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父、助け出す

(何故こんなことになっているのであろうか……)


 ドヤ顔を決める筋肉親父の股間にて、オーゼンは一人世の無常を噛みしめつつ、こうなった経緯を頭に思い描いていた。





「真の潜入術というものを見せてやろう!」


 そう宣言しニヤリと笑ったニックが最初に行ったのは、己の服を脱ぐことであった。


『待て、何故脱ぐ?』


「は? 何を言っておるのだオーゼン。お主この格好が隠密に向いておると本気で思うのか?」


 オーゼンの問いに、ニックは怪訝な表情で言う。確かに今ニックが装備しているのはイーネン山脈の伝説の魔物を素材とした鎧であり、その鮮やかな赤と緑の見た目は明らかに人目を引く。


 素材そのものは上質であり、また身につけているニックが強者の風格を漂わせているからこそ悪目立ちこそしていないが、強い存在感を示す格好がこっそり隠れる行為に向いているなどと思う馬鹿はどこにもいないだろう。


『む、それは確かに……いや、だが、ならば下の服は構わんだろう? 何故それまで脱ぐのだ?』


「フッ、わかっておらんなオーゼン。本来何処かに忍び込むというのなら、服など着ない方がよいのだ。布ずれの音ひとつが所在を判明させることもあるし、ほんのわずかとは言え皮膚とは違う厚みを帯びていることで探知系の魔法に引っかかったりすることもあるからな。


 では何故それでも服を着るかと言えば、大抵は道具を持ち歩くためだ。鍵開けのための掛け金や小さなナイフ、暗視のための魔法道具など、潜入する場所によって必要になる道具は多岐に渡り、また現地で外した錠前をしまい込むなどの点でも服を着ているのは有用だ。鞄でもいいが、全体に分散させた方が厚みが減るからな。


 あとは、勿論防具としての意味もある。魔法金属を糸に加工して作られる金属布であれば単純な防御力は元より、耐熱や存在隠蔽などの魔法効果を付与することもできるからな」


『なら――』


「だが! 儂はそんな小道具など何も持っておらんし、今来ているのは普通の服だ。魔法の効果などあるはずもない。


 そしてあの程度の輩が儂の体を傷つけられるはずがなく、武器など無くても儂の拳を防げるはずもない。であれば服は無い方がよいのだ。わかったか?」


『ぐっ……ま、まあわかった』


 得意げなニックの説明に、オーゼンは言葉を詰まらせ納得せざるを得ない。実際にはつつけば穴はあるのだろうが、流石にこの状況で長々と論議をするつもりはオーゼンにも無かった。


 だが、どうしても気になることがひとつ。


『いや、待て。その場合我はどうするのだ?』


「ん? 普通ならばここに置いていく……と言いたいところだが、儂は二度とお主を手放すつもりはないからな。であれば方法はひとつであろう?」


『待て。待つのだ。我は今非常に嫌な予感がしているぞ? というか、そういうことなら我はここでおとなしく待機を――』


「『王能百式 王の尊厳』!」


『やはりかぁぁぁぁぁ!!!』


 ニックの手の中で羅針球が光に包まれ、その光がニックの股間へと移動していく。そうして光が収まると、そこには精緻な細工で作られた黄金の獅子頭の偉容があった。


「さ、行くぞオーゼン」


『……………………うむ』





 その後は特にこれといった出来事は無かった。脱いだ防具などを入れた魔法の鞄ストレージバッグを茂みに隠し、建物内部の気配を探りながらニックが人差し指で入り口付近の壁に穴を空けると、そこから小さな小石を部屋の奥の壁に向かって飛ばす。その音にその場の全員が意識を引かれた瞬間を見計らい扉を開けて中に入ると、即座に天井に張り付いて後は機会を待っただけだ。


 特に掴まるところがあるわけでもない天井に長時間張り付くなど相当な握力が必要になるが、当然ニックであればそんなもの何の問題にもならない。たとえ一年掴まり続けたとしても、指先が痺れることすらなく余裕だ。


 そうして敵の親玉が入ってくるのを待ち、奴らの話を聞いてこれ以上の証拠は必要ないと判断したところで適当なごろつきの上にニックが降り立ち、今に至る――





「全裸の変態のくせに何を偉そうな……おいお前ら! さっさと殺せ!」


「ぐぅ、儂は変態では無いぞ? これは潜入に一番無駄の無い格好であり……」


「うるせぇ! 死ね!」


 眉根を寄せて言い訳をしようとするニックに、ネコソギの指示で容赦なく護衛の男達が斬りかかる。だがたかだか悪徳商人の護衛如きがニックを傷つけることなどできるはずもない。無造作に振るわれたニックの拳があっという間に護衛達を叩きのめし、驚き戸惑うネコソギもまた一言も発する間もなくその意識を刈り取られた。


「ふむ、まあこんなものだな」


『どうしようも無い悪党共のようだが、殺さなかったのだな?』


「ん? まあ子供の前だからな。ただでさえ怖い思いをしたのだ。この上更に汚いものなど見せる必要はあるまい……さ、今外してやるぞ」


 突然の出来事に動きを止めているエルフの少女に歩み寄ると、ニックはそっとその拘束を解いていく。無粋な首輪を引きちぎり腕を拘束する縄を裂き、猿ぐつわを外してやれば……自由になったエルフの少女、デーレ姫がゆっくりとその口を開いた。


「……ニック? おじさん、あのニックよね?」


「うむ。そうだぞ。久しいなデーレ」


「ニック、ニックだ! ニックー!」


 しゃがんで腕を広げたニックに、デーレはきちんと正面から抱きつく。そのつま先がバシバシとニックの内ももを蹴っ飛ばしているが、当然ニックは痛くもかゆくも無い。


「よーしよしよし。相変わらず元気そうだな。体はどうだ? 何処か痛かったり、おかしかったりするところはあるか?」


「うぅ、魔法がなんか変……体のなかがうねうねする感じ……」


「ぬ、すまんがそれは儂にはどうしてもやれんな」


 怪我ならともかく、こと魔力や魔法となるとニックには何も助言できない。オーゼンにしても所有者であるニックならともかく、何の関係も無い相手の内在魔力にまでは干渉できないので同様だ。


「まあそれに関しては城に帰れば何とかなるだろう」


「お城……帰れるの?」


「無論だ。ツーンもイキリタスも心配しておったぞ?」


「お姉ちゃん……パパ……」


 不意にニックの体から離れたデーレが、ギュッとスカートの裾を握りしめてうつむく。


「あのね、エルフはこうきな存在なの。だから人前で泣いたりしないの。特にアタシはれでぃ? だから、絶対絶対泣いたりしないの……」


「そうか」


「でも、でもね……怖かった。凄く怖かったの。パパにもお姉ちゃんにももう二度と会えないって言われて、遠くの人に売り飛ばされるって……だから、だからアタシ……」


「……………………」


「うわぁぁぁぁぁぁぁん! 怖かった! 怖かったよぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」


「大丈夫。もう大丈夫だ」


 再び抱きつき泣きじゃくるデーレを、ニックは優しく抱きしめる。幼いデーレが味わった恐怖を全て包んで消してしまえるように、その太い腕で小さく震える体を支え続ける。


 そうしてひとしきり泣いたところで、不意に鼻水をすすりながらデーレが顔をあげた。


「アタシが泣いたの、お姉ちゃん達に秘密にしてくれる?」


「勿論だとも。約束しよう」


「ホント? エルフの約束は絶対なのよ?」


「ああ、絶対に約束だ」


 差し出されたニックの太い小指に、デーレの小さな小指が添えられる。


「うー、太すぎて指が回らない……でも、約束したからね? 絶対よ?」


「ははは。心配せずとも誰にも言わんから大丈夫だ。さ、それより皆が心配している。そろそろ城に帰ろう」


「うん! あのねニック……」


「ん?」


 来い来いと手招きをされ、ニックは顔をデーレの方に近づける。すると……


「えいっ!」


「ぬおっ!?」


 デーレの手が、ペチッとニックの頬を叩いた。その可愛い衝撃にニックは思わず声をあげる。


「フフフー、チューはおあずけなの! エルフはこうきな存在だから、簡単にチューなんてしないのよ! でもそこは予約なの! だから他の人にチューさせちゃ駄目よ?」


「おお、これは参ったな! それはまあ検討しておこう」


「むー! 検討じゃなくて約束なの! エルフの約束は絶対なのよ!?」


「はっはっは」


「笑ってごまかさないのー!」


 ポコポコと足やら腰やらを叩いてくるデーレに、ニックはひたすら笑い続けるのだった。

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