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父、紹介される

「皆さんお待たせ致しました! ただいまより『至高の肉料理競技会』の最終審査を開始致します!」


ワー! パチパチパチパチ!


 大きく場所を取られた中央広場の特設会場。司会進行の男の言葉に周囲から拍手と歓声が巻き起こった。ちなみに司会などの言葉を発する必要がある人物には声を大きくする魔法道具が支給されているため、喧噪の中においても声が聞こえないということはまず無い。


『ある程度予想はしていたが、これほど人が集まるのか!』


「ははは。この手の祭りは庶民にとって最高の娯楽だからな」


 驚愕の声をあげるオーゼンに、周囲の観客に笑顔で手を振りながらニックが答える。注目を集める立場ではあるが、これだけの歓声が響いていればちょっと独り言を呟くくらいでは目立つことも無い。


「さて、ではまず本日のためにお越し頂いた審査員の方々をご紹介致しましょう! まずは皆様ご存じの通り、この競技会の主催者にして提案者、この一帯を治める領主様であらせられる、ビフォード・ニクスキー子爵様です!」


「うむ。勇者様に供するに相応しい最高の肉料理を提供してくれることを期待しているぞ。存分に腕を振るってくれ」


 遠目でもわかるパリッとした貴族服に身を包んだ壮年の紳士が、穏やかな笑みを浮かべつつ言う。その様子や周囲の観客の反応を見ても、この町と領主との関係はなかなかに良好のようだ。


「ありがとうございました。それでは続いて、子爵様の嫡男であらせられる、ポルク・ニクスキー様です」


「ぽ、ポルクです! 一生懸命頑張りますので、宜しくお願いします!」


 紹介された一〇歳ほどだと思われる少年は、緊張の面持ちでそう言うとペコリと頭を下げた。それを見た子爵の眉がピクリと動いたが、ポルクがそれに気づく様子は無い。


『育ちとしつけの良さが却って徒となったか。軽々しく頭を下げるなと後々に怒られるのかも知れんな』


「何とも面倒な事だ。もしフレイがあの場で同じ事をしたなら、緊張に負けずによく言えたと褒めて褒めて褒めちぎるところだがな」


 オーゼンの言葉に、思わず苦笑いを浮かべるニック。その間にもドンドンと紹介は進んでいく。


「続きましては、世界各地を転々とし様々な肉料理を食べ歩く美食家、マダム・グルメリア様です!」


「普通の肉は食べ飽きたザーマス! だからこそ今日はワタクシも知らないような未知の料理を期待しているザーマス!」


 特徴的な口調で話す女性は、以前ニックの店にやってきた人物だった。流石に今はペットの狼は連れていないようだが、貫禄のある腰回りは見間違えようも無い。


「おお、あのご婦人、審査員だったのか」


『不思議な縁……いや、あんな目立つ人物が一般参加者であることの方が意外か? これは貴様にとって優位に働くのではないか?』


「まさか。あの手の御仁は情を審査に挟んだりはせんよ。儂としてもそんなものは望まんしな」


「そして、最後の特別審査員はこちら! この町が誇る最高級店である『肉楽天にくらくてん』の前経営者であり料理長であった、イツツボシさんです!」


「イツツボシだ。今日は宜しく頼む」


 顔に深い皺を刻む老齢の男が、年季の入った低い声で挨拶をする。審査員席に座ってはいるが、その存在感は今日ここにいるどんな料理人よりも料理人であった。


「親父……」


 そんな男を前に、ニックの側にいたミツボシが小さくそう呟く。普通ならばとても聞き取れない程の小声だっただろうが、規格外のニックの耳にはしっかりとその音が入ってきていた。


「ふむ。ミツボシ殿の親父殿か。確かに雰囲気が似ておるな」


『審査員が親というのはどうなのだ? 普通ならば問題になりそうだが』


「ま、儂等が気にすることはなかろう。儂があのご婦人に贔屓されるよりもあり得ん可能性だしな」


 町に根付いた老舗の名店。その長年築き上げてきた「信頼」という最高の財産をこんなところで切り売りするような人物であれば、そもそもここに呼ばれたりはしなかっただろう。ニックのそんな判断に、オーゼンもまた無言で同意する。


 そして、それは会場にいてミツボシとイツツボシの関係を知る者達にしてもそうであった。故に知らぬ者は知らぬままに、知っている者も気にすること無く祭りは続いていく。


「その他の四名に関しては、幸運にもくじ引きで選ばれた一般審査員の方々です。自らの運の良さを噛みしめつつ、五名の料理人による至高の料理を是非とも堪能していってください」


「紹介雑じゃね?」

「うおー! タダ飯最高ー!」

「よ、宜しくお願いします!」

「楽しませて頂きます」


 司会の男の一括紹介に、四人の男女がそれぞれ思い思いの言葉を口にした。とは言え個別に拾われたわけでもないので、拡声の魔法道具があってなお四人の声は喧噪に紛れてしまっていたが。


「それでは続いて、選ばれし五名の料理人の紹介に入ります。まずは屋台なのにあえて大きな肉の塊を調理して提供した『肉塊魂にくかいだましい』のミートゥさんです! 最終審査でもその大胆な発想が期待されます」


「俺は肉に出会う為に生まれてきた!」


 まるで山賊のような顔つきの男が、豪快に叫ぶ。


「続いては、蕩けるほどに柔らかい肉のシチューを提供した『肉帯美にくたいび』のデラビアンデさん! 繊細な技術力が光ります」


「フッ。今日も僕の指先が美しく調理してあげよう」


 眉目秀麗な優男が、やわらかい金髪をかき分けて笑う。


「続いては、大量の油で肉を揚げるという変わった手法を用いて勝ち上がった、最終審査に残った唯一の女性料理人、『愛裸婦油アイラブユー』のオイリーさんです! 今回もまた揚げるのか、はたまた……?」


「ウッフン。貴方のお肉も、私が優しく包んでア・ゲ・ル」


 まるで娼婦のような薄衣に身を包む女性が、官能的な声で囁く。


「続いては……っと、こちらは紹介不要でしょうが、一応。この町に住んでいるなら一生に一度は行きたいと言われる最高級店『肉楽天』の現経営者であり料理長である、ミツボシさんです! 優勝候補筆頭としてどのような料理を見せてくれるのでしょうか?」


「店の名に恥じないよう、全力を尽くそう」


 強い意志を宿した顔つきの男が、真っ直ぐに言い放つ。


「そして最後は、最終審査に唯一『冒険者』の枠で残った、『親父の拳骨』のニックさんです! 予選では冒険者の強みを活かし、希少なブラッドオックスの肉を自前で調達することで格安販売することで人気を博しました。今回はどんな素材が飛び出すのか? これは注目です!」


「ガッハッハ! 期待してくれていいぞ? とっておきを用意しているからな!」


 そして最後に、身の丈二メートルを超える筋肉親父が高笑いする。その表情はいつも通り自信に満ちあふれているが、その根拠が何であるかは今は本人にしかわからない。


「では、具体的な審査方法を発表します。これから皆さんにはお一人ずつ料理を作ってもらい、全て食べ終わったところで審査員の方々に順位をつけていただきます。その後一位は五点、二位は四点……という感じで採点し、全審査員からの総合得点が一番高かった方が優勝となります。


 なお、特別審査員と一般審査員で評価点の差はありません。ただし同点だった場合のみ特別審査員が高得点をつけた方が優先され、それでも同点だった場合は主催者であるニクスキー子爵様がもっとも高評価した方が優勝となります」


「ほぅ。これは面白いな」


 司会の男の言葉に、料理人達の間で声が上がる。この手の競技会の場合、普通は貴族や豪商など金と権力を持つ人物の意見が優先されるのは当然だ。だというのにこの競技会ではギリギリまで他の一般人と同じだと言う。


「領主様を一点狙い撃ち、みたいなのは駄目ってことだねぇ。確かに料理はみんなに愛されてこそさ!」


「でも、同点まで考慮するならやっぱり領主様の好みに合わせるべきかしら? ウフフ、ヤりがいがあるわぁ」


「小細工など無用! 肉は塊! 大きいことはいいことだ!」


 それぞれの言葉でやる気を見せる料理人達。唯一ニックだけは料理人ではないわけだが、その気持ちに変わりは無い。


「まあ、儂は儂にできる美味いものを提供するだけだ」


『貴様という男は、本当に……まあ貴様は料理人ではないのだから、考える余地も無いのだろうがな』


「わかっているではないかオーゼン。手札など端からひとつ。ならば迷いも憂いも何も無いわ!」


 余裕の顔つきのニックを、ミツボシがそっと横目で見つめる。だがその視線をニックが見返すより前に、司会の男が再び声を張り上げた。


「それでは、順番を決めるくじを引かせていただきます。最初の料理人は……この人だ!」

なお、デラビアンテはフランス語で「肉」です。

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