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父、味わわせる

「ふんっ!」


 まずは様子見とばかりに、ニックがマグマッチョに向けて拳を放つ。だがマグマッチョは防御も回避も迎撃の姿勢すら見せずそのままニックの拳に胴体を貫かれ――


「む?」


「無理だニック! 精霊相手に物理攻撃なんて効くわけないだろ!」


 首を傾げるニックに、イキリタスが必死に声をかける。それを聞いてマグマッチョは不適な笑みを浮かべると、自らの胴を貫いたニックの腕をガッシリと掴んだ。


「そういうことだ。これでもうお前がどんなに強かろうと関係ねぇ。まあ俺様も殴れなくなっちまうのは残念だが、こっちにはこういうやり方もあるしな」


「ぐっ!? これは……!?」


 ニックの腕を深紅の炎が這っていく。慌てて腕を引き抜いたニックだが、腕を覆う炎は全く勢いが衰える様子が無い。


「これこそが炎の精霊としての俺様の真の力! さあどうする? そのままじっくり蒸し焼きコースか? それとも一気に燃やし尽くされたいか?」


 燃える腕を叩いたりこすったりしているニックに、マグマッチョが挑発的に言う。だがそれに対するニックの答えは……大きなため息であった。


「なるほど、これがお主の切り札か……何というか、がっかりだな」


「ハッ! 何を強がってやがる! お前がどれだけ強かろうが、もう何も――」


「フゥン!」


 振り抜かれたニックの拳が、再びマグマッチョの体を突き抜ける。だが当然マグマッチョは何の痛痒も感じておらず、その余裕とも呆れとも取れる笑みは崩れない。


「何やってんだ? 効かねぇって言っただろ?」


「そんなこと、誰が決めた? フンッ、フンッ、フゥン!」


 マグマッチョの言葉を意にも介さず、ニックはひたすら拳を振るう。その全てを体で受け止め、今度はマグマッチョの方がため息をついた。


「はぁ、なんだそりゃ。現実逃避から自棄になるとか、こっちの方が興ざめだぜ。もういいや。ほら、さっさと消し炭になりやがれ」


 マグマッチョの体がぶわっと膨れ上がると、そこから放たれる炎が一気にニックの全身を覆い尽くす。しかも炎の温度は急速にあがっていき、側にいるだけのイキリタスすら強固な結界で身を守らねば息をすることすらできない。


「くそっ、ニック!」


「おらおら、さっさと燃え尽きろや!」


 森を一瞬で灰に変えるほどの温度。それでもニックの拳は止まらない。


「チッ、しぶてぇな。まだか?」


 鋼鉄が溶けるほどの温度。それでもニックの拳は止まらない。


「おいおい、マジか!? 何で動けるんだよ!?」


 溶けた金属が蒸発するほどの温度。それでもニックの拳は止まらない。


「嘘、だろ!? 何で、何で燃え尽きねぇ!?」


「決まっておろう。たかだか熱い程度でこの儂が倒せると本当に思ったのか!」


 もはや己自身とどちらが熱いかわからなくなったニックの拳が、マグマッチョの体を貫く。それはやはり何の手応えも与えず……だがマグマッチョは無意識のうちにその場に膝をついていた。


「な、に? なんだ? 俺様の体に何が……!?」


「わからんのか? 儂が散々殴って炎を吹き散らしたのだ。であれば弱って当然であろう?」


「はぁ!? そんな馬鹿な話があるか! 俺様は獄炎の火山の精霊! 一体どれだけの炎を宿してると思ってんだ!?」


「どれだけであろうと、無限ではないのだろう? ならば殴り続ければいつかは弱まり、無くなるのは道理ではないか。不思議なことなど何もありはせん」


「いや、いやいや、そんなこと……うおっ!?」


 またも繰り出されるニックの拳。マグマッチョはそれを初めてよけた・・・。自身を焦がす初めての感情に戸惑いの表情を浮かべ、少しでもニックから離れるべく大きく後ろに跳ぶ。


「どうした? 何故よける? 効かんのではなかったのか?」


「う、うるせぇ! くそっ、俺様がこんな……どうしたってんだ!?」


「ふむん? ひょっとしてお主、恐怖を感じるのは初めてか?」


「きょう、ふ……? は、ははは、この俺様がお前如きを、ただの人間でしかねぇお前を怖がってるだと!? ふっざけるなぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


 噴き上がる炎は形を失い、もはやただの揺らめく炎となったマグマッチョ。その全てがニックを包み込み狂ったように渦巻くが、死の恒星の直中でニックは整然と構えをとり、炎すら飲み込んで呼吸を整え拳を握る。


「ちょうどいい機会だ。恐怖と一緒に持って行くがいい! はぁっ!」


 ニックの拳が地面に向かって突き下ろされる。圧倒的な膂力の込められたそれはしかし一切外に衝撃を漏らすこと無く、全ての力はニックを中心に渦巻いていた炎の中へと収束し――


「がっ……はっ……………………」


 ニックの体から炎が消え去り、眼前に倒れ込んだのは陽炎のように薄くなったマグマッチョの姿。吹けば飛びそうなその姿には、もはや何の力も感じられない。


「くそったれ……俺様は……負けたのか……?」


「そうだ」


「何でだ……何で俺様は負けた……?」


「それは勿論、お主が己を信じ切れなかったからだ」


「……?」


 大の字に倒れ伏したマグマッチョが、かろうじて頭だけを上げて不思議そうにニックを見つめる。


「わからんか? 最初にあったときのお主の体は、それは素晴らしい筋肉であったのだ。あれほどの筋肉、真摯に努力を積み重ねなければ絶対に身につかぬ。


 だと言うのに、お主は自らの意思でそれを捨てた。己が信じ鍛え上げてきた肉体を捨て、安易に精霊の体とやらの特性に頼った時点でお主の負けは決まっていたのだ」


「ああ、そうか。そういうことか……」


 マグマッチョの首から力が抜け、再びその視線が天を仰ぐ。大気中の全ての不純物が燃やし尽くされた今、そこに広がるのは透き通るほどの青空。


「俺様は強くなりたかった。だが精霊ってのは鍛えて強くなるもんじゃねぇ。だから無理矢理力を固めて肉体を……筋肉を手に入れたんだ。


 よかったぜぇ、筋肉。鍛えれば鍛えるだけ強くなれる。それがたまらなく嬉しくて楽しくて、毎日毎日馬鹿みたいに鍛え続けて、同じ喜びに目覚めた舎弟共と一緒に暴れてたら、いつの間にか四天王なんて呼ばれるようになってよぉ。俺様の努力が、筋肉が認められたみたいで嬉しかったなぁ……」


 精霊は涙など流さない。だがその心が揺らげば存在が揺らぐ。マグマッチョの視界の先では、確かに青空が震えていた。


「なんでだ。なんでこうなった? 俺様は負けられなかった。負けられねぇと思ったからこそ必勝の道を選んだはずなのに、何でそれで負けてんだよ!?」


「『負けられない』と逃げたからだ。必勝を求めるが故に、安易な勝利にすがりついた。もしお主が『負けたくない』と挑んできたなら……少なくとも今よりはいい勝負になったであろうな」


「チッ、そうかよ。ああ、そうか。俺様は自分の筋肉を信じるべきだったのか。それが通じなかったとしても、また鍛えて挑む道を進むべきだったのか。つまんねぇ、小せぇ男になっちまってたんだな、俺様はよぉ……」


 マグマッチョの体が、徐々に薄くなっていく。だがそれとは裏腹に、その存在感は力を増しているように思える。


「俺様に『恐怖』と『敗北』の味を教えた男、ニック! 俺様はお前のことを絶対に忘れねぇ! そして……舎弟共! よぉく見とけよ! これが俺様の『負け様』だ!」


 ドクンと大気が波打つと、周囲の全てが……それこそ光や音すらもマグマッチョの元へと吸い寄せられ、景色が歪む。


『防げニック! 今度は本当に自爆だ!』


「なにっ!?」


「『筋肉大爆発ビッグバン・マッスル』!」


 その日、世界が揺れた。

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