父、手続きをする
「何故だ!? 何故俺の店が上位五位に入ってないんだよ!?」
「そう申されましても……」
上位入賞を果たし最終審査に残ったニックが役所へと手続きに行くと、そこの窓口では大声で騒ぎ立てる壮年の男性の姿があった。血気盛んに騒ぎ立てる男にニックのみならず周囲の視線が集中するが、かといって何ができるというわけでもない。
「何というか、大変だな」
「あはは。お騒がせして申し訳ありません……それで本日はどのようなご用件でしょうか?」
「ああ、競技会で入賞したから最終審査のことを聞きに来たのだ。『親父の拳骨』のニックという者なのだが」
「お前かぁ!」
喧噪を尻目に手続きをしようとしたニックに、不意に先ほどまで騒ぎ立てていた男が怒鳴り声をあげながら詰め寄ってきた。
「うおっ!? 何だいきなり?」
「お前が! お前がブラッドオックスを不当に安値で売りさばいたから! そのせいで俺は! 俺は!」
「いや、おい、待て! これは……どうしたことだ?」
男の拳がニックの胸をドンドンと叩く。だが当然その程度でニックの体が揺るぐことは無く、また攻撃と言うよりはだだをこねる子供のような動きだったため、ニックの顔に戸惑いが浮かぶ。
そんな二人の間を切り裂いたのは、背後からの鋭い一喝。
「やめろムボシ!」
「兄貴!? でもこいつが、こいつのせいで……っ!」
「お前だってわかってるだろ! さあ、今日はもう帰れ」
「くっ……俺は絶対にお前なんか認めないからな!」
そんな捨て台詞を吐いて、ムボシと呼ばれた男がその場を去って行く。そうしてその場に残ったミツボシは、ニックに向かって深々と頭を下げた。
「不肖の弟がすまなかったな」
「おお、ミツボシ殿か。それは構わんが、今のは一体……?」
「ああ、アイツは俺の弟でな。今回の競技会に参加してたんだが、最終審査に残れなくて……しかもアイツの作っていたのが、人気の無いブラッドオックスの肉を使った料理だったから、尚更な」
「なんと、そうだったのか……」
ミツボシの説明に、ニックは思わず言葉に詰まる。
「アイツもわかってるんだ。俺達料理人は技術を磨いて安い食材でも美味い料理に変えられる。それと同じようにアンタ達冒険者は戦闘力を磨いていて、俺達が高い金を払わなきゃならない食材を自力で調達して安価で販売できる。
それは不正なんかじゃない。正当な努力の対価だ。もし俺の料理に『ちょっと肉を切って焼くだけで一〇倍の値段で売れるとかぼったくりもいいところだな』なんていちゃもんつけてくる奴がいたら、俺だってぶん殴るしな」
「うむ。研鑽は目に見えぬものだからな」
「だから、俺はアンタを認めてる。あれだけの量のブラッドオックスをあんな値段で売っても大丈夫なくらい強い冒険者であるアンタをな。弟の料理はアンタの肉串の一〇倍は美味かったが、値段は三〇倍だったからな……ブラッドオックスの仕入れ値を考えればそれでも妥当ではあったんだが」
「そうか……ならば儂は何も言うまい。何を言っても上からに聞こえてしまうであろうからな」
「ああ、そうしてくれ」
ニックの言葉に、ミツボシは苦笑いを浮かべて答える。実際ニックがどれだけ言葉を尽くそうとも今のムボシには逆効果であろうし、ましてや謝罪などしたらそれこそ全力を出したムボシに対する侮辱になってしまう。となれば言えることなど何も無く、放置が最善であることはミツボシにもわかっていた。
「とは言え、最終審査は予選と違って純粋な味の勝負だ。正直アンタに勝ち目があるとは思えないんだが……何か考えがあるんだろう?」
「ああ。とっておきのがあるぞ」
「わかった。ならそいつを楽しみにしておこう! それじゃ、俺も隣の窓口で最終審査の手続きをしてくる」
「わかった。ではまたな」
軽く手を振ってミツボシが去って行くと、ニックは改めて受付の方に顔を向け直し……何故か受付の男の目がキラキラと輝き、頬が軽く上気しているのが見て取れた。
「凄い! まるでお話か何かの登場人物になったみたいです! うわぁ、何だこれ。ここから何か始まったりしちゃうのか? これは家に帰ったら娘に自慢しないと……」
「あー、盛り上がっているところ悪いが、儂も最終審査の手続きをお願いできるか?」
「あっ、はい! すいません。つい興奮しちゃって。いやぁ、こんなこと本当にあるんですね……っと、では最終審査の方ですけど、行われるのは三日後の朝からです。必要なものがあればその間に調達してください。場所は中央広場となりますので、三の鐘が鳴るまでにおいで下さい。多少は待ちますが来られなかった場合は失格となります」
ちょっとだけ恥ずかしそうにしながらも、受付の男が手に持った紙をペラペラとまくりながら説明をし始める。
「料理に関しては基本その場で作っていただきます。ただし時間のかかる仕込みなどは事前にしていただいて結構です。一応完成品にソースを回しかけるだけでも調理したとは見なされますが、調理過程も審査員の方々の評価対象になりますので、その辺は常識の範囲内でお願いします。
また調理器具に関してはこちらで用意しますが、専門的な道具や使い慣れた刃物などが必要な場合は各自ご用意ください。大きな機材を搬入される場合は事前に申告をお願いします。
審査の順番に関しては公平を期すために当日に発表となります。参加される審査員の方や具体的な審査方法なども当日発表です。
えーっと……このくらいかな? 何か質問はありますか?」
「ふむ……いや、大丈夫だ」
「ありがとうございます。ではこちらの書類に参加する店主さんのお名前とお店の名前をお書き下さい」
少し考え特に質問も思い浮かばなかったニックが、促されて書類に必要事項を書いていく。
「これでいいか?」
「はい、大丈夫です。では当日は頑張ってくださいね! 何かありましたら遠慮無く聞きに来て下さい」
「うむ。ありがとう」
礼を言って役所を後にするニック。そのまま軽く町をぶらついてみると、既に屋台は無いというのに人通りは思ったほど減ってはおらず、町行く人々の顔には未だ冷めやらぬ熱気が感じ取れる。
『ふむ。正しく祭りの前という感じだな。アトラガルドでも大小様々な祭りはあったが、この浮ついた感じはなかなかに心地よいな』
「おお、この良さがわかるとは、流石オーゼンだな。こういう空気は儂も大好きだ」
『人々の顔に期待と希望が満ちている。心に余裕がある証拠だ』
「余裕か……確かに料理の美味さを競うなど、余裕の最たるものであろうな」
勇者パーティとしてニックが回った町や村のなかには、今日食べるものにも困るような人達の住む場所もあった。ニック達にできるのはとりあえずその場で食料を分けたり近隣の魔物を掃討してその肉を与えることくらいであったが、それでも彼らの笑顔はニックの中に強い印象を残している。
「世界中の何処に行っても、このような祭りが開けるくらいに余裕のある世界になったらいいのだがなぁ」
『全くだな。それは遙かに遠い理想だろうが、目指すに値する目標だ。何なら貴様がそのような王を目指してみるか?』
「ははは。よせよせ。儂に王など似合わんよ。それに娘ならば見事魔王を打ち倒し、そんな世界に近づくための一歩を踏み出してくれることだろう。
儂はただの村人だ。そしてそんな儂が今すべきことは、この競技会に勝って魔法の肉焼き器を手に入れることなのだ!」
『はぁ。貴様という奴は……まあ、今はそれもよかろう。我には何をすることもできぬが、精々頑張るがよい』
「おう!」
オーゼンからの応援の言葉を受けて、ニックは改めて三日後の最終審査に向けて気合いを入れ直すのだった。