父、興奮する
「こりゃあまた……たまげたな」
鬱蒼とした森にある、開けた一角。己の座る岩の台座のすぐ側にうずたかく積まれた丸太の山を見て、メーショウは思わずぽかーんと口を開けていた。
「どうだ? このくらいで足りるか?」
「おう、十分だ! にしても、まさか俺達が三日かけてやろうとしていた仕事をこうも簡単に済ませちまうとはなぁ。やっぱり俺の見立て通り、ただ者じゃねぇな?」
「ハッハッハ。そんなに大した物ではない。若い頃に木こりをやっていたことがあるから、その経験が生きただけだ」
「いやいや、経験だけであんななことできねーだろ!」
「凄ぇよなぁ。スパッ! だぜ? 手刀でスパッ!」
「親方だってあんなことできないぜ」
謙遜して笑うニックに、一緒にいたドワーフ達が口々に囃し立てる。そんなドワーフ達の言葉にメーショウはギロッと発言者を睨み……そして次の瞬間には愉快そうに笑う。
「アァン? 俺にゃ無理だと!? カッカッ、そりゃそうだ! スパッと切れる刃物なら鍛えられるが、素手でコイツを切るなんてできるわけねぇ! おうお前ら、他の奴らも全員集めてこい! 今すぐ炭焼きに入るぞ!」
「えっ、いいんですかい親方? 大分予定と違いますけど」
「馬鹿野郎! これだけのモンを見せつけられて、このまま三日も魔力が溜まるまでボーッと待ってろってか? んな腰抜けを弟子にした覚えはねぇぞ?」
「そりゃそうだ! わかりました、すぐ集めます!」
小さな体躯で飛ぶように走って行くドワーフを見送ると、メーショウは満足げに頷きつつ改めてニックの方に顔を向けた。
「てぇことだ。今準備するからちょいと待ってな」
「待つのは構わんが、本当にいいのか? 話を聞く限りでは準備が足りなそうだが」
「心配すんな! そんなもんなぁ気合いと根性がありゃどうにでもなるんだよ! アンちゃんは安心して見てりゃいいぜ」
「そうか。ではそうさせて貰うとしよう」
そう言うと、ニックはその場から少し下がって様子を見ることにした。目の前ではやってきたドワーフ達にメーショウが檄を飛ばし、ドワーフ達が地面に杭を打ったり謎の模様を描いたり、そして何より服を脱いで何かの準備を進めていく。
『精人種と一括りにしていたが、ドワーフというのはエルフとは随分違うのだな』
「ん? ああ、そうだな。ドワーフは直情的で、思ったことをすぐに口にし実行する。故にエルフとは折り合いが悪いようだな」
『あー、それは確かにありそうだな』
自分たちが最上であると信じて疑わないエルフに対し、世辞を言わないドワーフはあからさまに相性が悪い。失礼なエルフに偉そうなドワーフが会えば喧嘩になるのが必然だ。
「まあ、それでも敵対したりはしていないのだからおそらくは上手くいくコツというか、相手の本質をきちんと見極めた付き合いがあるのだろうな」
『性格は合わずとも相手を盲目的に否定するほど馬鹿でもないということか。まあでなければ隣国などやっていられないだろうしな』
エルフの国とドワーフの国に国境を隔てる壁や関所のようなものは無い。そう言う意味では表面的には非常に仲が悪くても、人間同士の国家などよりよほど相手を信頼していると言えるだろう。
「おいアンちゃん! そろそろやるぜ!」
「む? おお、わかった! 今行こう」
オーゼンと話し込むニックに、メーショウからの大きな呼び声がかかった。すぐに意識をそちらに向けて歩み寄ると、そこには最初に見たときとほぼ同じ状態、すなわち円陣を組んだ紐下着のみの裸のドワーフ達と、その中央に服をはだけさせ上半身のみ晒したメーショウの姿があった。ただしその手には最初は持っていなかった大きな槌が握られている。
「来たな? じゃあ行くぜ、まずは『石窯起こし』だ!」
「「「へい!」」」
かけ声と共に、周囲の男達がまずは右足を高く上げ、そのままダンと音がするほどの強さで足を下ろす。そうすると今度は左足をあげ、また踏み下ろす。それが幾度も繰り返されるなか、足を踏み下ろすのと同じタイミングでメーショウが自身の身の丈程もある槌を足下の平らな岩に振り下ろし、ガキンガキンと音を立てる。
ダンッ、ガキン! ダンッ、ガキン! ダンッ、ガキン! ダンッ、ガキン!
繰り返される行為にドワーフ達の額に汗がにじみ、メーショウが槌を振り下ろした場所がじんわりと赤く染まっていく。そうして数十回ほど槌が振り下ろされたところで、不意に地面が大きく揺れた。
「お、おお? 何だ?」
「来たぜ来たぜ? さあ起きやがれ! 土塊石塊奇々怪々! 叩いて起きろ『石延露心』!」
最後にガツンとメーショウが槌を振り下ろすと、瞬間地面から巨大な石窯がせり上がってきた。ゴゴゴゴと大地を揺らしながら現れるその勇壮さにニックは言葉を無くして見惚れ、オーゼンはその不可解さに持てる力の全てを使って状況を解析していく。
「ほほー! これは凄いな!」
『何だこの術式は!? 見たことも聞いたことも無い未知の形式!?』
「カッカッカ! どうよアンちゃん。これが俺達ドワーフの秘技、魔抜き炭を焼く特別な石窯だぜぇ!」
せり上がった石窯の上、元は地面に埋まっていた平らな石の上に立つメーショウが豪快に笑う。そのままひょいと飛び降りると、すぐに釜の中を覗き込み始めた。
「よし、問題ねぇな。おいお前ら! そこの丸太を全部この中に運び込め!」
「「「ヘイ!」」」
「いや、実に見事な技だ。思わず見惚れてしまったぞ」
メーショウが指示を出し終えたのを見て、ニックが声をかけた。少年の心が刺激され興奮気味のニックを前に、メーショウはニヤリと笑みを浮かべる。
「おいおい、仕事はこれからが本番だぜ? この後は今の儀式で込めた魔力で釜の中の丸太を一気に焼き上げるんだ。つっても、勿論ただ焼くだけじゃねぇぜ? 木こりのために抜いた魔力を全部注ぎ込んで、中の空気と一緒に魔力まで焼き尽くす!」
『そんなことがこの簡易な石窯でできるのか!? 凄い、本当に凄いな! くっ、これならエルフの国でももっと積極的に魔法施設を回るべきだったか……』
ドワーフの秘術を目の当たりにし、であればエルフ達も同じような秘術を抱えているのではないかと歯噛みするオーゼン。そんな相棒にそっと腰の鞄を撫でつつもニックは改めて石窯を見た。
おおよそ五メートルほどの高さの、半球状の釜。表面はごく普通の石材に見えるが、そもそもつなぎ目の一切無い湾曲した石の壁という時点でかなり特殊だ。巨大な岩を丁寧に彫り、削ることでしか通常ならばこの状態にはなり得ない。
そして、それはオーゼンから見れば更に異質だ。石窯全体を濃密な魔力が覆っており、本物の視覚を持たないオーゼンには中がよく見えない。流石にマグマッチョの有していた魔力ほどではないが、それでも人間であれば何十人もが魔力を振り絞ったほどの量だ。
「親方、準備できました!」
「よーしよし。それじゃいよいよ本番だ。おいアンちゃん。熱くなるから近づきすぎるなよ? あと服は脱いどけ。汗でベッタベタになるぜ?」
「ふむん? わかった。ではそうしよう」
メーショウの言葉に、ニックは一旦その場を離れると服を脱ぐ。魔法の鞄をその場に置き、オーゼンが入った鞄に手をかけるが――
「どうするオーゼン? 儂の股間に来るか?」
『むぅ、これから行われる儀式には極めて興味があるが……股間、貴様の股間は……』
「はは、ならば無理にとは言うまい。お主を手放すつもりは無いが、流石に数歩の距離で後れをとるほど耄碌はしておらんからな」
オーゼンの意思を尊重し、ニックがその場を離れる。そうしてニックがやってきたのを確認すると、メーショウが再び石窯の上へと飛び乗り宣言した。
「では、これより炭焼きを始める!」