表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
133/800

料理人、究極に挑む

「何と……何という肉だ……これが幻の肉か……」


「全ての肉が過去になる味ザーマス! これぞ正に究極の肉ザーマス!!!」


「凄く美味しいです!」


 その味にビフォード子爵は思わず絶句し、マダム・グルメリアは感動のあまり肉汁の染みた串まで食べそうになっている。そして子供であるポルクは大口を開けて齧り付きたいのを必死に我慢して、お行儀良く一口ずつ肉を口にしては満面の笑みを浮かべていた。


「うめー! 何だこの肉!?」

「ヤバい。これはマジヤバいって。もう他の肉は食えないかも」

「これに比べたら、今まで私が食べていた肉って……靴底?」


 そしてそれは、一般審査員にしても同じだ。守るべき体裁など存在しない彼らは素直に肉の味に感動し、一心不乱に肉串に齧り付いている。


「これが肉!? いや、これこそが肉か!」

「ああ、僕の体が蕩けていく……この肉汁あいはあまりにも濃厚すぎる……」

「んふぅ……駄目、私もう我慢できない! アガっちゃう! アガっちゃうわぁ!」


 勿論、お裾分けされた料理人達にしても同じだ。むしろ自らが肉を扱う存在だからこそ、その味のすさまじさは一番良くわかっている。ミートゥは肉串を天高く掲げて神の如く崇め、デラビアンテはうっとりと滴る肉汁を愛で、オイリーに至っては一口囓る毎に体をビクビクと痙攣させていた。


「……フッ」


 そんななか、静かな人物が二人。一人は特別審査員の一人であるイツツボシ。彼は一口ずつ丁寧に肉を囓り、じっくりと味わいながら小さく笑っている。そしてもう一人は――


(美味い。美味いが……惜しい)


 生まれて初めて食べるルベライトオックスの肉。だがその味に感動するより前に、ミツボシの脳内では料理人としての自分が姿を表していた。


(確かにとんでもない美味さの肉だ。だがだからこそ勿体ない。肉を切る時の刃物の入れ方、あれはとても最適な角度とは言えなかった。素材の味を活かすと言えば聞こえはいいが、俺ならそれを引き立て、引き上げる味付けができる。火加減だって……)


 素材が最高なのは間違いない。これに勝る肉など今までの生涯を通じて食べたことなど無い。


 だが、それを調理する技術は別だ。ニックがしたのは塩コショウをして焼いただけであり、改善点はいくらでも思いつく。もし今ぶっつけ本番でこの肉を料理してくれと言われたとしても、自分ならばずっと美味い肉料理を作れるとミツボシは確信していた。


「あー、美味しそうですね……くぅぅ、皆さん! 今私は皆さんと同じ気持ちです! 食べたい! 凄く食べたいですが……この希少な食材を食べる姿を見られただけでもよしとしましょう! するしかないです!ニックさん、幻の肉の提供、本当にありがとうございました!


 それではそろそろ最後の料理人に準備をしていただきましょう。満を持して登場するのは、この町一番の名店の現料理長、ミツボシさんです!」


「……来たか」


 お裾分けされたルベライトオックスの肉串をしっかりと味わい尽くしたミツボシが、名を呼ばれたことで席を立つ。簡易調理場へと向かう僅かな道すがら、挑発的な笑みを浮かべるニックを一顧だにせず、ミツボシはただ前だけを向いて歩いた。


「どうでしょうミツボシさん? 伝説、幻、奇跡の食材であるルベライトオックスの肉を出された後ですが、自信の程は?」


「俺は俺にできる全力を尽くすだけだ」


「おお、流石の貫禄! これは期待できます! それでは料理を始めて下さい!」


 司会の男の言葉に従い、ミツボシは保冷の効く魔法の保存箱から己の用意した食材を取り出し、一度目を閉じゆっくりと息を吸う。


(……大丈夫だ)


 強く短く息を吐き、ミツボシの意識は目の前の食材に集中した。選んだ食材は、奇しくもブラッドオックス。もっと高級だったり希少な食材も選択肢にはあったが、無論これを選んだことには意味がある。


(審査員が複数人である以上、個人の嗜好に強く訴える尖った味付けは悪手。ならばもっとも万人受けするのはオックス系の肉。そして値段を無視できるなら、ブラッドオックスの肉が一番美味い)


 一般人は誤解しがちだが、魔物の肉は別に対象が強ければ美味いというわけではない。実際最上位種であるヘルホーンオックスの肉はその力強さを支えるために硬く、相当な手間をかけねば美味しく食べることはできない。


 なので、ルベライトオックスという伝説を除けばブラッドオックスの肉がオックス系では一番美味だというのは肉料理界では常識であった。


(やれる。俺ならできる)


 肉の筋に沿った最適な刃物の入れ方。目には見えない肉の隙間にミツボシはそっとナイフを通して肉を切る。


(俺が培ってきた年月は、そんなに簡単に超えられるものじゃない)


 そうして切り分けた肉に対し、今度は細胞の隙間にいれるように調味液を浸透させ、香辛料を振っていく。一見すれば無造作なその手つきには、彼の積年の修行の全てが込められている。


(ルベライトオックスの肉は確かに美味かった。だがニックは料理人じゃない。ならば素材で負けた分を調理で補えるなら……奴の冒険者としての腕を、俺の料理の腕が上回れるなら……)


 下拵えを終えた肉を火にかける。ただし他の料理人が鉄板の上で肉の方を動かしていたのに対し、ミツボシは見えない鉄板の下で特製の火蜥蜴の皮で作った手袋をはめ、高熱を発する魔石そのものを動かしていた。


 一切の妥協無き火加減の調整。額にびっしりと汗を浮かべ、手袋をしてなお焼け付くような熱さを掌に感じながら、最後の仕上げを注意深く行う。


(俺は……勝つ! 伝説の肉に、俺の腕で勝ってやる!)


「……できた」


 全ての工程を理想通りに終え、ミツボシが完成を口にする。そうして焼けた肉を皿に載せると、未だルベライトオックスの肉の余韻が残っているであろう審査員達の前に配膳していった。


「ふむ? 一見するとごく普通のステーキのように見えるが……まあ食べてみればわかるであろう。どれ……っ!?」


 皿に載ったステーキにナイフを通した子爵が、まずその肉の柔らかさに驚いた。最初の一瞬こそ抵抗があるが、それを超えると正しく空を切るように何の抵抗もなくナイフが沈んでいく。


「これは凄いザーマス。でもこんなに肉汁が溢れるようでは、肉がパサパサになりそうザーマスけど……んほぉっ!?」


 肉汁滴る切り身を口に入れ、グルメリアの顔が驚愕に歪む。あれほど汁が溢れていたというのに、口の中に入れて噛んだ瞬間、更なる肉汁が口内いっぱいに溢れたのだ。


「なるほど。こぼれて見えたのは調味液で、肉汁そのものは一切こぼれてなかったってわけか。大した腕だ……成長したな、ミツボシ」


「親父……」


 ぽつりと漏らしたイツツボシの言葉に、ミツボシはハッと顔を向ける。そこには料理人としての厳しさではなく、愛しい子供の成長を喜ぶ一人の父親の姿があった。


「おお、これもめっちゃ美味いな」

「ホント。すげー美味い」

「どうしよう。アタシ食べ過ぎて太っちゃうかも……」


 一般審査員もまた、ミツボシの焼いた特製ステーキに舌鼓を打つ。そうして全てを食べ終わったところで、いよいよ司会の男が各審査員の最終採点を集計した。


「皆さんお待たせ致しました! 遂に『至高の肉料理競技会』の優勝者の発表です! 八人の審査員がつけた得点、その全てを集計して頂点に立ったのは……」


 司会の男が言葉を溜めるなか、ミツボシは己の勝利を信じて待つ。


(大丈夫。完成した料理の味では決して負けていなかった。これが「料理対決」である以上、俺が、俺こそが――)


「『親父の拳骨』のニックさんです!」


「…………は?」


 呼ばれたその名に、ミツボシは思わず間抜けな声をあげてしまった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
面白い、続きが読みたいと思っていただけたら星をポチッと押していただけると励みになります。


小説家になろう 勝手にランキング

小説家になろうSNSシェアツール
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ