父、発射する
「巡る巡るは幽遠吐息。廻る廻るは朱の風。総じて燃やすは長じて漏らさず反魂神子の腕比べ! 唸れ! 『赤熱石華の手繰り唄』!」
朗々たる詠唱の終わりに、メーショウの両手がパンと大きく胸の前で打ち鳴らされる。それから両手を石窯の天井につくと、瞬間石窯についた穴から猛烈な火炎が噴き出し始めた。
「さあさあこれだ! こっからだ! ただ燃やすだけなら馬鹿でもできる! 魔力で練った炎を釜の中で縦横無尽に動かして、むら無く無駄なく均一に燃やすのこそ職人技! お前らもよく見とけよ?」
「「「ヘイッ! 親方!」」」
弟子のドワーフ達が注目する中、メーショウはギュッと眉根を寄せて猛る炎を操り始める。当然石窯の中なので直接目にすることはできないが、皮膚に直接感じる熱さやわずかに赤みを増減させる石窯の壁に全神経を集中させ、弟子もまたその技術を少しでも学ぼうと全員が真剣だ。
「おおおぉぉ……」
そんななかでただ一人物見遊山に興じるのはニックだ。別に鍛冶屋を目指しているわけではないニックにとっては目の前で起きているのは正しく「見世物」であり、魔力こそ感知できないが内部でうねる熱源の動きに関してはこの場の誰より感じられることもあり、その複雑怪奇な動きを存分に楽しむ。
『むぅぅ、見えん。この距離では何もわからん……っ!』
一方オーゼンは、目の前の出来事が今ひとつ把握しきれなくてここでもやきもきと気をもんでいる。複数人の魔力が混じっているうえに石窯に宿って保護している魔力と内部でうねる炎の塊に宿る魔力がほぼ同じ強さのため、どうにもこうにも見分けがつけづらいのだ。
(くっ、せめてもう少し近ければ。だが今更ニックの股間に移動するのは流石に……何か、何かいい具合の理由はないだろうか?)
自分で拒否しただけに、今更近くで見たいから股間にいさせてくれとはなかなかに言いづらい。そんな小さな矜持が好奇心とせめぎ合い、オーゼンの体が知らずにピカピカと輝き始める。とは言えこの場にいる全員の意識は石窯に集中しているので、それに気づく者はいない。
そして、そんな風にオーゼンがそわそわピカピカしている間にも時間は流れていく。儀式開始から三〇分ほどたったところで、ほんのわずかにだが釜の中で踊る炎の熱が下がってきた。それを敏感に感じ取ったメーショウは苦々しげに顔を歪め、全身から滝のように流れ落ちる汗を振り払いながら弟子達に声をかける。
「チッ、やっぱり魔力が足りねぇ! おいお前ら、追加だ! ぶっ倒れるまで魔力を送りやがれ!」
「わかりました! みんな、やるぞ!」
「オウ!」
メーショウの呼びかけに答え、弟子達が最初の時のように腕を上下に動かしてポーズを決め始める。魔力視の出来ないニックにはわからなかったが、オーゼンには全員の体から白い魔力がまるで湯気のように立ち上っているのが視えた。
「もっとだ! もっとよこせ! このまま火が消えちまったらここまでの苦労が水の泡だぞ!」
「へ、へい!」
「ぐぅ、辛い……」
「負けんな! 漢を見せろ!」
本来なら三日かけて溜めるはずの魔力。しかもそれは毎日食事や睡眠をとって完全回復することが前提の三日分だ。少し前に魔力を抜かれたばかりのドワーフ達にそれほどの魔力が回復しているはずもなく、だがそれでも必死に踊って全身から魔力を絞り出していく。
「フン! ハー! フン! ハー!」
顔を真っ赤にし踊り続けるドワーフの男達。そんな彼らを目の前に、ニックの体も自然に動く。
「フン! ハー! フン! ハー!」
「お? 何だアンちゃん。アンちゃんも手伝ってくれるのか?」
「無論だ! むしろこの流れでただ見ているだけなど、そっちの方が辛いわ!」
「カッカッ! アンちゃんも漢だな! よし、アンちゃんの魔力も貰うぜ!」
「フン! ハー! フン! ハー!」
森の奥にこだまする、男達の荒い声。だがニックの体に宿っているのは基人族の基準ですらかなり少ない魔力であり、現実的には「無いよりはまし」とすら言えないほどの些細なものだ。
「フン! ハー! フン! ハー!」
ニックは踊る。一心不乱に腕を振り上げ、振り下ろす。周囲のドワーフ達の五割増しほどの巨体の動きは誰よりも激しいが、提供できる魔力は誰よりも少ない。
「くそっ、厳しいぜ……だが始めたからには諦めきれるか! 俺の全部を食らいやがれぇ!」
「ぬぅ、儂ももっと力を……これが腕力であればいくらでも提供できるのだが……」
自らの力のなさに悔しげに顔を歪めるニック。そんな相棒の姿を見て、オーゼンのなかによぎるものがあった。
『……はっ!? おい貴様、我を身につけるのだ! 貴様が我を「王能百式」で身につければ、我と貴様は一心同体! 我の魔力を貴様の体を介してメーショウの元に送れるはずだ!』
「っ!? すまぬ、すぐ戻る!」
頭に響いたその声に、ニックは瞬時に儀式の輪から抜けるとオーゼンの元にたどり着く。
言葉を交わす必要は無い。少し前に発条も巻いたばかりだ。そして何より、二人の心はただひとつ。
「『王能百式 王の尊厳』!」
下着を脱ぎ捨てたニックの言葉に、オーゼンの体が光と変わる。その変化の終了を確認すらせず、ニックは再び儀式の輪に戻る。
「持って行けメーショウ殿! これが儂等の全力全開だぁ! フゥゥゥゥゥゥン!!! ハァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!」
それは巨大な魔力の塊であった。股間の獅子頭の口から爆発するように白い魔力が噴出し、メーショウに向けて発射される。
「うぉぉ!? な、何だ!? 突然凄ぇ力が……いける! これならいけるぜぇ!」
突然降ってわいたとんでもない魔力に、メーショウの目がギラリと輝く。石窯の天井についた手から強引に魔力をねじ込むと、莫大な熱と共に石窯の穴から閃光がほとばしる。
「廻れ魔割れ、焼き尽くせ! 巡れ恵れ、行き渡れ! 金獅子恋火の華結び、これにて仕舞いだぁ!」
「うぉぉぉぉ!?」
『ぐぅ、眩しい!?』
石窯が白い光に包まれ、今にも爆発しそうなその様子に一瞬石窯そのものが歪んだ錯覚すら覚える。思わず身構えたニックだったが、すぐに光は収まり、周囲で共に踊っていたドワーフ達が全員一斉にその場に崩れ落ちた。
「ふぅ、ふぅ……お前等、よくやったぁ!」
「へ、へい……親方……」
「メーショウ殿、と言うことは?」
「ああ、成功だ! んじゃ、これから半鐘(一時間)は冷ます必要があるから、その間は休憩だ。よく頑張ったなお前等。アンちゃんも助かったぜ」
「はは、役に立てたなら何よりだ」
流石にくたびれ果ててどっかりと石窯の上で腰を下ろしたメーショウに、ニックは笑って答える。実際放出したのはオーゼンに溜めた魔力であり、あの程度の動きで疲労するはずもないのでニックはこの場で唯一元気いっぱいだった。
『うむうむ。実によい物を見られた。こう言っては失礼かも知れんが、これほどの見世物はアトラガルドでも滅多に見られる物ではなかったぞ』
「それにしても凄い儀式というか、作業だったな。こんなことを日常的にやっておるのか?」
「アン? いや、流石にそりゃねぇよ。普通の木炭なら専門に作ってる奴がいるからな。だが今回みたいに最高品質の物を求められる場合は、どうしてもな。火は鍛冶の基本だ。ここを妥協したらろくなもんができやしねぇ」
「そういうものか。しかし最高品質とは、一体何を作るのだ?」
「ん? アンちゃん冒険者なんだろ? てっきり知ってて来たんだと思ったが、違うのか?」
「どういうことだ? 儂はエルフの国の用事が終わって、ついでに寄ってみただけなのだが……」
首を傾げるニックに、メーショウはペシンと己の膝を打って笑う。
「それならちょうどいいところに来たじゃねーか! 実はな、ちょっと前にこの町の側で凄ぇもんが見つかったんだよ」
「凄い物? 何だ?」
「へっへっへ、聞いて驚けよ? 何と……あの『魔竜王の墓』だ!」
「何だと!?」
メーショウの言葉に、ニックは思わず驚きの声をあげた。