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父、完売する

「さあいらっしゃいいらっしゃい! 今日が最終日! 珍しいブラッドオックスの肉串が二本で銅貨一枚だよー!」


「いやいやいやいや、待て! 待てよ!」


 何事も無い感じで通常営業をしていたニックの屋台に、微妙に柄の悪い男達の集団が近づいてくる。そんな男達の先頭で声をあげたのは、何処か見覚えのあるひょろっとした男だ。


「む? 何だお主等。欲しいのならちゃんと並べ!」


「そうじゃねーよ! テメェなんで普通に営業してやがるんだよ!?」


「何でと言われてもなぁ」


 いきり立つ男に、ニックはポリポリと頭を掻いて答える。


 ニックが朝やってきた時、確かにここには見るも無惨な屋台の残骸が散らばっていた。だがたかが屋台の瓦礫などニックのパワーを持ってすれば片付けるのはそれこそ朝飯前であり、肉などの重要なものはそもそも魔法の鞄ストレージバッグに入れているので何の被害もない。


 なので問題となるのは代わりの屋台くらいだが、毎年肉祭りを開催していることもあり、不測の事態に備えて予備はきちんと用意されていた。


 もっとも、明らかに故意に破壊されていることもあって、すぐにまた壊されるのではと最初はかなり貸し出しを渋られた。だがそれもニックが破損した屋台を全額弁償し、かつ新たに借り受ける屋台の保証金も払うと申し出た結果二つ返事で了承される。


 無論ニックにしてみれば身に覚えの無いところで大損をしていることになるのだが、元々金には困っていないニックからすればあくまではした金であり、また優勝賞品が金で買えない魔法道具ということもあって、そこは必要経費と割り切っていた。


「糞っ! あれだけ派手に壊したのに、どうなってやがるんだ……」


「兄貴、こうなりゃもう手加減無しですぜ!」


「そうだな。おいテメェ等!」


「「「オウ!!!」」」


 ひょろい男の命令に合わせて、背後に控えていた三〇人ほどの男達が一斉に武器を手にする。剣、斧、短剣から果てはただの太い木の棒まで得物は様々だが、その表情は一様に好戦的だ。


「ふむ? ああ、そうか。どうも見覚えがあると思ったが、この前襲ってきた奴か! というか、あれで懲りておらんかったのか?」


「うるせぇ! この人数を見やがれ! いくらオッサンが強かろうが、これだけの数を相手に勝てると思ってんのか!」


「そうだぜオッサン! 戦いは数なんだぜ! おうお前等、いつもお世話になってる兄貴にいいところを見せる機会だ! このオッサンをボコボコにして、こいつが独占してる甘い汁をペロペロさせてもらおうぜ!」


「ヒャッハー!」


 奇声を上げるごろつき達に、屋台の周囲から人が離れていく。とは言え一定範囲からは下がらないので、祭りを楽しみに来ている者達からすればこれもまた余興に見えるのかも知れない。


『何とも学習能力の無い奴らだな。戦いが数というのは間違っておらぬが、その先……個々の戦力がどれほどに数に相当するのかを判断する能力が無い辺りは、所詮はごろつき風情といったところか』


「はっはっは。どうやら仕置きが足りなかったようだな。いいだろう、かかってこい! 儂がタップリと世の道理というものを教えてやろう!」


「強がってんじゃねーよ! 野郎共、やっちまえ!」


 流石にこれ以上屋台を壊されるのは嫌だったニックが、通りへと歩み出て仁王立ちにてニヤリと笑う。そんなニックにごろつき達が殺到し――


「フン、だらしのない奴らだ」


 三二人の武装した男達が、秒で地面に沈み込んだ。


『ここまで来ると、もはや哀れですらあるな。で、これはどうするのだ?』


「ふむ、そうだな。ここはやはり――」


「こらー! 何を騒いでおるか!」


 先日と違い流石にこれだけの集団が集まったということで、通りの奥から数人の衛兵が駆けつけてくる。そのまま人混みをかき分けてたどり着くと、目の前に広がった意外な光景に思わずその場で足を止めた。


「な、何だこれは!? おいあんた、これはあんたがやったのか?」


「うむ、まあな」


 驚愕の表情を浮かべて問う衛兵に、ニックは曖昧な笑みを浮かべて答える。そのままありのままに事情を説明すると、その衛兵がすぐに側にいた他の衛兵に指示をだし、到着した増援と共に次々と倒れた男達を肩に担いで連行していった。


「お手柄だ店主。コイツらには俺達も随分手を焼いていたんだ。だが直接手を出したりせずあくまで嫌がらせに留めていたせいでなかなか逮捕もできず……とは言え、あんまり無茶をするのは感心せんぞ?」


「ははは。そうだな、気をつけよう」


 忠告をする衛兵に、ニックは乾いた笑いを返す。


『やはり先日貴様が先に手を出したのはマズかったのか。よかったな、逮捕されなくて』


「むぅ」


「ん? どうかしたか?」


「いやぁ、何でもない! 何でもないぞ! ハハハハハ!!!」


 オーゼンの皮肉にポスンと鞄を叩くことで応え、ニックはひたすら笑って誤魔化しながら衛兵とのやりとりを終えた。


(ふぅ。一度家に帰ったせいか、つい村の悪ガキにするような対処をしてしまった。気をつけねばならんな)


 内心そんな反省をしつつ、ニックは屋台業務に戻る。刃物が抜かれたにしては血が流れることもなく迅速に事件が解決したこともあり、幸いにして周囲の客も去ってはいない。それどころかニックの活躍に喝采を送る者もいて、最終日もまた順調に肉串は売れていく。


「さあさあ、今日で一般の部は最後だ! みんなどんどん買ってくれ!」


「今だけ! ウチの特大肉団子が食べられるのは今だけだよー!


「ブラッドオックスの肉串だ! 普段は出回らないこいつが気軽に食えるのはあと少しだぞ! さあ買った買った!」


 最後の追い込みとばかりに、何処の屋台も呼び込みに力を入れる。無論ニックもその一人で、手際よく肉を焼きながら通りに向かって声を通していく。


『ぬぅ、我も何か手伝えればいいのだがな』


「ガハハ。気持ちだけで十分だ。さあ、残りはあと一〇本だ! 早い者勝ちだぞ!」


「間に合った! おうオヤジ、俺に六本くれ!」


「あ、僕も! 四本ください!」


「毎度あり! これにて『親父の拳骨』は完売御礼だ!」


 最後の肉串が売れ、ニックが高らかに宣言する。それと同時に周囲から拍手が巻き起こり、ニックは満面の笑みを浮かべながら額の汗を拭った。


「ふぅ、やりきったな。後は結果を待つだけか」


『そうだな。これだけ売れていたなら十分勝ち残れそうだが、他の店を見る余裕がなかったのが悔やまれる』


「ま、仕方あるまい。余所を気にして自分の屋台を空けるようでは本末転倒だからな」


 売り物が無くなり人が去ったところで、ニックは後片付けをしつつオーゼンと会話を交わす。そのまま屋台を役所に返し、宿に戻って一休み。眠って目覚めて朝になり、すっかり屋台のなくなって広々とした中央通りを進んでいけば、そこには巨大な掲示板に参加した全ての店の名前と順位が張り出されていた。


「おお、これは壮観だな」


『今更だが、これはどうやって結果を集計したのだろうな?』


「さあな。そう言えば壊れた屋台の残骸に見慣れぬ魔法道具が混じっていたから、あれで調べたりしていたのかも知れんな。まあこんなところでケチをつけたりはすまい。それで結果は……おおっ!」


 ずらっと名前の羅列された掲示板。その五番目と六番目の境には太く赤い線が引いてあり、その上が最終審査に残った店だと表記されている。そして赤線のギリギリ上、五番目の部分には『親父の拳骨』の名前が刻まれていた。

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