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父、体で払う

『体!?』


「体か……別に構わんが」


『構わんのか!?』


 平然と答えたニックに、オーゼンは思わず声をあげる。


(落ち着け。落ち着くのだ我。こういうのは大抵単なる肉体労働と決まっているではないか。ふふふ、我も成長するのだ。この程度で動揺など――)


「よし、話は決まったな! なら服を脱げ!」


『脱ぐのかっ!?』


「むぅ、わかった」


 やたらと響くオーゼンの声に多少眉をひそめつつも、ニックはメーショウの言葉に従い服を脱いでいく。程なくしてパンツ一丁になったニックの裸体に、メーショウはニヤリと怪しげな笑みを浮かべた。


「こいつぁ予想以上にイイ体してるじゃねぇか……じゃあそこに立ってさっきの男衆と同じように体を動かしてみてくれ」


「こうか? フン! ハー! フン! ハー!」


「そうだ! いい調子だぜ。どうだ? どんな気分だ?」


「どんなと言われても……いや、何だ? 体の奥から熱いものがこみ上げてくるような……」


「何だアンちゃん、筋がいいな。そのままその気持ちに身を任せるんだ」


「フン! ハー! フン! ハー! な、なあメーショウ殿。何かこう、体から出そうな気がするのだが」


「いいぜいいぜ! 我慢せずに出しちまいな! そうすりゃすっきりするからな!」


「わかった。フン! ハー! フン! ハー!」


 同じ動作を繰り返すニックの顔が切なげに上気していき、それを見てメーショウが興奮気味に言葉をかける。そんな二人の様子を強制的に見せつけられているオーゼンは、ただひたすらに耐えていた。


(何故我はこんなところでこんなものを見せつけられているのであろうか? これが好奇心の罰だというなら、世とはなんと無情なのか……)


「フン! ハー! フン! ハー! おぉぅ、でる、でるぞ!?」


「よし来い! 俺がきっちり受け止めてやる! 全部出し切っちまえ!」


「フン! ハー! フン! ハー! ふぉぉぉぉ、むはぁぁぁぁぁぁぁ!」


 感極まったニックの体から、白いもやが吹き出すのがオーゼンには見えた。そのキラキラはメーショウの体へと降り注ぎ、彼の筋肉へと吸い込まれるように消えていく。


「ふーっ、ふーっ」


「お疲れさん。無事魔力は抜けたみたいだな。体調はどうだ?」


「ああ、問題ない。と言うか、魔力?」


「そうだぜ。ここの木は魔力を弾くって言ったろ? その特性を最大限に生かすために、木を切る段階から体内の魔力を抜いておくんだよ。で、その抜いた魔力を俺が集めてこの後の炭焼きに使うって寸法さ。どうだ、無駄が無いだろ?」


「ふむ、実に合理的だな」


「ちなみに初めて魔力を抜いた奴だとふらふらして立てねぇとかってこともあるんだが……アンちゃんは平気そうだな。なら早速木を切ってもらうとするか。俺はこの後の仕込みがあるからここから動けねぇから、その辺にいる奴に適当に指示を貰ってくれ。予備の斧はそこにある」


「わかった。では行ってくるぞ」


「おう、気をつけてな」


 脱いでいた服を着てから無造作に地面に置かれていた斧を手に取り、ニックは少し離れたところで木を切っていた男に話を聞いて、そのまま少し離れた場所まで移動する。


 目の前の木は大人が一抱えするほどの太さであり、高さはおおよそ二〇メートルほど。であれば倒れたときにぶつからないように、それぞれの木こりが離れた位置で作業をするのは当然である。


「では始めるか……おいオーゼン?」


『……ん? 何だ?』


「それはこっちの台詞だ。さっきから無言だが、どうかしたのか?」


『いや、目の前で行われていた儀式があまりにも鮮烈でな……とは言え魔力抜きの儀式など初めて見たし、ドワーフの持つ技術とらやは侮れんな』


 ニックの問いに、オーゼンは微妙な声で答える。儀式の見た目こそ見るに堪えないが、そこで行われている行為そのものは非常に興味深いものであり、だからこそオーゼンは迷う。


 知りたいが知りたくない、見たいが見たくないというジレンマに陥り……そして結局は知識欲が勝利した。


『すまぬ。我は我で色々と考察しておくから、我のことは気にせず仕事をしてくれ』


「わかった。にしても懐かしいな。木を切るなどいつぶりであろうか」


 中古の斧を手に、ニックは感慨深げに呟く。戦闘中の不慮の事故を除けば、木を切って道を切り開くなどということを冒険者はしない。故にニックとしても十数年ぶりの木こり仕事であり、手に持つ小さな斧を前に妻と過ごした村での穏やかな日々が蘇る。


「……ふっ。では最初の一撃は景気よくいくか!」


『あの程度の動きで魔力を排出できる術式とはいかなる……む、待て! ちゃんと手加減するのだぞ!?』


 大きく斧を振りかぶったニックに、他のことを考えていたオーゼンの注意が一瞬遅れる。そしてその一瞬の隙にニックは斧を横薙ぎに振り下ろしてしまい――


ズゴッ! ベキッ!


「むぅ!?」


『ああ、言わんことではない!』


 太くて堅い木の幹に七割ほど刃が食い込んだところで木製の斧の柄が折れる。しかもその衝撃が強すぎて本来予定していた方向と反対方向に木が倒れ始め、それを見た他の木こりが咄嗟に大声をあげる。


「ばっ!? 何やってるんだ新人! おいみんな、木が倒れ……る?」


「おっと危ない」


 だが、倒れゆく木はニックによって片手で支えられた。力自慢のドワーフ達ですら四~五人がかりで運ぶはずの大木を軽々と支えるニックの姿に、木こりの男は呆けたようにその場で立ち尽くす。


『馬鹿者! 何をやっておるか!』


「いやぁ、すまんすまん。つい昔のつもりで斧を振るってしまったのだ……あっ、本当にすまん! 壊した斧はきちんと弁償するぞ?」


「……はっ!? いや、この木は堅いから毎回何本か斧は駄目になるし、それはそこまで気にしなくてもいいけど……それよりアンタ何者だ?」


「何者と言われると、ただの銅級冒険者だぞ? まあ普通よりちょっとだけ力には自信があるが」


「その木を一人で支えてちょっとって……じゃない! すぐ人を集めるから、もう少し支えてられるか?」


「それは可能だが、助けは必要ない。すぐに処理してしまうから少し離れていてくれ」


「処理って……えええぇぇ!?」


 ニックの放った何気ない手刀が、わずかに繋がっていた幹と根をすっぱりと切り離す。その後は片手で掴んだ大木をそっと地面に横たえると、今度もやはり手刀でスパスパと枝を落としていく。最初の手応えが割と堅かったので、手持ちのナイフよりは手刀の方がいいと判断したのだ。


「これでいいか? それとも木炭にするというなら、もっと小さく切った方がいいのか?」


「へ? あ、ああ、そうだな。いつもはここから更に腕くらいの長さに丸太を切り分けるんだが」


「ならそれもやってしまうか。ほいっ、ほいっと!」


「お、おぉ? うぉぉぉぉ!? って待て待て待て!」


 またも男の前でニックの手刀が丸太が切り出され、瞬きすら忘れてその情景を見つめていた男だったが、ハッと我に返った瞬間ニックの方へと走り寄ってくる。


「嘘だろ!? なんだこの断面、磨き上げたかのようにつるつるなのに繊維が全く潰れてないとか……そもそも、手刀? え、この手で!?」


 丸太の断面とニックの大きな手を交互に見比べつつ男が叫ぶ。ニックの手はドワーフである男との体格差を差し引いてなお分厚く、百歩譲って叩き潰すように切ることは出来たとしてもこの断面はあり得ない。あり得ないが……目の前にあるのは仕上げのヤスリすら必要なさそうな美しい年輪をくっきりと見せつける丸太であり、現実に存在しているものを否定することなどできない。


「どうだ? こんなものか?」


「あ、ああ。これで完成だ。後はこれがある程度たまったら炭焼きに入るんだけど……」


「そうか。ではそれも見学させてもらえるよう、サクサクと木を切ってしまうか!」


「サクサクって……」


 木こりはそんな簡単な仕事じゃない。喉元まで出かかった言葉を男は飲み込む。


「は、ははは。なんだこりゃ。あれ、俺いつ酒飲んだんだ?」


 目をしばたかせる男の前には、あっという間に木を切り丸太を作り、その全てを肩掛けの鞄にしまい込んでいく謎の筋肉親父の姿が踊っていた。

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[良い点] 無双の上に本職だからな 料理の時と違って最強の木こりだろ 水を得た魚 建築するハッサン
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