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父、提案する

「ヤバス……ヤバス? 聞いたことが無いが、何のことだ? 魔族が信奉する神の名とか、そういうのか?」


「いや、それはわかんないけど……ただヤバいくらいの力が手に入るって」


「自分でもわからないものの力を受け入れたのか!? いくら何でもそれは……」


「うっ……確かに今考えると不思議だけど、でもやっちゃったものは仕方ないだろ!」


「仕方ないですむか馬鹿! どうするんだその体!? それは元に戻るのか!?」


「……それもわかんねぇ」


 膝を抱えて座り込んでいたムボシが、ばつが悪そうに顔を背ける。そんな弟の態度にミツボシは思い切り頭を抱えた。


「はぁぁ……これは一体どうすれば……」


「あー、すまん。話の途中で悪いのだが」


「あっ!? そうだお前! 勝負! 今から俺と勝負しやがれ!」


 すっかり蚊帳の外だったニックが声をあげると、やおらムボシが勢いづいて再びニックに指をさす。とはいえ全裸であることに変わりは無いので、膝を抱えた姿勢のままではあるが。


「さっき『相手になる』って言ったよな!? 俺はちゃんと聞いたぞ! だからほら、今すぐ俺と勝負だ!」


「確かに言ったが、お主の言葉を聞いてひとつ提案したいことがあってな。まずは儂の話を聞いてくれんか? どのみちその姿では何もできんだろうし」


「ぐぅ……わかった。聞くだけは聞いてやる」


 意気込んではみたものの、流石に全裸のまま料理をする気はないムボシは不承不承ながらニックの言葉に頷く。それを受けてニックもまたひとつ頷くと、その顔をミツボシの方へと向けた。


「この男……ムボシと言ったか? ムボシの言うとおり、儂がしたのは最高級の食材を用意したことだけだ。それでは納得いかんというムボシの主張は十分に理解できるところがある」


「それは――」


「いいのだ」


 何かを言おうとしたミツボシの言葉を、ニックは手をかざして制す。


「ミツボシ殿の矜持を汚すつもりはない。それに儂とて優勝を目指した身。なればこそ提案なのだが……どうだ、儂の受け取った優勝賞品のうち、半分をもらってはくれぬか?」


「半分……」


「そうだ。料理とは最高の素材を最高の腕で調理してこそ真に最高となる。儂は素材を、お主は腕を見せつけた。ならばこそこれは妥当な提案だと思うが、どうだ?」


 ニカッと笑って見せるニックに、ミツボシはしばし無言で考え……そして小さく笑う。


「わかった。勝者であるアンタがそう言うなら、黙って受け取ろう」


「おお、それはありがたい! では優勝賞品の半分……『勇者に料理を供する権利』をミツボシ殿に譲る」


「なっ!?」


 ニックの言葉に、ミツボシのみならずムボシも、そして審査員や司会の男までも驚きの声をあげた。


「何言ってるんだ!? その権利こそ勝者が勝ち取る最高の栄誉! それを負けた俺が譲ってもらうなんてこと、できるわけがないだろ!」


「別に構わんぞ? 儂が欲しかったのは魔法の肉焼き器だしな」


「……何?」


 ニックの言葉に、ミツボシの表情が困惑に歪む。


「な、なあ。アンタが前に言ってた譲れないものって……」


「無論、魔法の肉焼き器のことだ。何せ野外でも手軽にこんがり肉を食べられるという、冒険者垂涎の一品だからな! あれが欲しくて頑張ったのだから、いかにミツボシ殿とはいえ譲れぬぞ?」


「そ、そうなのか……ちなみにだが、俺は冒険者じゃないから野外で調理なんてしないし、そもそもあれは細かい火加減とかできないから、俺にとって魔法の肉焼き器は店の端に飾っておくくらいしか価値のないものなんだが……」


「そうなのか!?」


「ああ」


「……………………」


 もしもあの場で、せめてどちらかが己の思いを進言していれば。ほんの小さなすれ違いがこじれにこじれて招いたこの状況に、二人の沈黙が重なる。そしてそれを破るのは、どこか得意げなオーゼンの声だ。


『やはりな。どうもあの時、貴様とこの男で求めているものが違う気がしたのだ。まあ絶対に必要なものでもなし、貴様もやる気を出していたようだから言わなかったが……ぬおっ!?』


 ニックの手が、そっと鞄に差し入れられる。人目に触れない闇の中でオーゼンの体がギチギチと音を立てて握りしめられていたが、その悲鳴が聞きとがめられることはない。


『やめっ、やめるのだ貴様! 八つ当たりなどみっともないぞ! ぐぉぉぉぉ!? 歪む!? 歪んでしまうぅぅぅぅぅぅ!』


「……しかし、本当にいいのか? 確かに目的ではなかったのかも知れんが、勇者様に料理を供するというのは仮に冒険者であってもかなりの名誉なのではないか? 料理という性質上、勇者様に直接お会いする機会もあるだろうしな」


「はっは。いいのだ。そもそも儂が作った素人料理などより、お主のような一流の料理人の作ったものの方がむす……勇者様もきっと喜ぶことだろう。さ、気にせず受け取ってくれ」


 言って、ニックはオーゼンをニギニギしていた手を放しミツボシに差し出す。その大きく分厚い手に感じ入るものがあったのか、ミツボシもまた長年磨き上げてきた自慢の右手でガッシリと握手をした。


「わかった。なら俺が、この腕で勇者様に最高の料理を提供すると約束しよう!」


「これは! 途中思わぬアクシデントもありましたが、何という感動的な結末でしょうか! 皆さん、どうぞこの素晴らしい二人の料理人……いえ、冒険者と料理人に、盛大な拍手をお送りください!」


わぁぁぁぁぁぁぁぁ――


 急な流れにすっかり取り残されていた司会の男が、ここだとばかりに声をあげた。それを受けて驚き固まっていた周囲の観客たちもニックとミツボシに惜しみない拍手と喝采を送り、審査員席の人々も穏やかな笑みを浮かべつつ二人を祝福する。


 そんな周囲に取り残されたのは、全裸で膝を抱えるただ一人の男。


「……え、俺は?」


「む? どうしても儂と料理勝負をしたいというなら受けてもいいが、正直お主の勝ちは動かぬぞ? ルベライトオックスの肉は流石にもう無いからな。同じ材料を使うならまっとうな料理人であるお主を相手にどうにかできるとは思えん」


「そう、か……えー……」


 それなりに時間は経つというのに、ムボシの体が元の大きさに戻る気配もなければ、体から立ち上るヤバげなオーラが消えることも無い。力は得たがそれを使う目的そのものが消失してしまい、ムボシは思わず途方に暮れる。


「というか、本当に大丈夫なのか? だんだん意識がぼやけてくるとか、体が痛むなどの症状はないのか?」


「いや、本当に大丈夫だ。頭ははっきりしてるし、体も別になんとも……まあでかくなってるし変な煙? 光? そんなのが出てるから、これを大丈夫と言っていいのかはわからないけど……」


「ふーむ……」


『それで、貴様は一体この男をどうするつもりなのだ?』


 オーゼンの問いに、ニックは腕組みをして悩みこむ。もし力が暴走していたり理性が蝕まれているなら、最低でも拘束……この場に領主がいることも鑑みれば、おそらく討伐という結論になるだろう。肉体に急激な変化を及ぼすような力は大抵魂を侵食しており、理性を失うほどまで進行してしまえば助けようがないからだ。


 だが体が巨大化し怪しげなオーラを放つとはいえ、完全に理性を残した存在を倒すのは流石にマズい。普通に殺人罪に問われそうであるし、何よりニックとしても寝覚めが悪い。


「今が大丈夫だとは言え、今後もずっと大丈夫だという保証などないからなぁ。その……なんだ。ヤバス? その力の正体もわからぬし、かといって儂がずっと監視するわけにもいかんし……」


「なあ、ニック。弟のことは俺に任せてくれないか?」


「兄貴!?」


「ああ、そうだ。どうしようもない馬鹿野郎で、そんな姿になっちまったけど……それでも俺は兄貴で、お前は弟だ。ならお前の面倒くらい俺が見てやるさ」


 苦笑して言うミツボシに、ムボシの瞳に涙が浮かぶ。


「何かあった時は俺が全部の責任をとる。だから、頼むよ。親父……それに領主様も! お願いします! どうか弟を助けてやってください!」


「兄貴……ごめん、俺……」


「チッ。馬鹿でかい図体になったくせに、こんなことで泣くなよ」


「ごめん。ごめんよ兄貴……」


 変わり果てた弟の背中を、兄の平手がバシバシと叩く。その痛みの奥にある愛情に、弟は巨体を震わせ涙する。その麗しい兄弟愛に、ニックは思わずほろりとなって目頭を押さえた。


「うう、いい話だな……」


『そうか? 我にはムボシという男が勝手に暴走して自滅しただけにしか思えぬのだが……』


 ただ一人オーゼンだけが、ニック以外聞く者のいない世界でムボシのヤバさに突っ込みを入れていた。

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― 新着の感想 ―
[一言] 食い違いが無くて主人公とミツボシが組んでたら、 審査員たちは伝説の食材を最高の調理方法で食べることができたのに なんか最高に美味しい料理を、 量を2倍にしたせいで味を半減させたような結果にな…
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