父、突入する
そんなやりとりがあった日から一週間。ついにニック達は「魔王竜の墓」への調査に出発した。総勢一三人にもなる調査隊一行は山を登り森を進み、やがて斜面にあいた大きな穴の前へとたどり着く。
「へぇ、ここか?」
「はい。ちょうど遺跡が崩落したか何かで穴が開いてて、そこを探索してみたらって感じですね。あ、崩れてるんで足下気をつけてください」
メーショウの言葉に先頭を歩いていた冒険者の一人が答え、そのまま全員がそろそろと穴の下、崩れた遺跡の中へと足を踏み入れていく。
「うーん。普通の石造りの建物ですねー。年代的にはそんなに古くない、かな?」
内部に降り立つなり周囲を見回してそう言ったのは、冒険者ギルドが招聘した二人の人物の一人、顔合わせの際にヒストリアと名乗った遺跡の調査を任されたエルフの女性だ。頬に手を当て小首を傾げるヒストリアに、メーショウが遺跡に降り立ち声をかける。
「よっ、と。古くねぇって、具体的にはどのくらい昔の建物なんだ?」
「そうですねー。一〇〇〇年くらいでしょうか? 多分二〇〇〇年は経ってないとは思うんですけどー」
「一〇〇〇年って、そりゃ十分古いだろ?」
「そんなことありませんよー? 一〇〇〇年なら大体五世代くらいですから、そのくらいなら記録もしっかり残ってますしねー」
「そりゃお前等エルフの話だろうが!? ったく、これだから長耳は話が通じねぇぜ」
「むー! 珍しいからって何でもすぐに壊しちゃうおちびちゃん達には言われたくないですー!」
「何だテメェ、喧嘩売ってんのか!?」
「私はありのままを口にしただけですー!」
「まあまあお二人とも、とりあえずその辺で」
にらみ合いを始めた二人に、同行している冒険者ギルドの職員が仲裁に入る。その間にも全員が遺跡内に降りると、そこで改めて冒険者の一人が口を開いた。
「全員入りましたか? ではここからも俺達が先導します。しばらくはこの遺跡が続きますけど、通路が崩落していたり逆に壁が崩れて通路になっていたりするので、足下には気をつけてください。
それと中には魔物が生息しているので、メーショウさんとヒストリアさんは絶対に隊列から外れないでください。殿は引き続きそちらにお任せしても?」
「オウ、任せとけ! 我ら『鋼鉄の尻』はどんな敵でも通さねぇからな!」
「ははは、頼もしいです。では行きましょう。照明を頼む」
「わかりました。光るもの、瞬くもの、輝き きらめき 闇を払え! 『ライト』!」
笑って答え先陣を切るのは、この遺跡を偶然に発見した冒険者達。全員が基人族の五人組パーティで、銀級冒険者らしい油断の無い動きで周囲を警戒しつつ進んでいく。
対して一行の最後尾を歩くのは「鋼鉄の尻」と名乗ったドワーフのみの四人パーティ。全員が重装の近接職という守りに特化したような構成で、同じく全員が銀級ということでこの手の護衛任務には呼ばれることが多い。なおパーティ名は「奥さんに何度蹴られてもびくともしない」という意味らしい。
「おら、長耳のネーちゃん、行くぜ?」
「ああっ、待ってくださいー! これだから気の短い他種族は……ぶつぶつ」
そしてその中央で守られるのは、メーショウとその護衛のニック、それに歴史学者のヒストリアと荷物持ちとヒストリアの護衛を兼ねたギルドの職員であった。
「しかし随分思い切ったな。まさかエルフを引っ張ってくるとは」
「あー! 何ですかニックさんー? 貴方も私のことをめんどくさーいエルフだって言うんですかー?」
道中の道すがら。ふとニックの発した言葉に、ヒストリアが耳をピクピクさせながら抗議の声をあげてくる。
「いや、そういうわけではないぞ。だが国外に出ているエルフというのは随分珍しいのだろう? 呼べば来るというものでもあるまい」
「確かに国の外に出てる同胞は少ないですねー。でも外に出ないとわからないこともいっぱいありますしー、せっかく寿命が長いんですから、もっと色々知りたいなーっと思って私は世界各地を巡ってるんですよー」
「ほぅ、そうなのか」
「ええ。こう見えてヒストリアさんは凄いんですよ。長生きな分そもそもの知識量が違いますし」
「むー、それじゃ私がお年寄りみたいに聞こえるんですけどー?」
「えっ!? いや、そういうつもりじゃ……ど、どう言えば……」
褒めたはずが拗ねられて、ギルド職員の男が困った表情を浮かべる。
「チッ、実際長生きしてんだからいいじゃねぇかよ。つか別に年をとるのは悪いことじゃねぇだろ?」
「だなぁ。儂ももうそろそろ人生折り返しだが、今のところ年をとったことを悲観することは無いな。娘の成長は楽しみであるし、儂自身もまだまだ成長しておる。日々充実しておるぞ?」
「それはまあそうですけどー」
メーショウとニックの言葉に、むぅっと頬を膨らませていたヒストリアは言葉を濁す。その見た目はどう見ても若い娘であり、ふんわりした雰囲気と相まって子供が拗ねているようにしか見えない。
「とにかく、ヒストリアさんには期待しているんです。実際三代目勇者のいた時代は我ら基人族からすると過去の歴史、伝説ですけど、エルフの方々であればちょっと前くらいの感じでしょうし」
「そうですねー。三代目は二〇〇年か三〇〇年か、そのくらい前でしたっけ? それだと普通に生きている人がいっぱいいますからねー」
「ははは……本当にエルフは凄いです」
「ふふーん! まあそれほどでもありますけどー?」
一瞬前とは打って変わって、ヒストリアの顔がご機嫌に緩む。感情に合わせて揺れ動く耳がまるで子犬の尻尾のようだと微笑ましく思うニックだったが、当然それを口にしたりはしない。
「全員警戒! 前方、ルインスパイダー三!」
そんなのんびりした空気を切り裂くように、前を歩いていた冒険者の一人が声をあげる。瞬時に魔法の明かりが前方に飛ばされると、照らし出されたのは暗紫の体を艶めかせる全長一メートルほどの巨大な蜘蛛。
『む、魔物か。戦うのか?』
(いや、儂が出しゃばるまでもあるまい)
オーゼンからの問いかけに、ニックはこっそりとそう呟く。実際先頭で戦う冒険者達は危なげなく魔物を屠っていき、後衛のドワーフ冒険者達もその場から動かず警戒を続けるのみ。これは挟撃を防ぐ意味も勿論あるが、何より前衛の戦いぶりに何の不安も感じていないからだ。
「おぅおぅ、流石にそれなりの腕だな」
「ルインスパイダーはこういう遺跡にはよくいる魔物ですからねー。銀級までなった冒険者の人なら、よほど不意でもつかれなければ苦戦なんてしませんよねー」
重ねられたメーショウとヒストリアののんきな発言がそれを裏付けするように、実際程なくして戦闘は終了した。一人の負傷者も出ない完勝を決め、冒険者達の体からふっと力が抜ける。
「ふぅ、戦闘終了。索敵は?」
「大丈夫。少なくともすぐに襲いかかってくるような位置にはいない」
「ならいいな。では皆さん、進みましょう」
「おぅ、頼りにしてるぜニーちゃん達!」
「お願いしますねー」
メーショウ達の言葉に自らの仕事をきっちり果たした自負も加わり、冒険者達の顔にもやりきった笑顔が浮かぶ。その後も幾度も魔物の襲撃はあったが、結局一人が軽いかすり傷を負う程度で一行は最初の中継地点へとたどり着いた。
「では、ここで一旦休憩とします。この先は辛いですからね」
そう言ってニッコリと笑う冒険者のリーダー。その背後には底の見えない大穴が開いていた。
※はみ出しお父さん ドワーフの価値観
ドワーフはそのほとんどが酒を好み、また酔いにも強いため一旦飲み始めると延々と飲み続けてしまいます。なので「いつまでも酒場で飲んだくれている旦那の尻を蹴っ飛ばして仕事に行かせる妻」という情景はドワーフの日常です。
一見すると男がだらしないだけに思われがちですが、人前で愛を語ったりしないドワーフ達にとっては貴重な愛情表現のひとつであり、女性の側も人前で堂々と尻を蹴るのを楽しみにしている人も多かったりします。