父、案内される
「ふーむ。この辺のはずなのだが……」
並の冒険者なら半年以上かかるような距離を三日ほどで走破し、鬱蒼とした森の中を歩くニックとオーゼン。道なき道を進むニックは、己の記憶のみを頼りにただひたすらに前進を続けていた。
『なあ貴様よ。今向かっているのはエルフの国で間違いないのだな?』
「ん? 何だ突然。そうだが、それがどうかしたか?」
『国というなら普通は道が繋がっているものではないのか? いや、貴様のことだからあえて道を無視して最短距離を進んでいるのかも知れんが、迷うようであれば街道に出た方が……』
「あー、いや。そうではないのだ。エルフの国内には当然いくつか町があるが、そのどれもが……今向かっている王都にすらわかりやすい道では繋がっておらんのだ」
『そうなのか? それは何というか、不便ではないのか?』
「不便だが仕方あるまい。エルフは森を大事にしておるからな。獣道程度ならともかく、馬車が通れるようなしっかりした道を作るのは好まんのだ」
『ほほぅ。利便性よりも自然との調和を選ぶとは、なかなかに気概のある種族のようだな』
「気概と言うか……っと、来たか」
「おいお前、そこで止まれ!」
話しながら歩いていたニックの前方、大きな木の枝の上に不意に人影が現れた。弓に手をかけ油断なくこちらを伺う様はまさに森の戦士を思わせるが、当然その存在に気づいていたニックは慌てること無くそちらに顔を向けると、敵意が無いことを示すために両手をあげて話しかける。
「おお、エルフの御仁か! ちょうどよかった」
「よかった? どういうことだ?」
「いやな。儂はエルフの国へと向かっていたのだが、どうにも道に迷ってしまったようでなぁ。できれば道案内などを頼めぬだろうか?」
「道案内ぃ? 何故高貴なエルフである私が、貴様のような下等な基人族を偉大な我が国に案内してやらねばならんのだ?」
『ん?』
あからさまに顔を歪めたエルフの態度にオーゼンはおやっと疑問を抱いたが、そんなことは関係なくニックとエルフの会話は進んでいく。
「そうか? 残念だなぁ。偉大なるエルフの国というのを一目この目で見てみたかったのだが。ああ、高貴なエルフが作り上げた国というのは、どれほどに素晴らしいのであろうか? 是非ともこの目で確認し、末代まで自慢したいところなのだがなぁ」
「んん? そ、そうか? そんなに見たいのか?」
「そりゃあもう! 素晴らしいエルフ式の建造物や、そこに住まうエルフ達の優雅な立ち振る舞いに興味津々なのは人として当然ではないか!」
「そ、そうか! そうだな。そりゃあそうだ。確かに下等な基人族にとっては、我らエルフの暮らしぶりはさぞかし憧れであろうなぁ。よしよし、そういうことならこの私が直々に案内してやろう!」
「本当か!? これはありがたい。感謝致します、偉大なる森の民よ」
「なーに、いいってことだ! 我らに憧れる者を無碍に扱うなど最優種族であるエルフにあるまじき行為だからな! さあこっちだ、着いてこい!」
ニックの言葉にあからさまに機嫌を良くしたエルフの男が、ぴょいと木の上から飛び降りるとご機嫌な様子で森を歩き始めた。すぐさまニックはその後に続き、道なき道を歩いて行く。
『貴様、何だ今の態度は? というか、まるで初めて行くような口ぶりだったが、以前にも来たことがあるのではなかったのか?』
(そこはまあ、色々あるのだ。エルフというのは殊更に自尊心が強くてな。以前来たのに道を忘れたなどと告げたら「我らの偉大な国への道を忘れるなどあり得ない! そんな奴を二度と国に招くものか!」と激怒されるのがオチだな)
『それはまた……こう言ってはあれだが、面倒な種族だな』
「ん? どうした? 疲れたのか? 我らエルフと違って貴様ら基人族はひ弱だからな! 疲れたときはちゃんと言うんだぞ? 我らならこの程度余裕だが。余裕だが!」
「ああ、すまん。大丈夫だ。偉大なエルフの国はどんなものかと思いを馳せておったのだ」
「そうかそうか! そりゃ仕方ないな! はは、心配せずとももうすぐ着くぞ」
オーゼンには鞄の上からポスンと叩いて応えるにとどめたニックに、足を止め振り向いていたエルフの男が再び上機嫌で歩き出す。そのまましばらく進んでいくと、不意に森の木々が途切れ眼前の視界が大きく開いた。
「さあ着いたぞ! ここが偉大なる我らエルフの国だ!」
「おおー!」
『おおお、これは確かに凄いな!』
そこにあったのは正に樹の町。地面だけではなく太く巨大な枝を利用した樹上の家などもあり、石で基礎を作る人の町とは根本から違う、自然と調和した美しい町並みであった。
「どうだ、凄いだろう? これらの建築には我らエルフの精霊魔法がふんだんに用いられているから、基人族では真似することもできまい。その素晴らしさをしっかりと目に焼き付けておくといいぞ?」
「ああ、そうさせてもらおう。あっと、そうだ。ここまで案内をしてもらったわけだし、是非ともこれを受け取ってもらえぬか?」
そう言うと、ニックは魔法の鞄から道に迷う前に狩り、血抜きだけを済ませておいた鹿を一頭取り出し、エルフの男に差し出した。
「鹿か? 我らエルフであればたやすい獲物だが、のろまな基人族である貴様にはこれを狩るのはそれなりに大変だったのではないか?」
「まあ、それなりにはな。だがだからこその礼なのだ。貴殿の貴重な時間を儂のために使ってもらったのだから、このくらいはさせてくれ。エルフの御仁に食べられるのであれば、この鹿も光栄であろうしな」
ニックの言葉に、エルフの男の長い耳がピクピクと反応する。
「フフフ、そうか? うむ、確かにその通りだな! いやぁ、お前はなかなか見所のある基人族ではないか! うんうん、己の立場を弁えた態度というのは重要だぞ!
よし、それなら特別に私が懇意にしている店にも連れて行ってやろう! 最高に美味いエルフの料理を堪能させてやるから、楽しみにするがいい!」
「よいのか? では是非とも馳走になるとしよう! いやぁ、流石はエルフ! 素晴らしい器の広さだ!」
「そうだろうそうだろう! ではサクッと行くとしよう! あー、鹿はお前がそのまま持ってきてくれるか? いや、余裕だぞ? エルフである私ならそんなもの余裕で持てるが、お前にももっと活躍する機会を与えてやらねばだからな」
「わかった」
ピクピクと耳を震わせながら気安げにニックの背中を叩くエルフに、ニックもまた笑顔で頷く。結局二人は別れること無く、そのまま町の中を連れ立って歩き、やがて一件の店へとたどり着く。
「おーい店主!」
「いらっしゃい! って何だお前か。ん? 一緒にいるのは基人族か? 珍しいな」
「森で道に迷っているのを私が見つけてな。どうしても憧れのエルフの国に来たいというから、直々に道案内してやったのだ! 全くあの程度の森で迷うのだから、基人族というのは仕方のない奴らだな」
「ははは、面目ない。それでまあ、詫びというか礼というか、こういうものを持参したのだ」
ポリポリと頭を掻いてから、ニックは改めて魔法の鞄から鹿を取り出す。
「おお、なかなかの鹿じゃねーか。これはお前さんが狩ったのか? エルフなら大したこと無いが、基人族にしちゃあ大したもんだ!」
「全くだ。で、是非とも偉大なるエルフに食べて欲しいとのことだから、こいつを使って何か適当な料理をしてもらえるか? ああ、勿論この基人族の分もな。憧れのエルフ料理を食べられると大はしゃぎだったのだ」
「そうなのか!? そりゃ存分に腕を振るわねぇとな! 待ってろ、今基人族じゃあ一〇〇〇年かけても作れないような最高のエルフ料理を食わせてやるぜ!」
「ありがとう。楽しみにさせてもらおう」
「では、ここに座れ! エルフであるこの私の隣に座らせてやろう!」
ニコニコ顔で席を勧められ、ニックはやや小さめの椅子にそっと腰を下ろした。