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父、出世に目覚める

「侵攻だと!? どういうことだ!」


 思わず声を上げてニックが一歩踏み出す。だがイキリタスは右手をかざしてニックを制止させると、苦しげな表情のまま言葉を続けた。


「ことの起こりは、今から半年ほど前だ。突然国の西端に魔王軍が出現し、我らの森に侵攻を開始した。相手は火の軍勢でな、我らエルフの得意とする風の精霊魔法とは相性が最悪に悪い」


 イキリタスの顔が忌々しげに歪む。火を風で煽れは勢いが増すなどということは、子供でも知っている常識だ。


「だが、それでも当初は我らの方が優位に立っていた。たっぷりと水分を含んだ生木の上に高い魔力含有量を誇るエルフの森の木を前に奴らの火の力は表面を焦がす程度しかできず、我らの精霊魔法は木々の隙間を吹き抜けて奴らの矮小な火など簡単に吹き飛ばしてしまう。いかに相性が悪いとはいえ、それだけで結果が決まるほど世の中は甘くないからな。


 だが、問題はそこだ。正直なところ、我らは戦況を楽観視していた。魔王軍など恐るるに足らず、このまま戦い続ければ奴らを森から一掃するのも時間の問題だと、城の兵士達は誰もがそう信じて疑わず、また声高に自分の戦果を叫んでいた。その結果……娘達もまたそう思ってしまったのだ。『魔族など大したこと無い』とな」


 イキリタスの視線が、チラリと私室の方へと動く。無論そこに姫の姿は無いが、イキリタスだけはそこに遊ぶ二人の姫の姿を幻視していた。


「今から二週間前、ツーンとデーレは好奇心から魔族の姿を見たいと考えた。それが危険な魔物であれば考えるだけでやめただろうが、奇しくも魔族は『大したことの無い相手』として我らエルフの間で定着していた。それ故に大した警戒心も無く魔族を見るために城を抜け出し……そして帰ってこなかったのだ」


「何故そんなことに!? いかに姫とて、いや姫だからこそそう簡単に城から抜け出せるはずもあるまい?」


 かつてキレーナがコモーノ城を抜け出せたのは、相応の大義名分を立てたうえで護衛を伴っていたからこそだ。まだ幼い……それこそ人間で言えば六歳程度であろう姫が誰の協力も得ずにこっそり城を抜け出すのは、内部の者の手引きでもないかぎりとても不可能だろう。


「まさか、護衛の者達まで調子に乗って・・・・・・――」


「違う!」


 ニックの言葉を、イキリタスが強い言葉で止める。ギッとにらんだその視線にはこれ以上無いほどの力が込められていた。


「言うなニック! それは我らエルフに対する最大の侮辱だ。我らはエルフ。常に誇り高くあらゆる他種族の羨望を集める存在ではあるが、それで職務を放棄するような愚か者は一人もいない。


 ……娘達のやり方が周到だったのだ。君も知っている通り、ツーンとデーレは我が国の至宝たる双子姫。生まれたときからずっと一緒で、どんなときでも二人で行動している。その思い込みこそがこの事態を招いたのだ」


「どういうことだ?」


「……ツーンが護衛や門番、その他全ての城の関係者を引き留め、その間にデーレだけが警備の隙間を抜けていったのだ。二人は常に一緒で、片方がいるならもう片方もすぐ側にいる。たとえ今は姿が見えずとも……生まれたときからの常識・・のせいで、デーレだけが抜け出すという発想そのものが無かったのだ。


 ちなみに、当初の計画ではまずツーンが引きつけてデーレが城を抜け出し、魔族を見たらすぐに帰ってくる。その後は二人の役目を交代してもう一度同じことをするつもりだったらしい」


「それは、何とも……」


 悔しげなイキリタスの前で、ニックもまた思わず言葉に詰まる。ニック達がこの城に滞在している間も、二人の姫は常に一緒だった。服を交換してみたり片方が話している間にもう片方が背後に回り込んで抱きつくなどの可愛らしいイタズラのために一時的に一人になることはあったが、それでも同じ部屋から片方だけ出て行くということすらなかったのだから、それが日常であった城の兵士を責めることなどできようはずも無い。


「たとえ子供でもデーレはエルフだ。エルフが森で迷うなどあり得ない。それでも一応周囲は捜索させたが、やはり見つからなかった。であればもう魔族に攫われたとしか思えないだろう? もしもっと知能の低い魔物に襲われたということであれば、デーレは生きていなかっただろうからな」


「ぬ…………いや、と言うことは生存は確認しているのだな?」


 ニックの問いに、イキリタスは重い表情のまま頷く。


「ツーンとデーレは魂を分けた双子姫。その魔力は魂の深いところで繋がっているらしく、もし片方が死んだならばすぐにわかるんだそうだ。これはボクにもわからない感覚だからあくまでツーンの自己申告だけど、デーレが死んだと仮定するよりよっぽどいいと思わないか?」


「……そうだな」


 イキリタスの言葉に、ニックは唇を噛みしめて同意した。仮に自分が同じ立場でも、間違いなくそう信じて動くことだろう。その死を我が目で確認でもしない限り、娘の生存を信じるのは親として当然だ。


「捜索は続けさせてる。魔王軍との戦闘中にも多少話のわかりそうな指揮官クラスには交渉も持ちかけてな。だがどいつもこいつも『そんなものは知らん』の一点張りだ! とりつく島もありゃしない!


 おまけに最近は魔王軍に押され気味だ。このままだと……ボクは決断しなければならない」


「決断? どうするつもりだ?」


 ニックの言葉に、イキリタスは蒼白の顔を上げ、無理矢理に唇の端を持ち上げる。


「決まってるだろ? 娘を……デーレを見捨てる決断さ」


「イキリタス!!!」


 瞬時に駆け寄ったニックが、イキリタスの襟元を掴んでその顔を引き寄せる。だが憤怒にまみれるニックの顔面が間近にあってなおイキリタスの表情は変わらない。


「限界なんだよ! いつ何処でどんな風に人質として使われるかわからない以上、こっちは得意の広範囲殲滅魔法を使えない! そのせいで戦況は徐々に不利になって、このままじゃひと月しないうちに王都まで攻め込まれる!


 そんなの認められるわけないだろ! ボクはエルフの王! 全ての民の代表として、この国のために決断する必要があるんだ!


 なーに、大丈夫さ。ボクは君と違ってモテモテだからね。新しい妃の候補はいくらでもいる。確かにエルフは子供ができにくいけど、三〇年も頑張ればきっと子供だって生まれるよ。ああ、そうだ。今度こそ世継ぎにできる男の子がいいなぁ。そうすればツーンだって弟ができたって喜ぶだろうし、デーレだって浮かばれる……ぐふっ!?」


 ニックの拳が、イキリタスの頬を殴りつけた。それまでニックの迫力に気圧されていた者達も地に倒れ伏す王の姿を前に騒然となり、すぐにニックの周囲を抜剣した衛兵が取り囲むが、その動きをイキリタス本人が制する。


「やめろ、いい。ボクは大丈夫だ……ははっ。いきなり暴力とは、やはり下等な基人族だけあるね。それにしても不思議だ。本当に理解に苦しむ……


 何故君が泣いているんだい?」


「そんなこと、言うまでもなかろう……っ!」


 王とは孤独な存在だ。弱みを見せることもできず、常に民のために己を切り捨てねばならない。以前のわずかな滞在期間にイキリタスがどれほど娘達を溺愛しているかを知るニックは、だからこそ涙を流す。


 本心を語れない友に。涙を流せない友のために。王という立場を守らねばならぬ父親のために、ニックは代わりに涙を流すのだ。


「儂が行こう」


「駄目だ。君はもう勇者パーティの一員じゃないんだろう? 前の手助けは君たちが勇者パーティだからこその特別待遇だ。我ら偉大なるエルフが、基人族の助けなど借りられない。これは王としての命令だ」


 ニックの言葉に、けれどイキリタスはそう返す。エルフの矜持をエルフの王たるイキリタスが、我が娘のために投げ捨てることはできないが故の言葉。ならばどうすればいいのかとニックが悩むその瞬間、彼の最も頼りになる相棒がニックの脳内に囁きかけた。


『なあ貴様よ、こんなのはどうだ?』


「――っ! なあイキリタス。突然だが、儂は今一般人なのだ」


「? 何だ突然? さっきからそう言ってるだろ?」


「いやな。一般人の儂だが、今突然立身出世の野望に目覚めたのだ!」


「……は?」


 あまりにもらしくない言葉に思わず間抜けな声をあげるイキリタスに、ニックは居並ぶ全てのエルフ達に聞こえるよう、朗々と己の考えを語る。


「もし! もしだ! ここで儂がデーレ姫を救出したら、きっとこの国における英雄になれるのではないか? おお、何という幸運! こんなところに儂の立身出世のための事件が転がっているとは! これは是非儂に解決させてもらいたい! どうだエルフの王よ、儂に出世する機会を与えてはもらえぬか?」


「っ!? ニック、君って奴は……」


「ああ、返事はいらぬ。儂は儂で勝手にやらせてもらうからな。だがもし上手くいったなら、是非とも考えておいてくれよ! ではな!」


 シュタッと手を上げると、ニックはあっという間に謁見の間を走って出て行った。取り残されたエルフ達は事態を飲み込むのにしばしの時を要し――


「馬鹿だ。本当に馬鹿で、どうしようも無くお人好しな馬鹿野郎だ! ああ、いいとも! エルフは約束を破らない。お前が生きて戻ったならば、その働きを正当に評価するとここに宣言する! だからどうか……」


 どうか、娘を頼む。


 言葉にならないその言葉を、イキリタスは走り去った友の背に向かって投げかけた。

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― 新着の感想 ―
[一言] お人好しでなくても、 親しい人が困ってたら助けると思うけどな 勿論、自分の力が及ぶ範囲でだけど しかし本当に魔族に攫われてるのかね 本人は知らないと言ってるし
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