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父、馳走する

「蕩けるような舌触り! それでいてしっかり肉の食感が残っている……あの短い調理時間でよくぞここまで」


「フッ。僕の技術あい筋繊維こころの隙間にスープを染み込ませた……肉は淑女レディと同じなのさ」


「こんなに大きな肉塊なのに、きちんと中まで火が通ってるザーマス。しかも部位事に違う味わい。これはただの肉塊じゃ無いザーマスね?」


「よくぞ見抜いた! これぞ俺の編み出した究極の肉料理! あらゆる種別の肉の最高部位のみを取り出し、それをあえて塊にして焼いているのだ」


「むぅ、パリッと揚げられた食感は歯にも楽しく軽い味わい。それでいて内部に閉じ込められたこの肉汁の濃厚さは……どうだポルク?」


「はい! 凄く美味しいです!」


「ウフフ。大人も子供もみーんな私のナカで溺れさせてア・ゲ・ル、わぁ!」


「ぬーん……腹が減ってきたな……」


 ニックの目の前で次々と完成していく至高の肉料理と、それを美味そうに食べる審査員達。その姿をじっと見続けることで、ニックの腹は今にも鳴り出しそうな程に空腹を訴えていた。


『今日は貴様が作る側であろう。我慢せよ』


「わかってはいるのだが……くそぅ、しかし美味そうだ」


 予選を勝ち残っただけあって、ニックの前に料理をした三人は誰も彼も素晴らしい技術の持ち主だった。それぞれが己の持ち味を最大限に活かし、一般審査員は元より美味いものを食べ慣れているであろう審査員達も唸らせている。


 ただし、賞賛はされても絶賛は無い。それはつまりまだまだ逆転の可能性があるということで……そして遂に、腹の虫が鳴る前に司会の男がニックの名前を口にする。


「ありがとうございました。さあ、続いては四番手、『親父の拳骨』のニックさんの登場です!」


「やっとか! 待ちかねたぞ!」


 周囲からの歓声を浴びつつ、ニックが待機席から立ち上がる。そのまま前調理者のオイリーとすれ違うと、簡易調理場に立つニックに司会の男が声をかけてきた。


「ニックさんは今回唯一、本職が料理人ではない参加者の方ですが、どうですか? これまでの料理を見て」


「うむ。どれもこれも実に美味そうだった。料理の技術という意味では、儂など足下にも及ばぬだろう」


 ニックの言葉に、司会の男が意外そうな顔をする。もし意気消沈しているようなら多少大げさに励ましてでも場を盛り上げるつもりだったが、そんな考えは一瞬で吹き飛ぶ。


「おっと、これは謙虚な発言。ですが……その顔は勝負を捨てている男の顔じゃありませんよね?」


「無論だ! やるからには勝つ。そのための儂の答えが……これだ!」


 腰の魔法の鞄ストレージバッグからニックが取り出した鮮やかな赤紫の肉……宝石のような輝きを放つ肉塊に、その場にいる誰もが視線を釘付けにした。


「これは……何の肉でしょう? この町で長年肉に携わって来ましたが、恥ずかしながらちょっと見当がつきません」


「ンマァー! 何て美しい肉ザーマス!?」


「これは……私も見たことが無いな。一体何の肉だ?」


「……………………まさか、ルベライト?」


 疑問と歓声に混じって、老齢の料理人がぽつりとその名を呟く。ニックの鋭敏な聴覚はそれをしっかり聞き取ると、ニヤリと不敵な笑みを浮かべた。


「そうだ。これはルベライトオックスの肉だ」


「なっ!? まさか本当に!?」


「ザマス!?」


「……幻の肉。本物を見るのは俺も初めてだ」


 笑顔で肯定したニックの言葉に、特別審査員達が絶句する。


 ルベライトオックスは、オックス系では最上位となるヘルホーンオックスの突然変異種だ。ただし通常の変異種と違い、ルベライトオックスは親となるヘルホーンオックスの弱い・・遺伝子のみを受け継いで生まれるため、その戦闘能力は極めて低い。


 突然変異なので滅多に生まれず、生まれてもすぐに周囲の魔物に狩られて食べられてしまう。そんな魔物だけに肉の入手は困難を極めるが、それに対してその味はこの世のものとは思えないほどの美味とされ、とある国の王に「一〇度王として生まれ変わってでももう一口食べたい」と言わせたほどである。


 当然値段などつくはずもなく、そもそもどれだけ金を積んだとしても余程の幸運が無ければ手になど入らない。ニックにしても今取り出したのは勇者パーティとして通常の冒険者の数百、数千倍の戦闘をこなすなかで偶然に一頭だけ仕留め、当時の仲間内で食べた残りの一塊であった。


「えーっと、申し訳ありません。自分は聞いたことが無いのですが、これは凄い肉なんでしょうか?」


「凄いぞ。ルベライトオックスの肉なんて、一〇〇年に一度世に出回るかどうかだ」


「ひゃ、ひゃくねん!? それは……え、そんな貴重な肉、いいんですか!?」


「はっはっは。勿論だ。というかここで駄目だと言ってこの肉をしまい込んだら、お主達は我慢できるのか?」


 ニックに視線を向けられた審査員達は、ウッとその場で息をのむ。元から価値を知っていた者達は元より、今初めてその存在を知ったであろう一般審査員とて、そんな貴重な肉を食べられる機会を逃したいと思うはずが無い。


「ああ、そうだ。せっかくだから、これは審査員の方々だけでなく、この場に居合わせた他の料理人の者達にも馳走しよう。流石に会場中に配る量は無いが、あれだけ肉を愛する者達であればこれの味を知ることはいい経験になるだろうからな」


「いいのかっ!?」


 ニックの提案に、背後の待機席にいた料理人達からも声があがる。今にも飛びかかってきそうな雰囲気の彼らに、ニックは笑って頷いた。


「構わんとも。いつまでも魔法の鞄ストレージバッグで眠らせていても仕方ないからな。では、早速調理させてもらうか」


 言って、ニックは使い慣れた小刀でルベライトオックスの肉を一口大の大きさに切り分けていく。その一挙手一投足が注目されるなか、ニックはブラッドオックスの時より更に少ない調理手順……それこそ軽く塩とコショウをまぶしたのみで、ルベライトオックスの肉を串に刺し、コンロにかざして炙り始めた。


「うほーっ、美味そうな匂いだ。どれ、一口味見を……」


「あっ」


 暴力的な香りが漂うなか、いい具合に焼けた肉串に齧り付いたニックに、周囲からの悲しみと羨望の入り交じった視線が集中する。それを気にせずニックはもにゅもにゅと肉を噛みしめ……


「美味い! 相変わらず抜群の美味さだな! よし、ではこれで完成だ!」


「えっ、それだけですか!?」


「そうだ。これだけの素材、儂が下手に素人考えで手を加えるより、そのままの味を堪能した方がよいだろうからな。さあ、皆も食ってくれ!」


 驚く司会の男をそのままに、ニックは焼けた肉串を一本ずつ皿に盛り、審査員達と背後の料理人達に渡していく。


「これが……」


「幻の肉ザーマスか……」


 その皿を前に、審査員達が思わず唾を飲み込む。今までの料理からすれば明らかに簡素な……いっそみすぼらしいとすら言える見た目。量も一人前とはとても言えない、肉串一本のみ。


 だが、その価値は凡百の料理を天まで積み上げても比較にならない程に高い。大国の王が生涯求め続けてすらまず届かない、究極の肉。


 恐れるように、確かめるようにその肉に一口齧り付いて……


「「「うぉぉぉぉぉぉぉぉ!?!?!?」」」


 大地を揺るがす歓喜の叫びが、大音響となって広い会場を埋め尽くした。

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