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料理人父、解説する

「いやー、これはなかなか面白い結果になりましたね! ちなみに得点の方はニックさんが三七点、次ぐミツボシさんが三五点という大接戦――」


「ちょ、ちょっと待ってくれ!」


 司会の男の言葉を遮って、ミツボシが声をあげる。その必死な様相に、流石に司会の男も続く台詞を切ってミツボシの方に顔を向けた。


「はい、ミツボシさん。何でしょう?」


「いや、その……俺は負けた、のか? どうして!?」


「どうしてと言われましても、審査員の方々の採点の結果ですので……」


「何だ、わからないのか? なら俺が説明してやろう」


 自分は一口だって料理を食べていないのだから、負けた理由など司会の男に答えられるはずもない。これは流すべきだったかと苦い顔をした司会の男を救ったのは、老齢の料理人だった。


「親父!? 親父ならわかるってのか?」


「どれだけ混乱してるんだミツボシ……俺達が採点したんだから、わかるに決まってるだろ。


 丁度いい。この後の段取りがどうなってるかは知らんが、ここで俺なりの総評を言わせてもらおう。本来なら最後に言おうと思ってたんだが、不肖の息子はともかく子爵様にまでそんな顔をされては、先に説明した方がいいだろう?」


 言って、イツツボシは横に並んだ特別審査員席に視線を向ける。するとそこにはミツボシほどでは無いにせよ疑問を抱いたニクスキー子爵とマダム・グルメリアの顔があった。


「そうだな。私としてもこの結果は意外だった。是非イツツボシの見解を聞きたい」


「ワタクシも是非聞きたいザーマス!」


「あー、はぁ。子爵様方がそう申されるのでしたら、勿論問題ありません。ではイツツボシさん、宜しくお願いします」


「うむ。承った」


 進行の乱れは気になったが、子爵が許可を出すのであれば何の問題も無い。ホッとした様子の司会の男から音を集めて増幅する魔法道具を渡され、イツツボシはおもむろに解説を始めた。


「まず最初にこれだけは言っておきたいが、声を上げたミツボシと優勝者であるニック以外の三人の料理人。彼らの料理もまたその全てが実に独創的かつ素晴らしい出来映えだった。


 彼らは決して敗北者ではなく、全員が一流の料理人だ。ただそれを上回る味があっただけなのだということは彼らの名誉のためにもここに明言しておきたい」


「うむ、それは当然だな。三人とも非常に美味い肉料理だった。もし我が領内に店を出すというのであれば、ニクスキー家として援助することを約束しよう」


「ワタクシも同意ザーマス。みんなとっても美味しかったザーマス!」


 子爵とグルメリアの言葉に、若干沈みがちだった三人の表情がパッと明るくなる。下に落ちたのではなく、更なる上がいただけ。それは本物の料理人である三人にとって目指す頂が高かったと言うだけの話であり、落ち込む理由にはならないからだ。


「では、それを踏まえて今回の勝負の結果だが……まずは優勝者のニック。彼の出したルベライトオックスの肉は言うまでも無く極上だった。俺の肉料理人生においてもあれより上等な肉など見たことが無い。


 対して、調理技術はお粗末そのものだ。いや、家庭料理なら十分だろうが、料理人を名乗る技量じゃない。少なくとも塩コショウを振って焼いただけのものはこの競技会において加点対象にはなり得ない。つまりニックの評価はそのまま素材に対する評価のみということだな」


 イツツボシが鋭い視線をニックに向けると、それを受けたニックは思わず苦笑いする。


『言われておるぞ?』


「はは。本当だから何とも言えんな」


「対して、ミツボシの料理は素晴らしい出来映えだった。素材としては圧倒的に劣るブラッドオックスの肉だったが、それを調理する技術はまさに圧巻。この俺ですら見惚れる手つきでブラッドオックスの肉を極限より更に上にまで持っていった。


 ニックが素材のみで一〇〇点満点を叩き出したのに対し、ミツボシは劣る素材に料理人の魂を込めて一〇五点を出した。その五点がどれほどの意味を持つか、俺は勿論子爵様やグルメリア婦人も良くわかっている。だからこそ俺と子爵様、グルメリア婦人はお前に一位、満点をつけたはずだ……どうだ司会?」


「あ、はい。そうですね。というか、よくわかりましたね?」


 まだ公表していない配点をズバリ言い当てられ、司会の男が驚きの声をあげる。


「ああ、わかるとも。だからこそ息子は……ミツボシは負けた」


「だから、それはどういう――」


「わからないか? さっき発表された得点から考えると、俺と子爵様、グルメリア婦人はお前を一位、ニックを二位にした。だがそれ以外……一般からの審査員とポルク坊ちゃんはニックを一位、お前を二位にしたってことだ。その理由は……お前が料理の道を探求するあまり、足下を見なくなっていたからだ」


「っ!?」


 イツツボシの指摘に、ミツボシがハッとした顔をする。


「お前の料理は確かに凄い。凄いが……その凄さは日常的に美味い料理を食し、細かな味まで味わい分けることのできる『舌』が育っていなければ感じ取れない。まだまだ子供なポルク坊ちゃんやそもそもそんな美味いものを食い慣れるはずもない一般審査員にとって、お前の料理もニックの肉も等しく『理解できる限界まで美味しい』になってしまっていたのだ。


 三〇点の屑料理と八〇点の美味い飯は誰にでも違いがわかる。だが理解できる味の上限が一〇〇点満点なら、血の滲む努力でそれを超えようと食べる側からすれば一〇〇点以上には感じられぬのだ」


「うっ……で、でもそれなら条件は同じはず。俺の技術を理解できる審査員が三人もいるのに、その他の五人が全員ニックに流れたのは、一体……」


「それもまたお前の驕りだ。お前の使った肉はブラッドオックスの肉。平時ならば十分に珍しく美味い肉だが、奇しくもニックはその肉を使った串焼きを一週間も売り続けた。つまり今この時においてのみ、ブラッドオックスの肉はその希少性が極めて低くなっている。


 対してニックの出したルベライトオックスの肉は正に伝説だ。同じくらいに美味い料理、だが片方は最近安く簡単に食べられる素材で、もう片方は王侯貴族であろうとも生涯口にできぬほどの幻の食材。味覚のみならず触覚、嗅覚、視覚も味に影響するというなら、そういう情報もまた味。どちらを美味いと感じるか……これ以上説明が必要か?」


「……………………」


 一段高い審査員席から見下ろすようなイツツボシの視線に、ミツボシは何も言えない。ギュッと拳を握りしめ俯くその姿に、イツツボシの表情が厳しい料理人の顔から、息子を思う父の顔に変わった。


「なあミツボシ。儂が作った『肉楽天』は、その名の通り肉を楽しむ天国だ。味がいいのは勿論だが、それ以外にも料理を楽しむ方法は沢山ある。味こそ全て、見かけなど邪道と罵る輩もいたが、それでも俺は自分の店に来た客を最高の肉で楽しませるために店を作ったんだ。


 だが、それが変に成功しちまってあれよあれよと高級店なんて言われるようになって、いつの間にか普通の客は滅多に来なくなっちまった。勿論それが悪いわけじゃないが……だが忘れるな。料理人にとって最高の報酬は『美味い』の一言だ。


 それは何も偉い御仁がしたり顔で言う言葉だけじゃない。町にいるごく普通の子供が食べに来て、満面の笑みで『美味い!』と言ってくれたら、それは料理人冥利に尽きると思わないか?」


「親父……俺は……」


「お前は料理人として遙か高みに登った。だがたまには大地に足をつけるのもいいってことだ。誇れ。この敗北はお前にとって大切な糧となる。


 だから顔を上げろ。俺の自慢の息子の成長した姿を、ちゃんとこの目に見せてくれ」


「ああ……っ!」


 涙に濡れた目を真っ赤に腫らし、それでもミツボシが顔をあげる。その堂々たる立ち姿は見る者全ての心を打ち、会場中から温かか拍手が巻き起こった。そこには大興奮してミツボシより顔をぐしゃぐしゃにして拍手を送る役場の受付の男や、勿論ニックの存在も含まれる。


「うーん。いいものを見られたな。やはり子供が成長する瞬間というのは本当に素晴らしい……」


『その点に関しては何の異論も無いが、貴様と歳が大して変わらぬような男を子供扱いするのはどうなのだ?』


「ハッハッハ。細かい事は気にするな。サン婆さんも言っていたが、親にとって子供は幾つになっても子供なのだからな」


『それはそうなのだろうが、貴様が同世代のミツボシではなく父親の方の立場で共感するというのが何とも……まあいいのだが』


「はい! イツツボシさん、素晴らしい話をありがとうございました! それでは表彰式を行いたいと思います。優勝したミ……ニックさん。こちらへどうぞ」


 司会の男が明らかに名前を間違えたが、この流れでは誰も咎められない。間違えられた本人であるニックでさえ思わず苦笑し、そのまま司会の男の方へと歩み出る。


「それでは、ただいまより優勝賞品の――」


「待ったぁぁぁぁぁぁ!!!」


 不意に、それまでの和やかな空気を切り裂く叫び声が会場中に響く。誰もが声の出所に注目するなか、ぱっくりと割れた人混みの空白を歩いてきたのは……


「ムボシ……?」


 役所で騒ぎ追い出された、一人の料理人だった。

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