父、雇われる
「えー、ではもう一度確認させていただきます。ニックさんはメーショウさん個人との契約になりますので、緊急時を除いてギルド側が用意した物資……食料とか回復薬とかですね……は融通しません。また緊急時であってもギルドが雇用した冒険者に優先して使用されるため、ニックさんには基本的に自分で全部用意して貰う必要があります。これは問題ないですか?」
「ああ、問題ない。儂は魔法の鞄を持っているからな」
「えっ!?」
ぽんと肩掛け鞄を叩いてみせるニックに、受付の男が驚きの声をあげる。体つきこそ立派であれど普段着の上に安物の革鎧といういかにも貧相な装備しかしていない銅級冒険者が、まさか魔法の鞄などという最高級の逸品を持っているなどとは思いもしなかったからだ。
「わ、わかりました。じゃあ自分で必要な物資は自分で運んでいただくということで。あ、メーショウさんに関してはこちらでお願いしてついてきていただくわけなので、準備も運搬もこちらで行いますけど――」
「いや、俺の分もアンちゃんに運んで貰うからいい。魔法の鞄なら余裕で入るだろ?」
「勿論だ」
魔法の鞄は貴重品であり、今回冒険者ギルドが雇用した人員にそれを持つ人物はいない。であればあらゆる意味でニックに荷物を任せるのが最も信頼がおけるとメーショウは判断し、ニックもまたそれを了承した。実際もっともかさばる水は冒険者ギルドの用意する魔法導具でどうにかなるため、食料やその他所持品程度なら一人分増えたところでどうということもない。
「じゃあそういうことで。あとはあれですね。ニックさんは冒険者ギルドが雇用する形ではないのであくまで『お願い』ではありますが、不用意に遺跡を破壊したり発見したものを報告なしに持って帰るのは出来ればやめてください。故意に奪い取ったとかでもない限り所有権を主張したりはしませんから、何か見つけたら研究のために教えていただけると嬉しいです」
「む、わかった。留意しよう」
『本当に気をつけるのだぞ? 貴様が盗みを働くとは思わんが、うっかり遺跡を破壊する可能性は……ああ、今から目に浮かぶようだ』
「り、留意しよう。うむ、凄く気をつけることにする」
「? お願いしますね」
突然視線を左右に揺らし始めたニックに微妙に首を傾げつつも、受付の男はその後も細かな注意事項を説明していく。もっともそれらは全て常識の範囲内であり、特に疑問を挟むこともなく説明は終わり……最後にメーショウが口を開く。
「そうだ、ひとつ聞いていいか? 今回俺はこのアンちゃんを雇ったわけだが、報酬額ってどのくらいにすりゃいいんだ? 自分で雇うのなんて初めてだから全然相場がわからねぇんだが」
「そうですね。銅級冒険者の護衛依頼だと、一日当たり銅貨一〇枚くらいですかね」
「そりゃまた……糞安いな。本当にそんな額なのか?」
あまりの安さに眉をひそめるメーショウに、受付の男は苦笑してみせる。
「はい。信頼も実績も無い銅級冒険者に対する護衛依頼というのは、気心の知れた知り合いをゴブリンが出る程度のほぼ安全な街道の行き来に雇う程度ですからね。まともな護衛依頼は鉄級以上にならないとこないので、必然的に依頼料は安いんです」
「なるほどなぁ。だが流石にそりゃあ……よし! ならアンちゃん、今から俺の店に来い!」
「ん? それは構わんが、どうしたのだ?」
「なに、報酬の先渡しだよ。ガキの小遣いみたいな報酬渡したって仕方ねぇからな。それならその代わりに俺のところで装備を一式見繕ってやる。いくらアンちゃんが強くてもそんな格好で遺跡に潜るわけにもいかねぇだろ?」
「まあ、うむ。そうだな」
「なら決まりだ!」
戦力的には何の問題も無いが、護衛として雇われた以上あまりみすぼらしい格好をし続けるわけにもいかない。元々適当な店で装備を揃えようと思っていたこともあって頷いたニックに、メーショウが楽しげな笑みを返す。
「ええっ!? メーショウさんのところの武具って、数打ちでも銀貨数十枚は飛びますよね?」
「む、そうなのか? 金なら払うぞ?」
「いいんだよそんなもん! アンちゃんは俺の護衛なんだぜ? いわば俺を守る剣であり盾だ。テメェの命を守るのに金をケチる馬鹿なんざいねぇ。さあさあ行くぜ!」
「お、おぅ。色々と手間取らせて悪かったな」
ぐいぐいと手を引くメーショウに、ニックは慌てて受付の男に頭を下げる。本当は心ならずも割り込みをする形になってしまった冒険者にも謝罪したかったが、既に他の受付で用件を済ませていたのかギルド内にその姿は見当たらない。
「おら、早く来やがれ!」
「わかったわかった!」
流石にメーショウを放っておいてどこにいるかわからない相手を探すわけにもいかず、ニックはそのまま町中へと出て通りを歩いて行った。
酒場などが建ち並ぶ賑やかな通りを過ぎ、更に奥へと進んだ先に待っていたのは小さく厳つい男達の怒号が飛び交う職人通り。その中でもひときわ歴史を感じさせる建物の前にやってくると、メーショウは何のためらいも無くその扉を開いて中に入っていく。
「おう、今帰ったぞ! 店にある一番でかい鎧を持ってこい!」
「あ、親方! 一番でかいって、その人の装備ってことでいいんですか?」
「そうだ。とりあえず鎧一式と……アンちゃん、武器は何を使うんだ?」
「武器か。強いて言うなら斧辺りだが、正直素手が一番強いと思うぞ?」
「素手だぁ!? ってことは格闘系か。そっち系の武器はねぇから、とりあえずは防具だな」
ブツブツと呟きながら、あっという間にメーショウが店の奥へと消えていく。取り残されたニックが店の中を眺めながら待っていると、弟子と思われるドワーフ達が色々な武具を次々とカウンターに運んでくる。
「親方、運び終わりました!」
「よし! じゃあ早速着せてくか! アンちゃん、こっちに来な!」
「わかった」
呼ばれて店の奥へと入り、様々な鎧の部品を押し当てられてはああでもないこうでもないと呟きながら調整を施され、そしてしばしの後。
「うーし、こんなもんだろ。どうだアンちゃん?」
「おお、これはまた……」
『ほぅ。なかなかではないか』
それもまた高級品であろう巨大な姿見に映った己の姿に、ニックが思わず歓声をあげる。ぴっちりと肌に吸い付くような素材で作られた黒い鎧下。その上に装備した赤銅色の胸鎧と臑当ては実に渋みがあり、ニックの巨体によく映えていた。
「どうだ? あり合わせだから全身鎧ってわけにゃいかなかったが、素手で戦うってならあんまりゴテゴテしてねぇ方がいいんだろ?」
「ああ、そうだ。うんうん、これなら十分戦えそうだ」
腕や足を動かしながら言うニックに、しかしメーショウはわずかに眉をしかめる。
「その言い方だと、もっといい装備をしてたって感じだな。そいつはどうしたんだ?」
「む? あー、気に障ったなら謝ろう。だが確かに少し前まで儂はこれよりいい装備を身につけておった。だが――」
語るニックの言葉に、メーショウは真剣に耳を傾ける。
「そうか。そんなことがなぁ……チッ、俺もその鎧を見てみたかったぜ」
「怒らんのか?」
「カッ! 馬鹿言うんじゃねぇよ。そりゃ俺は自分の腕に自信があるが、他の職人がアンちゃんのためだけに作った鎧に間に合わせの鎧で勝てると言うほどうぬぼれちゃいねぇよ。
鎧が壊れた理由だってそうだ。雑に扱って駄目にしたってなら今からでも契約切って蹴り出してやるところだが、戦いの中で壊れたってならむしろ武具としちゃ本望だ。本当に限界まで持ち主の命を守ったってことだからな。
俺も親方だ何だと言われちゃいるが、それでもまだまだ道半ばだ。まあ逆に言やぁまだまだ腕があがるってことでもあるがな!」
ニカッと笑いながら作った力こぶをパンパンと叩くメーショウに、ニック達は職人の魂を強く感じるのだった。