表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
138/800

娘、温泉に浸かる

「くぅー! しみるわー」


 大陸の北、獣人の支配する領域のとある村にて、フレイは温泉に浸かっていた。


「年頃の娘がそんな声出すものじゃないわよぉ? オヤジくさい」


「いいじゃない! どうせアタシ達しかいないんだし」


「それが駄目なのよぉ! いい? 女子力っていうのは人が見ていないところでこそ試されるものなのよぉ?」


「そんな力いらないわよ。モテたって面倒くさいだけだもの」


「はぁ。この子は本当に……」


 呆れ声でため息をつきつつ、ムーナも湯船に入ってくる。森の中の露天風呂という開放的な環境だが、そもそもこの村にいるのは獣人だけなので覗かれる心配はまず無い。


「……チッ」


「なぁにぃ?」


「別に? チッ、チッチッ!」


 湯船に浮かぶ二つの丘に、フレイがこれ見よがしに舌打ちをする。無論ムーナはそれに気づいているが、あえて指摘したりはしない。


「ふふっ。ああ、でも本当にいいお湯ねぇ」


「それには全面的に同意ね。このところ肩が凝ることばっかりだったし、やっぱり少し遠出して獣人領域まで来たのは正解だったわ」


「色んなお誘いが多くて、大変だったものねぇ」


 勇者であるフレイが基人族の町に出向けば、大抵どこでも下にも置かない扱いをしてくれる。それ自体はもう慣れたし、「人々の勇気を集める」という目的のために多少目立ったり特別扱いされたりするのは必要なことだと割り切れている。


 だが、問題なのは貴族や王族だ。村長くらいなら「息子の嫁に」と言われても笑って断れるが、これが貴族や王族となると割と本気でごり押ししてくる人物もいる。


 無論勇者でありジュバンという特別な家名をもらった名誉貴族でもあるフレイにはそれを正式に断る権限があるが、それで諦めてくれるような物わかりのいい……あるいは常識をわきまえた相手ばかりであれば、そもそも苦労などするはずもない。


 以前は父であるニックが裏に表に退けていてくれていたのだが、父と別れたことでその問題が一気に表面化し、最近のフレイは戦闘よりもむしろ政治的な面での精神的な疲労を蓄積させていた。


「その点獣人はいいわよねぇ。勝負を持ちかけられることは多いけど、勝てばちゃんと諦めてくれるし」


「フレイくらいの実力があれば、こっちの方が楽でしょうねぇ」


 獣人達は魔族に近しく、基本的には強い者が偉い。だがそこに「誇り」という一点が加わることで、勝負をして負ければきちんと約束は守るし、弱者に対して無体な暴力を振るったりもしない。要は強いだけではなく、「強くてかっこいい」でなければ支持を得られないのだ。


 なので勇者であるフレイに対しても高圧的に出る者が割と多い反面、きちんと実力を示せばあっさりと友好的になり、元々さっぱりした性格のフレイにとっては獣人達の方がよほどわかりやすく、付き合いやすい相手だった。


「それに、今回はニックが一緒じゃないのも大きいわぁ。前に来た時は大変だったものぉ」


「あー、そうね。父さんはね……」


 強くてかっこいい相手がモテる。つまりニックは獣人の国ではモテモテだった。獣人の女性は積極的な者が多く、全くその気が無いのにニックの知らないところでハーレムが作られそうになっていたのはフレイにとっても記憶に新しい。


「アタシの父さんだから取り入ろうっていう貴族連中と違って、本気で父さんに惚れたって人が大量に押し寄せてきたのは、正直ちょっと怖かったわ」


「なんかもう、必死だったものねぇ、あの人達」


「ねー。父さんが母さん以外を好きになるはずないのに」


「あら、そんなこと断言していいのぉ? ニックだってまだまだ若いんだし、今頃どこかでフレイの知らない人と恋愛してるかも知れないわよぉ?」


 ニヤリと笑って言うムーナに、フレイはパシャパシャとお湯で顔を洗ってから答える。


「ふぅ。別にね、いいのよ。父さんが母さん以外の誰かを好きになって、その人と結婚したいって言うなら、それを反対するつもりなんてないの。まあ今更その人をお母さんって呼べって言われても困るだろうけど、それはアタシの都合ってだけだしね。


 でもね、アタシは生まれたときから父さんとずっと一緒だったの。だからわかるのよ。父さんがどれだけ母さんのこと愛してた……ううん、愛してるか。あんなにも深く純粋に誰かを愛せるのか、そしてその愛が自分にも向いてるのかって思うと、嬉しい反面、ちょっと怖くもあったわ」


「怖い?」


「うん、怖い。だってそうでしょ? それほどの愛を向けた母さんが死んで、そのうえもしアタシに何かあったら、父さんはどうなっちゃうんだろうって。あんな大きな愛が行き場をなくしたら、それこそ大変なことになるんじゃないかって。


 だからアタシは頑張るのよ。父さんに心配をかけないように、父さんが安心できるように。勇者として世界を救えとか言われても今ひとつピンとこないけど、たった一人の大切な家族のためだったら、いくらでも頑張れるもの」


「……そう。だからそんなに傷が増えたのねぇ」


 ムーナの視線がフレイの肢体を上下すると、その腕に、足に、体に、ニックがいたときには全くなかった傷がいくつも増えているのがわかる。お湯に浸かったせいで傷の部分がやや赤みを帯びて見えるため、なおさらだ。


「もう何度も言ったけど、改めて自分の実力を思い知ったわよ。攻撃はそこそこイケると思うけど、防御や回避の技術がまるで足りてない。ホントに父さんに頼りっきりだったのね」


「もっと綺麗に治さないのぉ?」


「いいのよ、無駄だもの」


 高級なポーションを使えば傷跡を消すこともできるし、ロンの魔法でも時間をかければ同様の効果を得られる。だが高級なポーションはいざという時のためにとっておくべきだし、わざわざ安全圏に戻ってからロンの魔力の回復を待ち、そのうえでもう一度回復魔法をかけてもらうなど迂遠に過ぎる。それに――


「それにね、ちょうどいいのよ。これはアタシが未熟な証。これを見るたび何が駄目で何処を怪我したのかががすぐにわかるもの。むしろ次に何処を鍛えればいいのか、何に注意すればいいのかがわかるから便利なくらいよ」


 言って、フレイはカラカラと笑う。その笑顔はニックにそっくりで、だからこそムーナは少しだけ胸が切なくなる。


(年頃の娘が恋もお洒落も投げ捨てて、体の傷を治すこともせずに戦い続ける……本当に残酷な世界だわ)


「……何? あ、そんな顔しなくても父さんに会うときはちゃんと全部治すわよ? でないと今度こそ絶対に別行動してくれなくなるだろうし」


「そうねぇ。というか、フレイに傷をつけた相手を種族ごと根絶やしにするかも知れないわねぇ」


「うわぁ、父さんなら本当にやりそうな気がする……そういう意味では、この前会わなくて正解だったわね。父さんだと鎧を着てても傷跡を見抜きそうだし」


「あー、あはは……」


 まさかそんな、と言おうとして、確かにニックならそのくらいできそうだとムーナは笑顔を引きつらせる。ちなみに、そもそも一七にもなれば父親に裸を見られる機会など普通は無いというツッコミは今更なのでしない。


「さて、それじゃそろそろあがりましょうか。次の依頼は……何だっけ?」


「森にいるギガントタランチュラから糸袋の回収ねぇ。ぐるぐる巻きのネトネトにされないようにするのよぉ?」


「わかってるわよ! むしろムーナが気をつけなさいよ? ムーナみたいな人が無駄にエロい胸を強調させる巻かれ方をするのが『オヤクソク』なのよ?」


「なーに、それぇ?」


「古い言葉で、予定調和? そんな感じの意味だって。どっかの遺跡でそんな内容の日記が残っていたとかいないとか……?」


「わからないけど、わかったわぁ。ならしっかり私を守ってねぇ?」


「任せて!」


 気合いの言葉と共に、フレイがザバッとお湯を巻き上げつつ立ち上がる。堂々と全裸を晒しつつ歩いて行く様はなんとも勇ましく、ニックとの血のつながりをまざまざと感じさせる。


「それじゃ、私もあがろうかしらぁ」


 一足先に歩き去ったフレイを追って、ムーナもまた温泉からあがった。火照った体を涼やかな森の風が撫でていき、それがなんとも心地よい。


 なお、その後のギガントタランチュラ戦では見事ムーナを守ったフレイが代わりに糸に巻かれるも、「役立たずの精霊」ことネーヨ族の一種、オメージャ・ネーヨに鼻で笑われブチ切れたのはここだけの話である。

※はみ出しお父さん 役立たずの精霊 ネーヨ族


世界中のあらゆる場所にごく低確率で出現が確認される精霊。その種類は多種多様だが、一様に何の役にも立たない。


オメージャ・ネーヨ 誰かを対象とする事象が起きたとき、それが最も有効な相手以外を指し示す。要は全然関係ない誰かを指し示すだけなので何の役にも立たない。


コレジャ・ネーヨ 捜し物をしているとき、対象物以外の物体を指し示す。キノコを探しているときに近くの石ころを指し示したりするので、何の役にも立たない。


コッチジャ・ネーヨ 道に迷っているときに目的地以外の方向を指し示す。迷宮などの通路がある場所では絶対に現れず、森や砂漠などで明らかに自分が歩いてきた方向などを指し示すため、何の役にも立たない。


などなど。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
面白い、続きが読みたいと思っていただけたら星をポチッと押していただけると励みになります。


小説家になろう 勝手にランキング

小説家になろうSNSシェアツール
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ