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父、見捨てる

 エルフの店で出された料理は、ごく普通の味であった。店主が語るには調理に精霊魔法を使っているため他種族ではまず真似できないと言うことだったが、調理法が独自であっても味まで独自になるわけではない。


 というか、エルフの味覚は別に他種族とそう違うわけではなく、精々やや野菜を好む傾向にある、という程度の差異なので、奇抜な味付けにならないのは当然のことだ。


 そして、普通であるということは普通に美味かったということだ。エルフの森でのみ採れるという不思議な食感のキノコなども入っており、十分に食事を楽しんだニックにエルフの男もまた最後まで上機嫌であった。


「では、また何か困ったことがあれば、遠慮無く私を頼るがいい! この私が! 偉大なるエルフである私が基人族の悩み程度などたちどころに解決してやろう!」


「ああ、ありがとう! では、さらばだ」


 店の前で男に手を振って別れ、この国に入って初めてニックが一人になる。それを見計らったかのように、ずっと沈黙を保っていたオーゼンがため込んでいた言葉を口にし始めた。


『いや、本当に不思議な種族だな。何故エルフ達はあれほど頑なに自分たちが上位の存在であると信じられるのだ?』


「ん? そうだな。一番わかりやすい根拠は、やはり長寿であることが理由であろうか? 儂らは普通なら六~七〇、どんなに長生きしても一〇〇年程度が寿命だが、エルフは五〇〇年くらいは生きるらしい」


『五〇〇年!? それはまた……長いな』


 アトラガルドの時代においても、人の寿命は精々一五〇年ほどであった。そしてそれは高度な医療や魔法技術によって初めて成し得るものであり、それらが存在しない今の時代に五〇〇年というのは異常なほどに長生きだ。


「うむ。ムーナからの聞きかじりだが、どうもエルフは体内に儂ら基人族の一〇倍以上の魔力を宿しているため、それによって体が活性化して老化が遅れるのではないかということらしいぞ? ただその代償としてかなり子供ができづらいらしいが」


『なるほどな。そういうことなら確かにあり得るかも知れんな。ただそれこそ生まれたときからそれだけの魔力に耐えられる肉体でなければ無理だろうから、後天的な長寿には利用できなそうだが』


「だな。不老不死を求める権力者など歴史上枚挙に暇が無いが、成功者が一人としていないのだからそういうことなのだろう……お?」


「その薄汚い手を離せ! 下等な基人族が!」


 町を歩くニックの耳に、突然そんな怒鳴り声が響く。見れば通りの向こう側で商人と思われる基人族の男が道に倒れており、そのすぐ正面には肩を怒らせたエルフの男が立っていた。当然だがさっき一緒に飯を食べたエルフとは別人だ。


『何事だ?』


「な、何を突然!? 私はごく普通に商売をしていただけで……」


「ふざけるな! 貴様のような下等種族の考えが見抜けぬとでも思ったか! 我らエルフを侮るなど言語道断! 今すぐこの国から出て行け!」


「そんな!? 横暴でございます! 偉大なるエルフ様、どうか落ち着いて寛大な処置を――」


「黙れ!」


 慌てふためき、地に伏せて懇願する商人の男に対し、エルフの男が拳を振り上げる。


『おい貴様、止めずともよいのか?』


「ああ、あれは構わんだろ」


『何!?』


 どこか冷めたニックの言葉に、オーゼンは思わず我が耳を疑う。確かに詳細を聞かねばどちらが悪いとは言えないが、それでも理不尽な暴力に対してニックが何もしないとは思わなかったからだ。


「がふっ!?」


「消えろ! このクズが!」


 故に、男に拳が振り下ろされる。だがその瞬間、それまでオドオドとした態度を見せていた商人の男の様子が一変した。その目はギラギラと血走り、ペッと地面に血の混じったつばを吐き出す。


「ぐぅぅ……そっちこそふざけるなよこの糞エルフが! この俺がボッタクール商会の会頭、ネコソギ・ボッタクール様だと知ってやがるのか! こんな森しかない糞田舎の物流なんぞ、俺が本気になればいつだって締め上げられるんだぞ!」


「へぇ? この森で、我らエルフの森で! 貴様ら基人族如きが我らの活動を妨害できると? それはそれは実に愉快な冗談だ! やれるものならやってみるがいい。お前達が無様にあがく様を高見から見物させてもらうとしよう! ハッハッハッハッハ!」


「こ、後悔しても知らないからな!」


 殴られた商人の男が、捨て台詞を残してその場を去って行く。それに対してエルフの男は「やれやれ、また華麗に活躍してしまった」と周囲に聞こえるような声で漏らし、周りのエルフ達はそんな男に羨望のまなざしを向けていた。


『……何だ今の茶番は? 貴様、こうなることがわかっていたのか?』


「詳細がわかったわけではないがな。さっきの儂とエルフ達の会話の内容を覚えているか?」


『む? それは勿論覚えているが。ついさっきのことだしな』


「彼らと話す時、確かに儂は多少大げさに喜んで見せたり相手を持ち上げるような言葉を使いはしたが、ひとつとして嘘はついていない。道案内をしてくれたことに感謝しておるのは当然であり、料理も本当に美味いと思った。だからこそあのエルフ達は上機嫌だったのだ。


 だが、たまにそれを勘違いする者がおるのだ。褒めておだてて調子に乗らせれば、自分に都合よく操れると勘違いする馬鹿者がな」


『ああ、そういうことか』


 ようやく今の光景に合点がいって、オーゼンが大きく納得の声を出す。


「以前にこの国に来た時に知り合いから聞いた話だが、特に商人にはその手の輩が多いらしいな。エルフ達をぼんくら貴族と同じように扱い、そうして怒りを買ってあのように追い出されるのだ。


 希に本当に報復をする者もいるらしいが、一〇倍もの魔力を常に体内に宿しているエルフ達が弱いはずもない。ごろつき程度では勝負にならんし、本気で戦えるような戦力を揃えたら戦争になってしまう。面子を潰されたなどという理由で一種族をまるごと敵に回すほどの馬鹿は流石におらんようだな」


『ははは、それはそうだろうな。しかしそれならそれで悪人側も学習するのではないか?』


「それがそうでもないらしい。ここを追い出される者の大半は、何故自分が追い出されたのかわからないらしいぞ? どうも『本心から褒める』ことと『上辺だけペコペコしてみせる』ことの違いが理解できないのだとか。それこそ儂には理解できんがな」


『むぅ、我にもわからん。やはり人の心理というのは複雑なのだな』


「わかる必要など無い気もするがな。よし、着いたぞ」


 一時足を止めることがあったものの、歩き続けたニックは目的地にたどり着く。目の前にあったのは、ほとんどが樹皮と同じ茶色い配色の建物ばかりのこの町においてひときわ異質な白亜の城。と言ってもその材質は石ではなく白銀のごとく光り輝くエルフの森の銘木なのだが。


『これは城か? いや、この作りで城でなかったらむしろ驚きだが』


「ははは。そうだ、城だ。儂の知り合いはここに住んでおるのでな」


『城に住んでいる? ということは――』


「おーい、門番殿!」


 オーゼンの質問に答えるより前に、ニックが門番のエルフに声をかける。


「何だ貴様? 城に何か用か?」


「うむ。儂はニックという者なのだが、偉大なるエルフの王、イキリタス様に謁見を申し込みたい」


「陛下に? 馬鹿を言え。我らエルフですら陛下とお会いするには正式な手続きが必要なのだ。基人族である貴様がいきなり城にやってきてお会いできるわけないだろうが」


「そこをなんとか、せめて聞くだけでも聞いてはもらえぬだろうか? これほど荘厳な城に住む偉大なる種族の王であれば、きっと王にふさわしい器の大きさをもって話しくらいは聞いてくれるのではないか?


 それに、貴殿はこれほどの城の門番を任せられるほどのエルフの英傑なのであろう? それほどの御仁に問われたとなれば、陛下も無碍にはせぬはず。是非とも貴殿の力で儂の言葉を陛下にお伝え願えぬだろうか?」


「むむっ! そう言われると……ふむ、まあそうだな。皆が憧れる偉大なるエルフの王たる陛下にお目通りしたいという貴様の気持ちはよくわかる。ひと目その姿を拝見し、一言お声をかけていただくだけでも基人族からすれば五代先まで自慢できる栄誉となるであろうしな!


 よし、わかった。では聞いてきてやるからしばしそこで待て」


「おお、感謝致します、英雄……いえ、門番殿!」


 歯の浮くようなニックの言葉に、門番の男がピクピクと耳を震わせて城の中へと入っていく。


『……エルフというのは、本当にそんなに賢いのだろうか?』


 その様子に、オーゼンは微妙にそう自問をしてみるのだった。

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