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父、エルフの国を後にする

「チッ、何のようだ?」


「お主が呼んだのであろうが!」


 魔王軍の侵攻を退けてから一週間。なし崩し的にそのまま城に滞在していたニックは、その日イキリタスに呼ばれて謁見の間に顔を出していた。未だにむくれた表情をするイキリタスにニックは思わず苦笑する。


「全く、いつまでも拗ねおってからに。そんなことだから娘達に『パパちょっと黙ってて!』などと言われてしまうのだぞ?」


「ぐぬっ!? ニックのくせに生意気な……まあいい。色々と事後処理があって遅れていたが、君の処遇というか報奨というか、それが決まったぞ」


「おお、やっとか」


「約束通り、君を出世させてやろう。明日からこの城で文官として雇ってやる。どうだ、嬉しいか?」


「ぬぅ!?」


 してやったりと笑うイキリタスに、今度はニックが言葉を詰まらせる。当たり前だが立身出世などデーレ姫を救出に向かうための方便であり、ニックとしてはそんなものにこれっぽっちも興味は無い。


 無論それはイキリタスも理解しており、だからこその意趣返しであった。


「何だ、不満か? いくらデーレを助けた功績があるとはいえ、流石に最初から重要な役職にはつけられないぞ? それでもエルフ以外がこの城で役職を持つのは君が初めてなんだ。そのことをしっかりと胸に刻んで、明日から城の片隅で精々書類仕事に励んでもらいたい! 何か質問はあるか?」


「いや、それは……………………」


 ニヤニヤと笑うイキリタスに、ニックは言うべきことが思いつかない。形だけとはいえ自分から望んだ褒美なのだから断るのは難しいし、かといって城で書類仕事などどう考えても務まるとは思えない。


「どうしたどうした? じゃあこれでいいんだな?」


「ぐぐぐぐぐ…………」


『はぁ。本当に貴様は世話の焼ける男だな。ならこういうのはどうだ?』


「っ!?」


 唸るのみだったニックの脳裏に、あの時のように相棒の助言が届く。その悪魔的な言葉にニックは思わず身震いしつつも、不適な笑みでイキリタスを見返す。


「そうかそうか。わかった。では明日から頑張らせてもらうとしよう」


「え? 本当にいいのか? 本気か!?」


「勿論だとも! 儂が望んだ仕事だからな。あー、だがこの城勤務となれば、ツーンやデーレと話す機会も増えるのであろうなぁ。あの二人は随分と懐いてくれておるようだし、挨拶代わりに抱きついたりしてくるやも――」


「国外退去だ! 今すぐボクの愛しい娘達の前から消えろ!」


 勢いよく立ち上がり、瞬時に顔を真っ赤にするイキリタス。立場の逆転した二人がわずかな時間見つめ合い――ドサッと音を立ててイキリタスが王座に座り込んだ。


「クソッ、覚えてろよ? 次にまた勇者がこの国に来たら、あることないこと吹き込みまくってやるからな!」


「……イキリタス。それは儂にこの国を灰燼と為せと言っておるのか?」


「あの、陛下? ニック殿も、話が全く進みませんので、そろそろ……」


 申し訳なさそうに声をかけてくる文官の男に、ニックとイキリタスの表情が平常に戻った。二人ともいい大人なので、こんなやりとりはあくまでふざけ半分だ。


「ああ、そう? じゃあ続けるけど、任官は本気でしたいなら考えるから、年取って体が動かなくなったとかって時はちゃんと言え。ただでさえ寿命の短い基人族の老い先くらいはどうにでもしてやる」


「ふむ。好意として受け取っておこう。正直あまり想像はできんのだがな」


「ボクもだ。だからまあ念のためだよ。で、流石にそんな空手形だけを報奨とするわけにはいかないから、もうひとつちゃんと考えてある。とは言えそっちは形にするのに大分時間がかかるし、直接手渡すようなもんじゃない。エルフの最大の報奨と言えば、揺るぎない名誉と賞賛だからな」


「名誉と賞賛? むぅ、よくはわからんがくれるというなら貰っておこう」


 今ひとつ何をしてくれるのかがわからなかったが、仕切り直してからのやりとりである以上イキリタスがニックを慮った答えであることはわかる。であればとニックはとりあえず頷いておいた。


「で、どうする? 一応半年もあればいけると思うが、それまでここに滞在するか?」


「その必要は無い。儂がいなくても平気になったのなら、このまま旅に出ようかと思っておる。この国にもそこそこ滞在したからな」


「そうか。まあ君ならそう言うと思ったよ。ひとつ所で落ち着くような奴じゃないからね」


「はっはっは。そういうわけではないが、少なくとも今は世界を回る旅の最中だからな」


 もしもオーゼンと出会わなければ、ニックは何処かの町に滞在してまったりと冒険者をやっていた可能性もある。


 だがニックはオーゼンと出会い、世界を巡る理由ができた。勇者パーティとして使命に縛られることもない気楽な旅は、ニックにしても心躍るものだった。


「そうか。ならさっさと行っちまえ!」


「ああ、ではまたな」


 顔を歪めシッシッと手を振るイキリタスに、ニックは笑顔でそう告げる。エルフの在り方を体現する友人に背を背けると、謁見の間の入り口に小さな人影が二つ。


「ニック! 行っちゃうの?」


「さみしくなるの」


「ツーンにデーレか。ああ、儂は旅人だからな」


「また戻ってくるのよね?」


「お話の続きが聞きたいの!」


「勿論。いつとは約束できぬが、また面白い土産話を持ってこよう。二人もしっかり食べて遊んで勉強もして、元気に過ごすのだぞ?」


「フンだ! ニックがいない間に素敵なレディになって、今度はそっちから『お嫁さんになってください』って言わせてみせるんだから!」


「次は逃がさないの。オトナのミリョクでメロメロにしちゃうの!」


「それは楽しみだ。では、またな」


 ワシワシと二人の頭を撫でてから再び歩き出したニックの背に、「またねー!」と背後から声がかかる。ニックは振り返ること無く手を振って答えると、そのまま城の外へと出た。


『しかし、あんな約束をしてもよかったのか? 貴様はてっきりもっとはっきりと断ると思ったのだが』


「うん? 何の話だ?」


 人通りのある通りに出たことで、オーゼンが改めてニックに話しかける。


『あの双子の姫との約束だ。ずっと考えていたのだが、実によい答えであった反面、どうしても貴様の考えというか、妻への愛を貫いていた心中の思いと符合せぬのでな』


「ああ、そのことか。なあオーゼン。儂はいくつまで生きると思う?」


『む? 何だ突然?』


「この夏で儂は四一になった。どんなに生きても精々あと六〇年ほどだろう。だがエルフの成人は一〇〇歳だ。あの二人が自らの思いに区別のつく年になるのは七〇年以上先の話になる。その頃儂は生きてはおらんだろう」


 笑いながら言うニックの言葉に、オーゼンはなんとも言えない寂寥感を抱く。それはその時の二人の姫達のことだけではなく、いつか必ず訪れる己の別れの時にも思いを馳せているようだった。


「あの二人にとって、儂はきっと幼き日の思い出となるのだろう。それでいい。儂のような中年が共に歩むにはあの二人は眩しすぎるからな。


 だがまあ、そうだな。もしヨボヨボの年寄りになった儂を見て、それでもなお愛を語ってくれるなら……」


『どうするのだ?』


「はは。それはその時に考えよう。今までの人生の倍よりも長い時間生きた後のことなど、考えるだけ野暮というものだ」


『ふっ、そうか。まあ確かにそうかも知れんな』


 時は誰にも平等に流れ、だがオーゼンは常に見送る側だ。だからこそ限りあるこの一瞬を大事に胸に刻む。それはただの魔導具が魂を持つ一個の存在である何よりの証明。


「さて、次は何処に行くか? この流れならドワーフ達の国にも行ってみるか? 装備も新調せねばならんしな」


 如何に伝説の魔物を素材としたとは言え、マグマッチョの渾身には耐えきれず燃え尽きてしまった。思い入れがあるだけにニックも残念に思ってはいたが、こればかりはどうしようもない。


 なお、イキリタスが用意してくれた換えの装備は細身で見目麗しいエルフ用の物を手直したものだったためニックには致命的に似合わず、いつかの意趣返しのごとく腹を抱えて爆笑されたため、今のニックは普段着の上に本当に必要最低限の皮の胸当てを身につけたのみである。


『そうだな。我としても新たな精人種は気になるところだし、むしろ望むところだ』


「よし、ではそうしよう!」


 次なる出会い、新たな目的地に向け、ニック達は意気揚々とエルフの国を後にするのだった。





 それは、エルフからすればほんのわずかな未来。


「おお、これはなかなかいい出来だな」


「流石パパ! 石像でもかっこいいわね!」


「すごいの! でっかいの!」


 魔族の侵攻が止まったことで余裕の出来た国内情勢。それによりやっと再建できた偉大なるエルフ王イキリタスの巨像を前に、二人の娘もはしゃぎながら賞賛の声をあげる。


「どうです陛下、会心の出来ですよ!」


「うんうん、いい出来だよ君ぃ! ボクの期待に見事に応えてくれたね。君の名前は覚えておくよ」


「ありがたき幸せ!」


 全長およそ一八メートル。ちょうど一〇倍ほどの大きさの石像をわずか半年で彫り上げた彫刻師が、王の言葉に感激の涙を流す。実際かつてのような悲劇でも起こらない限り石像は何百年、何千年と残るわけで、彼の名誉は名実ともに確固たるものになったのだから無理もないことだ。


「それに、隣の像もいい出来だよ。ボクの要望に実に忠実な出来だ」


「あー、はい。しかしその、あれは本当にその……アレ・・で良かったのですか?」


 そんな王の石像の隣には、もう一つ石像が立っている。こちらは等身大であり隣の像と比べれば明らかに貧相に見えるが、その実細工自体は極めて丁寧であり、大きさ以外では決して見劣りするものではない。


「あー、いいのいいの。偉大なボクの像の隣に並べてもらえるだけでも十分だって。基人族に与えるにしては破格の名誉だよ」


「それは確かにそうですが……」


「いいのよ貴方。ニックはあれでいいの」


「そうなの! ニックはあのくらいがいいの!」


 口ごもる彫刻師の男にそう言うと、二人の姫が石像の方にかけていく。そのままポーズを決めた両腕の部分に飛びつくと、ぶらぶらとぶら下がって遊び始めた。


「あいつは見上げられることなんて望まないさ。いつでも誰にでも対等で、こうして触れ合えることの方が嬉しいんだ。全く変わった基人族だよ」


「はあ……」


 遊ぶ二人の娘を優しい瞳で見つめながら、イキリタスは小さな……あくまでも自分の像と比べればだが……像をペシペシと叩く。その台座部分には人名ではなく、ただ一言「我が永遠の友」とだけ刻まれていた。

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