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父、戯れる

 五日目。その日もニックの前には、一風変わったお客が現れた。如何にも高級そうな衣服に身を包み、鎖に繋がれた狼の魔獣を引き連れた中年女性が、僅かに客の途切れた隙間時間にやってくる。


「ここが珍しいお肉を売っているお店ザーマスか?」


「うん? 絶対とは言わんが、おそらくはそうだぞ。うちで売っているのはブラッドオックスの肉串だからな」


「そうザーマスか。では肉串を一本いただくザーマス」


「あー、いや、すまん。うちは二本で銅貨一枚なのだ。一本だけとなると差額は返せないのだが、それでも構わんかな?」


 申し訳なさげな表情で言うニックに、貴婦人の顔に不信感が滲み出る。


「……ブラッドオックスにしては随分と安いザーマスが、本当に大丈夫なんザーマスか?」


「勿論! 味は好みもあるだろうが、鮮度と品質は保証しよう!」


「それなら、二本もらうザーマス」


「毎度!」


 いぶかしげな貴婦人に対し、ニックは威勢良く返事を返して手早く肉串を焼き始める。本来ならばこういう僅かな空き時間にいくつか焼いておけばいいのだが、注文が入ってから焼くのがニックの小さなこだわりだ。


「おまちどお! 熱いから気をつけてくれ」


「わかったザーマス。ほーらチャッピーちゃーん! 肉串ザーマスよー?」


「わふん!」


「む!? ちょっと待て!」


 ニックから焼きたての肉串を受け取った貴婦人がそれを連れていた狼に与えようとしたところで、ニックは慌てて声をかけた。


「何ザーマスか? ワタクシの買ったものをどうしようと――」


「そうではない。いいからちょっと待つのだ」


 あからさまに不機嫌になった貴婦人を余所に、ニックは魔法の鞄ストレージバッグから下味をつけていない生肉を取り出し、それを少し大きめに切ってから串に刺して焼いていく。そうしていい頃合いを見計らうと、焼けた肉を串から外し、簡易的な皿の代わりによく使われる大きな木の葉の上に並べて差し出した。


「ふむ、こんなものか。ほれ、その狼にやるのなら、これにするのだ」


「どういうことザーマスか? ウチのチャッピーちゃんにあげるのは普通の肉では勿体ないと?」


「違う違う。野生の動物……それともテイムした魔物なのか? どっちでもいいが、そういうものには人間と同じ味付けは味が濃すぎて、食いつきはよくなるが体には悪いという話を聞いたことがあったのでな。であればこっちの方がよかろう?」


「……そうなんザーマスか? なら、ほらチャッピーちゃん! お肉ザーマスよー?」


「わふん!」


 改めてニックに手渡された肉の載った木の葉を受け取り、改めて従魔の前にそれを置く貴婦人。すると従魔の狼はご機嫌な様子で肉に齧り付き、嬉しそうに尻尾を振りながら次々と平らげていく。


「おお、いい食いっぷりだな! どれ、端肉がいくらかあるから、それも焼いてやろう」


「わふん!」


 つぶらな瞳で見上げてくる狼に、ニックも何だか嬉しくなって追加で肉を焼いていく。そんなニックの様子を、貴婦人は不思議そうな顔で見ていた。


「アータ、随分変わった人ザーマスねぇ」


「む? そうか?」


「そうザーマス。今日まで色々なお店を回ったザーマスが、チャッピーちゃんにあげようとすると露骨に嫌な顔をする店が多かったザーマス。場所によっては『俺の料理を畜生如きに食わせるのか!? 嫌がらせなら他でやってくれ!』と追い出そうとした店主までいたザーマス」


「ふーむ。まあ人の考え方は色々だからなぁ。儂からすれば、人だろうと獣だろうと美味いものを食いたいと思うのは当然だし、自分の作ったものをそれだけ美味そうに食ってくれれば十分に嬉しいが。ほれ、できたぞ!」


「わふ! わふん!」


 追加で焼けた肉をニックが手ずから葉っぱの皿に盛ってやると、狼は音がしそうな勢いで尻尾を振りながら新たな肉にかぶりついた。その愛らしさは筆舌に尽くしがたく、見ているニックも幸せな気分になる。


「それに、この狼は随分と大事にしているのだろう? 毛並みもいいし、何より瞳に怯えの色が無い。ただ鎖に繋いで従えているだけではこういう顔にはならん。なら美味いものを食わせてやりたいとお主が思うのももっともだ」


「わかるんザーマスか?」


「ま、何となくはな。儂も昔馬に乗っていた時期があったが、馬というのは実に賢く可愛いものだ。こちらの事をしっかりと理解しておるし、手をかけ目をかけてやればそれに応えてくれる。色々あってやむなく手放したが、彼奴らのために美味い飼い葉や人参を調達したのは、なかなかに楽しい思い出だ……ふふっ」


 ニックの脳裏に蘇るのは、フレイと共に旅に出て間もなくの頃。ニックはともかくフレイはまだまだ弱く、当時は馬に乗って移動していたのだ。その時乗っていた馬に尻を小突き回されていた小さなフレイの姿を思い出し、ニックは思わず笑い声を漏らす。


「アータ、やっぱり変わった人ザーマス……このお店の名前と、アータの名前を教えて欲しいザーマス」


「ん? この屋台は『親父の拳骨』で、儂は店主のニックだ。まあ別にどこぞに店を出すつもりはないから、明日までの店主だがな」


「そうなんザーマスか? アータが店を持ちたいというなら、ワタクシが援助してもいいザーマスよ?」


「いやいや、儂は店を持てるほどの料理人ではないさ。今回の競技会はちょいと優勝賞品に興味があったから参加させてもらったがな」


「そうなんザーマスか。ならまあ、精々頑張るといいザーマス。ほら、そろそろ行くザーマスよチャッピーちゃん」


「わふん!」


「応援よろしくなー!」


 プリプリと尻を振りながら去って行く貴婦人に、ニックは最後にそう声をかけて見送った。その後はすぐに他の客がやってきて、ニックは再び肉を焼く作業に勤しむ。


『貴様を変わった……と称していたが、あの客も負けず劣らず変わった者だったな』


「そうだな。随分いい身なりであったし、どこぞの貴族婦人がお忍びで散歩をしていたと言ったところか。あの狼も、おそらく子供の時から従魔とするべく育てたものであろう」


 そんな商売の合間合間に、ニックはこっそりオーゼンとの会話も楽しむ。幸いにして周囲は喧噪に包まれているため、下を向いて肉を焼いている時ならば小声で話す分には誰かに聞きとがめられることもない。


『そうなのか? その辺は我にはわからぬところだ』


「あの手の魔物は自分より弱い相手には絶対に懐かぬ。唯一例外として生まれたばかりの頃から世話をした場合のみ餌を与えてくれる相手を自分より上位と認識するのだが、あのご婦人が強いとは思えぬからな。おそらく子供の頃から世話をしていたのだろう。人を警戒しておらぬのもその辺の影響だな」


『その割には貴様の言った「人と同じ味付けは体に悪い」ということは知らなかったようだが?』


「そりゃ貴族のご婦人……当時ならご令嬢か? それが自分で餌を用意するはずがあるまい。それに魔物は人を襲ってその荷物、食料を漁ることなど珍しく無いからな。余程常食しなければ体に影響など無いのだろう。


 ま、儂も専門家ではないから本当のところはわからんがな」


『なるほど、そういうことか。しかし貴様といると、本当に退屈せんな』


「そいつは何よりだ。ほい、おまちどお! 肉串四本だ! 熱いから気をつけるのだぞ?」


「うほっ、うまそー! ありがとなオッチャン。はい、お代」


「確かに。毎度どうも! では、お次の方、どうぞ」


 大きな掌に落とされた二枚の銅貨を確認し、ニックは笑顔で礼を言いつつ次の客の対応にうつる。そのまま五日目を無事に乗り切り、いよいよやってくる運命の六日目。いつもの通りに屋台の場所へと歩いていったニックの目の前にあったのは……粉々に破壊された屋台の残骸であった。

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