけでもなければ、その凄さを実際に目にすることなどまずあり得ない。実際には金級くらいまでいくと自らの魔法行使や便利な魔法道具などで一〇〇メートル程度の高さを飛び降りられる者は珍しくないのだが、そんなことをこのギルド職員が知るわけもなければ、ましてや銅級冒険者のニックが平気だと考えないのは当然のことだ。
それでも平然と飛び降りたニックの表情に「あれなら大丈夫なはず。きっと大丈夫なはず……」とうなされるように繰り返しながら必死に縄を降りてきたギルド職員の訴えに、ニックとしては頭を下げる以外の選択肢は無かった。
「はぁ。もういいです。で、それはそれとして何でこんなところで肉を焼いているんですか?」
大きくため息をついたギルド職員が、新たに降ってわいた疑問を口にする。やっとたどり着いた穴の底には何故か冒険者垂涎の品である魔法の肉焼き器が設置されており、お世辞にも仲がいいとは言えなかったはずのエルフとドワーフが一緒になってこんがり焼けた肉を囓っていたからだ。
「それはまあ、色々あったのだ。流石に火は焚けぬが、熱源があった方が乾くしな……痛っ!?」
ニックの頭に、不意に真っ白な骨が命中する。甘んじてそれを受けたニックが振り返ると、そこには据わった目つきでニックを見つめるヒストリアの顔が。
「ほほほ。思わず手が滑ってしまいましたー。ニックさん、このお肉のおかわりはありませんかー?」
「お、おお! あるぞ! ちょっと待ってくれ」
口に手を当て笑うヒストリア……目は全く笑っていないが……に促され、ニックはすかさず魔法の鞄から以前狩り溜めておいたブラッドオックスの肉の切り身を取り出すと、手ずから魔法の肉焼き器にセットし回す。すると場違いなほどに軽快な音楽が流れ始め……
「ここだっ!」
ニックが肉を持ち上げた瞬間、生肉だったそれがこんがりきつね色に焼けた肉へと変貌した。どこからともなく肉の焼け具合を褒めるような空耳が聞こえた気がしたが、それを気にすることなくニックは素早くヒストリアに焼けた肉を渡す。
「さあ、食うがよい! 渾身のこんがり焼けた肉だぞ!」
「うふふ。ありがとうございますー」
「俺ももうひとつ食うかな。あ、俺は自分でやるぜ。なかなか面白ぇしな」
「そうか? ならメーショウ殿にはこれを」
ニックに生肉を渡されたメーショウが、嬉々として肉焼き器のハンドルを回していく。主要人物である二人がこの調子であったことや、長い降下移動に疲労が蓄積していたこともあり、結局ここでも全員が小休止をとることに決め、それぞれが興味深そうに魔法の肉焼き器のハンドルを回していく。
流石に酒は出さなかったが、ギルド職員が持ってきた水を出す魔法道具の代わりにニックが果実水を出したこともあり、一時間ほどの休憩の後には全員が満足そうに微笑んでいた。
「あー、食ったな。腹一杯」
「ったく、ここだからいいけどほどほどにしろよ? さて、それじゃそろそろ行きましょうか。と言ってもこの先は魔物もいなけりゃ崩落してたりもしないので、ただまっすぐ進むだけですけどね」
「む、そうなのか?」
腹をさする仲間をいさめつつ言った冒険者の言葉に、ニックは疑問を投げかける。確かに通路は整然としているし周囲に魔物の気配も無いが、全くいないと断言されるのは意外だったからだ。
「ええ。何でだかはわかりませんけど、この先では一切魔物の姿は見ませんでしたね。この高さなんで地上を歩く魔物がいないのはともかく、空を飛ぶコウモリみたいな奴までいないのは不思議ですけど」
「この年代の古代遺跡だと、ごく希に魔物がいない場所があるんですよー。もっとも原因はまだまだ不明ですけどー、でもいくつか仮説があって、例えば――」
冒険者の言葉を補足するようにヒストリアが続ける。とっくに肉を食べ終えていた彼女はすっかり気を取り直して周囲の壁や床を調べていたのだが、エルフが己の知識を披露できる機会を逃すはずもない。
『ふむ。おそらく原因はごく微弱な魔力波だな。自然に発生しても不思議では無い程度の強さで、だが自然ではあり得ぬほど同一の波長を発しておる。この強さでは精々羽虫を寄せ付けぬ程度だろうが、然りとてわざわざ不快なところに寄りつく理由もないのであろう』
そこでもたらされたオーゼンからの解答。だが先ほどのこともあり、あくまでニックは自分の中で感心するだけにとどめ、場を見守る。その結果しばらくヒストリアの推論などが語られたが当然この場で結論が出るはずもなく、結局腹が落ち着く程度の時間を経たことで全員が奥へと向かって歩き出した。
「にしても上に比べて随分と広ぇな」
「はは。この先はもっと広いですよ? むしろ広大とでも言うべきか」
「こんな地下にそんな空間が!? 凄いですー、期待しちゃいますー!」
背後は上に通じる穴のみであり行き止まり、左右に一切部屋などもなく前方以外から何かが来る可能性が皆無なこともあり、全員がリラックスした感じのまま進む。ほぼ全員が銀級冒険者ということで最低限の警戒心は残しているが、それでも空気は弛緩し、そしてそれでも問題ないほどに平穏な道程が続いて、たどり着いたのはいよいよ目的地。ぽっかりと開いたその場所に飛び込むと……辺りを埋め尽くすのは一面の闇であった。
「おいおい、こんな真っ暗じゃ何も見えねぇぞ? もうちょっと強めの明かりはねぇのか?」
「えーっと、じゃあ皆さんに松明を――」
「あー、それなら私が魔法を使っちゃいますねー! ピカピカ輝け一等星! お尻を出した子一等賞! 夜空に昇るエルフの光! 顕現せよ、『丸ホタルの光明』!」
朗々と紡がれた詠唱の後ヒストリアが両手を掲げると、冒険者の一人が使った明かりの魔法とは比較にならないほど強く輝く光球が空中に出現する。だがそれほどの光をもってしても広大な空間を照らしきることはできず、見えたのはその中央に鎮座していたソレのみ。
「なん、だこりゃ……!?」
「……………………」
「うわぁぁぁ……」
「どうだ、凄いだろ? 俺達が見つけたのはこれさ」
絶句するメーショウ達と、何処か得意げな表情を浮かべて言う冒険者。だがその光景にただ二人だけ違う反応を示す者がいる。
「これは、まさか……!?」
『魔導兵装、だと……!?』
ニック達の目の前に見えたのは、巨大な竜の姿を模した金属の獣。大きさや形状こそ違えど、それは間違いなくかつて戦った王者の姿と同じ魔導兵装の産物であった。