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父、初仕事をこなす

「邪魔するぞ……」


 その日の夕方。やっと規定量の薬草を集め終わったニックは疲れた顔をそのままに冒険者ギルドへと舞い戻ってきた。


『貴様でもそんな表情をするのだな……どれほど強くてもやはり人間ということか』


「お帰りなさい! えっと……ニックさん! 薬草は集め終わりましたか?」


「ああ、何とかな。ほれ、これでいいのか?」


 人目がある場所故オーゼンには応えず、ニックは背嚢から採取した薬草の束をカウンターの上に並べていく。


「今確認しますね……はい、全部トゲアリトゲナシトゲトゲ草です。ひとつも普通のトゲトゲ草が混じってないなんて、凄いですね!」


「ん? まあ、あれだ。そこは頼りになる相棒がいたのでな」


『フッフッフ。我であればこの程度当然の成果だ』


「あ、やっぱりどなたかとパーティを組んだんですか? ここを出るときにお一人だったので気にしてたんですが……」


「パーティとまでは言わないが、ちょいと助けてもらった感じだ……儂単独でこなさねば駄目だったか?」


 少し心配そうな顔で問うニックに、しかし受付嬢はニッコリと笑って首を横に振る。


「そんなことありません。そもそもこの依頼は薬草採取中に魔物が襲ってくることを想定していますから、二人か三人くらいで一緒に受けるのが推奨です」


「そうなのか? ならば何故それを最初に言わんのだ?」


「それは……ニックさんみたいな大人の方なら平気ですかね? えっと、この依頼には新人冒険者に必要ないくつもの要素が入ってるんです。


 まずはさっきも言った通り、仲間と助け合うことの重要性ですね。魔物が出る、と情報を出しているのにたかが薬草採取と侮って単独で行くと大変な苦労をします。薬草の見分け、大変だったでしょう?」


「ああ。あれは狂気の沙汰であった……」


 結局ニックは最後まで完全に薬草を見分けることは出来なかった。何度もオーゼンに見分け方を聞いたが、オーゼンからすれば明らかに色が違うのでそれ以上は教えようが無かったのだ。


「ふふ。薬草と呼ばれる草は数ありますけど、このトゲアリトゲナシトゲトゲ草はその中でも屈指の見分けづらさなんです。これを集中して探したら新人冒険者の人では魔物の接近に気づけなくて当然ですから、ソロだと大抵はそこで痛い目を見る感じですね。そこで見張りと採取の役割分担とか、周囲への警戒の仕方なんかを実地で学んでもらう感じです」


「なるほど。一の経験は百の座学に勝ると言うしな」


 実際冒険者になるような輩は自分の力を過信しているものが多く、人に言われたところで話を聞かない新人というのはいくらでもいる。そういう者が学ぶには結局実際に痛い目を見てみるしかなく、ゴブリンなどの弱い魔物はその相手にうってつけなのだ。


「それと、薬草の形を覚えてもらうことも重要です。この辺の薬草はこのトゲアリトゲナシトゲトゲ草しかありませんから、いざという時にこれを見分けられるかどうかは大きな違いになります。新人さんはお金が無いですから、どうしても回復薬を軽視しがちですし、現地調達で応急処置ができるだけで生存確率が段違いに上がります」


「そういうことか。確かに先に説明されては効果が半減してしまいそうだ」


 全てが自己責任である冒険者になるなら、自ら学ぶ姿勢が何より大事になる。これだけお膳立てされた依頼で何も学べないようなら将来性も無いということだろう。


「今の話、公然の秘密ではありますけど一応内緒にしてくださいね? それじゃ、これが今回の報酬です」


「銀貨? 大分多くないか?」


 受付嬢の差し出した一枚の銀貨に、ニックは軽い驚きを覚える。薬草採取の仕事で得られる報酬は精々銅貨数枚であり、つまりこれは通常の何十倍という額になる。


「初めての依頼をこなした冒険者さんに対する、お祝い金みたいなものですね。人数で割ればそこまで多くもないですし、最初はみんなお金が無いですから。


 あ、当然次からは普通の報酬になりますよ? このギルドでの薬草採取だと、二〇本で銅貨五枚になります」


「そうか。では有り難く受け取っておこう」


 ニックは鈍く輝く銀貨を手に取り背嚢にしまうと、挨拶をして冒険者ギルドを後にした。


『どうだ? 初めての仕事をやり遂げた感想は?』


「どうと言われてもな……一応言っておくが、これが冒険者としての初仕事だっただけで、別に今まで働いていなかったわけではないぞ? 規模は違うが同じような依頼は娘達といくつもこなしてきたし、娘が産まれる前は普通に木こりをやっていたしな」


『木こり!? 貴様のような男が木こり……いや、見た目には合ってるのか? だがそれ程の力があって何故木こりを?』


「ワハハ。別に儂は昔から強かったわけではない。娘が産まれ、どうしても強くなる必要があったからこそ己を鍛え強くなったのだ。木こりをやっていた頃の儂なら、そうだな……鉄級の冒険者と戦えば手も足も出なかったであろうな」


 言って、ニックは懐かしそうに目を細める。仕事柄それなりの腕力はあったが、ただ木を切っていただけのニックに戦い方などわかるはずもない。未熟だった己の姿とその隣に立つ女性の面影に、ニックは思わず天を仰ぐ。


『ぬぅ。貴様の生き様には我としても強烈に興味を引かれるところではあるが、その話はいずれゆっくり聞きたいものだな。で、今日はどうする? また昨日の宿か?』


「いや、もう少し良い宿にしよう。昨日は間に合わせだったが、無事冒険者になれたことだしな」


 昨夜ニック達が泊まったのは、素泊まりの木賃宿であった。背嚢に金貨を入れたままそんな宿に泊まるなど普通の人物ならとても気が休まらないだろうが、ニックには関係ない。冒険者になれなければ金を稼ぐ手段が極めて限られるため節約したのだ。


 だが、冒険者という肩書きを手に入れた今、もはや金を稼ぐのに困ることは無い。銅級で受けられる依頼では大した報酬は望めないが、別に依頼を受けずとも適当な魔物を狩って魔石や素材を売れば十分な金になる。であればもう少し寝心地のいい場所で休みたいと思うのは当然だろう。


『ふむ。ならばそこはどうだ?』


 町を歩きながら宿を物色するニック達。そのうちひとつの前にてオーゼンが声を上げる。


「ここか!? お主、こんな所に泊まりたいのか?」


 宿を見るニックは、思わず変な声をあげる。そこは磨き上げられた大理石の柱が客を出迎える最高級の宿であった。


『我のような高貴な存在が休むなら、この程度の格式は必要ではないか?』


「流石にここは……有り金はたけば泊まれないとは言わぬが、こんなところ気が休まらぬ。これなら最初の木賃宿の方がマシなくらいだ」


『小市民め。ではあっちの……貴様から見て斜め左前方のあそこはどうだ?』


「ふむ、あのくらいなら丁度いいか……行ってみるとしよう」


 次にオーゼンがあげたのは、普通よりやや良い感じの宿だ。しっかりした作りと清涼感のある外観に惹かれ、ニック達はそこに足を運ぶ。


「いらっしゃいませー!」


「うむ、邪魔するぞ」


 宿に入るなり、年若い娘がニックに声をかけてきた。元気のいい挨拶に思わずニックの顔がほころぶ。


「ウチは宿泊だけなんですけど、お泊まりで宜しいですか?」


「うむ。とりあえず三日ほど泊まりたいのだが、部屋はあるか? ああ、一人部屋だ」


「ありますよ。三日だと銅貨六〇枚になります。十日以下の場合は前払い、それ以上の場合は十日毎にお支払いいただく感じになりますが、大丈夫ですか?」


「問題無い。ではこれで頼む」


 ニックはもらったばかりの銀貨を取り出し、娘に渡す。一枚では数え間違いなどしようがないので、娘はすぐにそれを手に受付に行くと、釣りの銅貨四〇枚をニックに渡した。


「お部屋はそこの階段を上がって一番奥になります。お湯と灯りはそれぞれ銅貨一枚です。必要になったら私に声をかけて下さい。朝食は一の鐘から二の鐘の間なら無料でお出しします。夕食はご希望があれば事前に言って下さい。別途料金を頂いてお作り致します。何か質問はございますか?」


「いや、大丈夫だ」


「ではこちらが部屋の鍵になります。どうぞごゆっくり」


 金属製の鍵を渡し一礼すると、娘が宿の奥へと引っ込んでいく。ニックはそれを見送ってから自分の部屋へと入り、久しぶりに柔らかなベッドへとその巨体を預けた。

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この小説の感想とも言えないんですが、硬貨の切り替わりが百枚だとお釣!四十枚!ってなって余りにも不便そうですね。
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