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エルフ王、出陣する

 それはニックが城を飛び出してから三〇分ほど後。ようやく落ち着きを取り戻した謁見の間に、一人の兵士が息せき切って駆け込んできた。


「伝令! 西方の森に魔族軍の侵攻を確認! 至急指示を求むとのことです!」


「フンッ、このタイミングでか……戦士の配置はどうなっている?」


 伝令の兵の言葉を受けて、イキリタスが王座の横に立つ軍務担当のエルフの方に顔を向ける。


「前回と変わらずです。あの魔族共は愚かにも正面突撃しかしませんからな。全戦士の八割は正面の防御に当たらせております。それで、今回の動きは?」


「ハッ! 今回も正面からの突撃のみと思われます」


「愚かな魔族共め! 我らエルフの高等な戦術の前になす術も無く敗れる様が目に浮かぶわ!」


「然り然り! 正面突撃しかしないなどゴブリンにすら劣る知能! 偉大なる我らエルフの敵ではありませんぞ!」


 伝令の兵のその言葉に、周囲のエルフ達が口々に囃し立てる。だがその言葉とは裏腹に誰の胸にももはや楽観の気持ちなどない。初代勇者の時代から幾度もの魔族との戦争を生き抜いてきたエルフは、決して思い上がっているだけの無能ではないのだ。


「そうだとも諸君! 我らエルフに敗北などあり得ない! 今回も野蛮な魔族共を優雅に、華麗に押し返すのだ! ああ、無論森から出ていったなら追撃など必要ないぞ? 哀れな負け犬を追い回すほど我らも暇ではないからな!」


「ハッハッハ。イキリタス王は相変わらずお優しいですな。では今回も専守防衛を徹底させましょう。まあ多少のやり過ぎには目をつむっていただきたいですが」


「いいぞ、許す。存分に暴れるがいい! では伝令、そのように伝えよ」


「ハハッ!」


 イキリタスの言葉を受けて、伝令の兵が戻っていく。だが、その命令の示すところはかなり厳しい。つまり防衛が手一杯で追撃をする余裕などなく、多少のやり過ぎ……戦士達に犠牲が出たとしても森を守り抜けという決死を命じるものだからだ。


「ふーむ。しかしこれほど魔族が増長しているとなれば、そろそろボクも戦場に出るべきか?」


「まさか!? 陛下、そのような戯れ言はお控えください。エルフ最強の存在である陛下が活躍なさっては、末端の兵士達の手柄が無くなってしまいますぞ?」


「そうは言うけどさ。いつまでも邪悪な魔族が神聖な森に居座るのは我慢ならないんだよ。そろそろボクの力であいつらを一掃するべきじゃないか? 戦士達にも休息は必要だろうしね」


「む……」


 デーレ姫の所在がわからなくなり、こちらから広域殲滅魔法を撃てなくなった影響でエルフの戦士達の損耗率は急激に高くなっている。もともと質は良くても数が少ないこともあり、ただ一人が負傷するだけでも戦力の減少は馬鹿にならず、それが続くことで今やエルフの戦士達は誰も彼もが疲労困憊だ。


 だが、だからといって国の要である王を軽々しく前線に出せるはずも無い。如何にイキリタスが強かったとしても、王が討たれれば国が倒れる。王は最強戦力であると同時に、最後まで温存すべき最後の切り札でもあった。


「……いえ、やはり賛成しかねます。陛下のお力は最後にこう、ドーンと大きく見せつけるのが一番目立ってエルフの力を示すのに有効かと。チマチマした魔物退治は戦士達に任せておくのがよいでしょう。


 なあに、すぐに陛下の出番が参りますから、それまではどっしりと構えてお待ちくだされ」


「そうかい? まあ確かにボクが出張ると全部終わっちゃうからねぇ。ならもう少し――」


「で、伝令!」


 と、そこに再び伝令の兵が駆け込んでくる。先ほどとは違う人物ではあるが、それにしてもこんな頻度で伝令が飛んでくるなど普通ならあり得ない。


「なんだ、どうしたというのだ?」


「ま、魔王軍の四天王を名乗る存在が現れました!」


「何だと!?」


 その言葉に、場が一気に騒然となる。指揮官クラスと思わしき魔物は幾度も遭遇していたが、まさか四天王クラスの大幹部が向こうから現れるなど想定していなかったからだ。


「それで、戦況は?」


「かろうじて死者は出ておりませんが、負傷者多数、戦線の維持は難しいかと……」


「……………………」


 伝えられた事実に、謁見の間に沈黙が満ちる。流石にその報告を受けてはいつものように粋がる言葉すら出てこない。


「わかった。ならボクが出よう」


「陛下!?」


「相手が親玉を出してきたんだ。こっちもボクが出なくちゃ釣り合いが取れないだろう? ちょっと出番が早まっただけのことさ」


「……わかりました。ではすぐに準備を整えます」


 事ここに至れば軍務担当のエルフとて異論は唱えられない。町に入り込まれたらそれこそ被害は取り返しがつかないものになるし、かといって籠城戦もあり得ない。町を覆う防御結界を起動すれば多少は持つだろうが、森を丸焼きにされればそれこそ生きる術が無くなってしまう。


 元々臨戦態勢だったこともあり、すぐに戦支度を終えるイキリタス。そんな彼の元に不安げな表情を浮かべる小さなエルフが歩み寄ってきた。


「パパ……」


「ツーンか。パパはこれから戦いに行くから、お前は城でおとなしく待っていなさい。いいかい? 絶対に外に出ては駄目だよ?」


「うん……ねえ、パパ?」


「ん? 何だいツーン?」


「パパは、帰ってくるよね?」


 今にも泣きそうな顔で問う娘に、イキリタスはその小さな体を両手で支えて抱き上げる。


「当たり前だろう! 魔族なんてチョチョイとやっつけて、パパのかっこよさを世界中にアピールしてくるよ! 所詮奴らはパパの引き立て役に過ぎないんだからね」


「約束、してくれる?」


「勿論いいとも。ほら、約束だ」


 イキリタスの伸ばした右手の小指に、ツーンの小さな小指が絡む。その可愛らしい温もりがあまりにも愛しくて、イキリタスの頬が思わず緩む。


「よかった。エルフは約束を破らないんだもんね。あのねパパ、ニックも約束したんだよ! 絶対デーレのことを連れてきてくれるんだって!」


「そうかそうか。あいつは基人族ではあるが、なかなかに使える奴だからな。我らにいいところを見せようと張り切っていたようだし、きっとやってくれるだろう」


「本当? パパもそう思う?」


「ああ。何せあいつはこのボクが友と呼んでもいいと思える男だからね。ボクほどでは無いにしても、凄い男さ。ボクほどでは無いけどね!」


「そっか。やっぱりニックは凄いんだ……」


 不意にツーンがうつむくと、小さな声でそう呟く。一瞬首を傾げるイキリタスだが、すぐにその顔は戦士のそれに切り替わった。


「さあ、それじゃ出陣だ! 魔族共を蹴散らして、我らの森に静寂を取り戻すぞ!」


「「「おおー!!!」」」


 偉大なる王の宣言に、王城を守護する戦士達が鬨の声をあげた。目にも鮮やかな翡翠色の鎧に身を包み、深紅の外套を翻すエルフの王が出陣する。


 目指すはエルフの森中心部。魔族達が執拗に正面突撃を繰り返している最前線にして、この王都への最短距離。必勝が求められるが故に、負けることを許されない王が大地を踏みしめ戦場へと走る。


(ボク達の国は王たるボクがきっちり守ってみせる。だから娘は、デーレは頼んだぞニック。お前ならそのくらいやってくれるだろう?)


 思い浮かべた友の背中に、王は一人ほくそ笑む。その先に待っている敵が燃える筋肉精霊というのはなんたる皮肉であろうか。


 決戦の時は、静かに迫っていた。

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