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父、潜入する

「むーん?」


『どうしたのだ?』


 町を出て森を移動中、不意にニックの足が止まる。そのままキョロキョロと周囲を見回すと、眉をひそめて考え込み始めた。


「おかしい。多数の魔物の気配からどんどん遠ざかっている気がする」


『む? 我の機能は正常だぞ?』


「無論オーゼンを疑っているわけではない。故にこそ謎なのだ」


 かなりの距離が離れているが、町の西方には相当量の魔物の気配がある。これほどの気配を読み間違えるなど考えられないので、そこに魔王軍が集まっているのは間違いないだろう。


 だが同時に王能百式……オーゼンを疑うという選択肢も無い。これを疑うというのならそもそもデーレを探すことが不可能になってしまうし、何より相棒を疑うなどという考えはニックには存在しない。


「イキリタスはああ言っていたが、ひょっとして魔王軍ではなく別の者に捕まっているのではないか?」


『それこそ行ってみるしかあるまい。ただし慎重を期する必要はあるだろうな』


「うむ。速度は落ちるがやむを得まい」


 木々の間を風のように走り抜けていたニックの歩みが、より周囲を警戒した速度に落ちる。デーレの状況がわからない以上、自分の存在はできるだけ知られない方が都合がいいのは明白だ。


 冒険者ギルドの初心者講習で見せたような完全に気配を殺す動きで、ニックは森を進んでいく。するとしばらく進んだところで一軒の小屋を発見した。


「あれは……木こり小屋か? 人の気配があるな」


『エルフ達が間伐を行っているかは知らんが、木材を利用しているのは間違いない。ならば木こりがいるのは当然ではないか?』


「そうだが、どうも気配が……むっ」


 ニックの巨体が近くの木の陰に滑り込む。通常気配はともかく身長二メートルを超える体を物理的に隠すのはかなり難しいが、幸いにしてここは森。いくらでも隠れる場所があり、小屋から出てきた人物はニックの存在に気づかない。


「あー、クソッ! こんな木しかねぇとこなんてもう飽き飽きだぜ!」


「ぼやくなぼやくな。これも仕事だろ? 給料もらってんだから仕方ねーだろ」


「そうだけどよぉ。チッ、エルフの町じゃ女も買えねーし、酒も舐めるくらいしか飲ませてもらえねぇ。こんなことなら野営地に残る方がよかったぜ」


「ほら、気が済んだらさっさと中に入れ。もうすぐネコソギさんが来るぞ」


「へいへい」


 悪態をつきながらも、腰に剣を帯びた冒険者風の男が小屋の中に戻っていく。その見た目と言動、そして何より基人族であるということが、この男達が木こりでは無いことをあからさまに物語っていた。


「ふむ、基人族の武装集団……誰かを待っているようだが」


『で、どうする?』


「まずは確認だな」


 言って、ニックは気配を消したまま小屋の周りをくるりと一周する。その間羅針は常に小屋の方向を指しており、間違いなくデーレ姫が小屋の中にいることが確定した。


『では改めて、どうする? すぐに踏み込んで制圧するか?』


「それも可能だが、話からしてこれから来るのが奴らの親玉であろう? ならば一網打尽にしたい。理由によっては他のエルフの子供が襲われる可能性もあるからな」


『確かにトカゲの尻尾切りは御免だな。では忍び込む……のか? 貴様の体であの小屋の中に忍ぶのは流石に無理ではないか?』


「ハッハッハ。甘いなオーゼン。ならば儂が真の潜入術というものを見せてやろう!」





「あの糞エルフ共がっ!」


 ガンッという大きな音を立てて、商人の男が小屋にあった小さな箱を蹴りつける。つま先に鉄板の仕込まれた靴はあっさりと木箱を砕き、周囲に細かい破片が飛び散った。


「お、落ち着いてくださいネコソギさん。どうしたんですか?」


「どうもこうもあるか! この俺を! ボッタクール商会の会頭であるネコソギ・ボッタクール様を公衆の面前で馬鹿にしやがって! 糞が、糞が、糞がっ!」


 男の蹴りが周囲の小物を次々と破壊していき、あっという間に室内にがれきが散乱していく。だがそれを止める者はこの場にはいない。下手なことを言えばあの蹴りが自分に飛んでくるのは目に見えているからだ。


「ふーっ、まあいい。高慢ちきな馬鹿エルフ共を適当に騙して金を搾り取るのには失敗したが、全くの手ぶらってわけじゃないからな。おい、あのガキを連れてこい」


「はい」


 ネコソギの指示に従い、取り巻きの男の一人が小屋の地下、小さな貯蔵庫への扉を開けて入っていく。そしてすぐに猿ぐつわをかまされたエルフの少女を連れて戻ってきた。


「ふむ。やはりエルフは顔立ちが整ってるな。おい、手は出してないだろうな?」


「冗談言わないでくださいよ。いくら俺達でもこんなガキをどうこうなんてしませんぜ?」


「ハッ! 普段ならそうだろうが、この辺にはお前達にあてがえるような適当な女もいないからな。投獄されてしばらく経つと男でも襲うというのだ。幼いとは言え曲がりなりにも女なのだから、お前達の言葉など信じられるものか」


「はぁ……」


 ネコソギの言葉に、男は困ったような顔で生返事を返す。だがその心配こそが貴重なエルフの子供を今日までここに監禁していた理由だ。


 エルフの国内は比較的安全とは言え、そこを出てから街道のある場所、待ち合わせの馬車を停留させている野営地までの距離は普通に魔物が出る。


 そこを人一人抱えて移動させるなら護衛は必須であり、かといって護衛達だけで往復などさせて万が一商品・・に手を出されたら大変な損害となる。なので危険だとわかっていても自分の手が空くまでここに監禁せざるを得なかったのだ。


「ん? おい、この魔封じの首輪の魔石はいつ変えた?」


「え? えっと、昨日の朝ですかね?」


「馬鹿野郎! 毎朝変えろと言っただろうが!」


 ネコソギの拳が取り巻きの男の頭に炸裂する。そのまま男が倒れ込むが、それを心配する者は一人もいない。


「す、すいません! ですが、まだ結構魔力が残ってたんで……」


「その考えが甘いのだ! いいか、エルフはちょっとおだてりゃ調子に乗る馬鹿ばっかりだが、その能力は本物だ。この首輪で魔力を封じてなけりゃ、あっという間に魔法で感知されるんだぞ! それとも何か? お前らは何十ものエルフがここに攻めてきても余裕で迎え撃てるくらい強いのか?」


「そ、それは……すいません。すぐに交換します!」


「いい、俺がやる! チッ、どいつもこいつも……」


 差し出された魔石を奪い取ると、ネコソギはエルフの少女に歩み寄る。後ろ手に縛られ猿ぐつわをかまされたエルフの少女はウーウーと唸るが、そんなものにネコソギを止める力はない。


「うー! うー!」


「へっへっ。相変わらず挑発的な目だな。だが透き通るように綺麗な翡翠色だ。エルフの初物、しかも幼女とくれば、ロリペドール伯爵がどれだけ金を積んでくれるか……」


「うー! うーうー!」


「何言ってるかわからねーよ。だがまあ安心しな。きっと綺麗なお洋服を着せられて、美味い飯だって食わせてもらえるぜ? まああの変態伯爵のことだから、遠からず壊されちまうんだろうが。


 いや、エルフなら長いことガキのままなんだろうし、ソコソコ大事に可愛がられるのか? 月女神の祝福が来たからって前も後ろも裂けるほど突っ込んで遊ぶくらいなら、こっちに払い下げてくれりゃそれなりの金になるんだがなぁ」


「なるほど、よくわかった」


 不意に何処からか、聞き覚えの無い声が聞こえた。ネコソギとその取り巻き達が慌てて周囲を見回すが、当然周囲には自分たちしかいない。


「何だ!? 何処だ!?」


「こんな狭い部屋に隠れられる場所なんてねーだろ! ならうえべっ!?」


「なっ!? ……お、おい! 敵だ! 全員武器を構えろ!」


 天井を見上げた男の上に、巨大な人影が降ってくる。その圧倒的な存在感にその場の全員が一瞬気圧されるも、すぐに気を取り直したネコソギの指示で取り巻き達が一斉に剣を抜き放った。


「何だ貴様! いや、本当になんだ貴様!?」


「ううーっ!?」


「お主たちのような者に名乗る名など無いが、この場にいるただ一人のためにあえて名乗ろう。儂はニック! お主らの悪事に引導を渡す者だ!」


 ニヤリと笑い、高らかに宣言する筋肉親父。その格好は何故か全裸であり、その股間には輝く黄金の獅子頭が鎮座していた。

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