父、採取する
「や、薬草採取!?」
「そうです。薬草採取です」
思わず声を上げたニックに、受付嬢はニッコリと笑って答える。
「もっとこう、魔物を倒すような奴では駄目なのか?」
「勿論そう言う依頼も沢山ありますけど、最初は皆さん薬草採取の仕事をしていただいております。例外は金枠の方くらいですね」
「金枠?」
勇者パーティとして長いこと活動してきたニックだったが、金枠というのは初めて聞く単語だった。オウム返しに問うニックに、受付嬢が苦笑いを浮かべる。
「金枠というのは、主に貴族のご子息の方が冒険者登録される際、特別に申し込むものですね。ギルドカードの枠が金色になっているのですぐわかります。
ああいう方達は地味な薬草採取とかは嫌がりますし、大抵護衛の方がついていますので……冒険者ギルドとしても区別はしておきたいので」
「ああ、そういうことか」
そう説明されてニックは納得する。要は金持ちの道楽、冒険者ごっこがしたい人物に発行するギルドカードなのだ。冒険者ギルドは独立独歩をうたっているが、だからといって無駄に権力者に逆らうような事はしていない。多額の活動資金援助と引き換えに一目でわかる特別なギルドカードを発行するのは、お互いにとって利益になるのだ。
『どんな時代であっても権力は腐るのか……いや、それともこの程度で上手く折り合いをつけているとむしろ称えるべきであろうか?』
「では、儂は大人しく薬草採取をするしかないということか。わかった。どんな薬草を採ってくれば良いのだ?」
「今見本をお見せしますので、ちょっとお待ちくださいね……っと、これです」
軽く肩を落としながらも、それ以上我が儘を言うようなニックではない。頷き問い返すと受付嬢は奥の棚からいくつかの乾燥した草を持ってきた。
「まずこちらを見て下さい。これはトゲトゲ草といって、特に何の効果も無い野草です」
「ふむ?」
何故そんな草を見せられたのかは謎だが、とりあえずニックは続く言葉を待つ。
「そして、こちらがトゲトゲ草が変異したトゲナシトゲトゲ草です。変異の条件ははっきりとはわかっていませんが、どうも日当たりなどが関係していると言われています」
「ほぅ」
隣の草は、なるほど棘が無かった。正確には元のトゲトゲ草が小さく鋭い棘があるのに対し、トゲナシトゲトゲ草は棘の部分が小さく丸く盛り上がる程度になっているというところだ。
「で、これが採取していただくトゲアリトゲナシトゲトゲ草です。トゲナシトゲトゲ草が環境魔力の濃い場所に生えるとこれになると言われています」
「そうなのか」
そう言われた三本目は、確かに棘があった。これならばトゲナシトゲトゲ草とトゲアリトゲナシトゲトゲ草を見間違えることはあり得ないだろう。だが問題はそこではない。
「……儂には一本目と三本目が同じに見えるのだが」
「そうですね。トゲトゲ草とトゲアリトゲナシトゲトゲ草はとっても似ているんです。見分けるコツはここ、棘の生え際の部分が、トゲアリトゲナシトゲトゲ草の方がちょっとだけ赤くなってる感じですね。
あ、でも寒い場所だと普通のトゲトゲ草の棘の生え際も赤くなることがあるんで、赤みの違いに注意して下さい」
「おぉぅ……いや、しかしそういうことなら赤いのを全て採ってくれば……」
「ちなみに、トゲトゲ草は絶対に採らないでくださいね。トゲアリトゲナシトゲトゲ草はそれ自身では繁殖しないので、元になるトゲトゲ草が無くなってしまうと遠からず全滅しちゃうんです。薬草の採取は駆け出し冒険者の貴重な収入源ですから、生息域を潰すような真似は控えて下さい」
「…………わ、わかった。善処しよう」
『本当に大丈夫か……?』
かろうじてそう言ったニックに、オーゼンの心配そうな声が届く。だがニックが他に言える言葉など無い。わからないからやっぱり受けないとなれば、冒険者に登録できないのだ。最悪フレイのおこぼれでもらった貴族としての名を使えば金枠登録は出来るであろうが、それはあまりにも情けない。
「それで、そのトゲ……薬草は何処に生えているのだ?」
「基本的には町の周囲の森の入り口付近ですね。周囲には野生動物の他ゴブリンなどの魔物もいますので、戦闘の準備はしておいてください。他に何か質問はありますか?」
「いや、無い。では早速行ってくるとしよう」
「お気をつけて。あ、門番にはギルドで依頼を受けていると言えば木札をもらえますので、帰りにそれを門番に返してもらえれば入町税は免除されますので是非ご利用下さい」
「わかった。ありがとう」
受付嬢に礼を言って、ニックは冒険者ギルドを後にした。既に大分日が傾いていることもあり、流石にその日は適当な宿をとって、翌日。ニック達は朝から町の門へ出向き、言われたとおりに木札を受け取って外へと出た。
「さて、近くの森ということだったが……まああれだろうな」
ここに来る途中まで広がっていた街道沿いの森。流石に町のすぐ側まで広がっているわけではなかったが、それでも十分「近く」の範疇だろう。とは言え道沿いに薬草が生えているとは思えなかったので、ニックは森の始まり付近で道から外れ、横へ横へと移動していく。
「ふーむ……どの辺であろうか?」
『もっと詳しく分布を聞いてくれば良かったのではないか?』
「ん? 聞けば教えてくれたであろうが、口頭での説明となれば大した情報にはならんぞ?」
『多数の冒険者とやらを抱えているのに、ギルドに精密な地図が無いのか!?』
「何を言っておる? 精密な地図など軍事機密ではないか」
確かにギルドになら近辺の精密な地図が保管されている可能性はある。勇者パーティの一員として活動しているならばそれを閲覧、あるいは一時的に借りることすら出来たかも知れない。
だが、今のニックは一介の駆け出し冒険者に過ぎない。地図などと言う貴重な代物を借りられるはずもなく、見ることが出来たとしても精々子供の落書きのような大雑把なものだけだろう。
『軍事機密……観測手段が稚拙なのか? それとも各国の隠蔽や偽装の能力が高いのか? 今までの感じからすると前者であろうが、まだまだ我の知らぬ事の方が圧倒的に多いであろうし……』
ブツブツと呟き始めるオーゼンをそのままに、ニックはひたすら森の外周を回って薬草を探す。すると程なくして見覚えのある棘の突いた草を見つけることが出来た。
「おお、これだな。では早速――」
『待て。それではないぞ』
「む?」
自身の思考に浸っていたはずのオーゼンに止められ、ニックの大きな手がピタッと動きを止める。
「違う……のか?」
『見ればわかるであろう。それはただのトゲトゲ草だ。目的のトゲアリトゲナシトゲトゲ草は、ほれ、そっちだ』
「そっち……そっちとはどっちだ?」
『その左の方の奴だ。ああ、それだな』
オーゼンの言葉に従い、正解と思われる薬草を毟る。だがその隣に生えていたトゲトゲ草と今手にしているトゲアリトゲナシトゲトゲ草の差はやはりニックには良くわからない。
「ぐぅぅ……何が違うというのだ? これならドラゴンでも倒してこいと言われた方が余程楽だぞ」
『それは貴様だけだと思うが……ほれ、それも違う』
「なっ!? ぐぅぅ……ではこれか?」
『違う。というかさっきから普通のトゲトゲ草ばかりではないか。むしろ見分けられているのではないか?』
「そんなわけなかろう! だがオーゼンがそう言うならば……これか!?」
『……いや、やっぱり違う。どうやら我の勘違いだったようだ』
「ぬぉぉー!」
その日冒険者ギルドには、森の入り口付近で獣のような雄叫びが数時間にわたって響いていたとの報告が多数あげられていた。