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父、拳骨を落とす

「組む?」


 突然の提案に、ニックはオウム返しに問い返す。するとその反応を脈ありと判断したのか、ミツボシは上機嫌で言葉を続けた。


「そうだ。自分で言うのも何だが、俺はこの町じゃ一番の料理人だ。今回の競技会にも優勝できる自信がある。が、俺はあくまで料理人だ。素材の調達は冒険者に頼まなきゃならない。


 そこでアンタだ。ブラッドオックスを平然と狩ってこれるアンタなら、もっと凄い、珍しい魔物の肉を調達できるんじゃないか?」


「そりゃまあ、できるかできないかで言えばできるが……」


「そうか、できるのか! やっぱり俺の目に狂いは――」


「いや、待て待て! 勝手に話を進めるな!」


 返事も待たずに既にその気になっているミツボシに、ニックは慌てて制止の言葉をかける。だがそれを耳にしたミツボシの顔は不満げだ。


「何だ? 何が気に入らない? ああ、心配しなくても依頼料はちゃんと払うし、勇者様に料理を振る舞う時もきちんとアンタが材料を仕入れてくれたって伝えるぞ?」


「そういうことではない! すまんが、協力はできん」


「……何故だ?」


 不満から不審に表情を変えるミツボシに、ニックは軽く苦笑いを浮かべる。


「何故と言われてもなぁ。儂とて優勝を目指して参加したのだ。ここではいそうですかと辞退してお主に協力する方が不自然ではないか?」


「アンタ、本気で優勝を狙ってるのか? だとしたら……料理を舐めすぎだぜ?」


 更に変わったミツボシの顔には、長年その道を歩いてきた者だけが出せる迫力が満ちる。その辺のチンピラ程度なら裸足で逃げ出しそうな鋭い眼光だが、ニックはそれを余裕の態度で正面から受け止めた。


「別に料理を舐めているわけでも、料理人を馬鹿にしているわけでもない。確かに儂の料理の腕はそれ程大したことはないが……だが絶対に勝てぬとは思わん」


「ほぅ、まだ何か隠し球があるってことか。だがそれでも、俺と組んで確実に優勝することに比べればかなり分が悪いんじゃないか?」


「だろうな。だが、儂にも譲れぬものがある」


 無言で見つめ合うニックとミツボシ。互いに見つめ合ったまま僅かな時間が流れ、先に息を漏らしたのはミツボシの方だった。


「フッ。そうか。そうまで言うなら無理にとは言わない。だが……優勝は俺だ。それだけ大口叩いたからには、ちゃんと最終審査まで登ってこいよ?」


「うむ。楽しみにしておこう」


 挑発するような言葉を残すと、ミツボシはその場を去って行った。その姿はすぐに人の波に消え、何事も無かったかのように周囲の喧噪が全てを洗い流していく。


『なあ貴様よ。何故あの男の提案を断ったのだ?』


 話を終えて肉の仕込みを再開したニックに、腰の鞄からオーゼンが話しかけてきた。流石に三日目ともなると慣れた手つきで一口大に切った肉を木串に刺していきながら、ニックがそれに答えていく。


「ん? 何だオーゼン、お主までおかしな事を。儂の目的は知っておろう?」


『確か、あの魔法の肉焼き器とかいうのが欲しかったのだったな?』


「そうだ。そしてアレは優勝者にしか与えられぬ。儂があの男と組んでしまえば、あの肉焼き器はあの男のものになってしまうではないか! 分割できるようなものではないのだから、アレを手に入れるためには優勝が必須。であれば協力などできないのは当然であろう?」


『そうなのだが……むぅ、まあいいか』


「?」


「親父さん、そろそろ再開する?」


「ん? ああ、すまん! 準備万端だ。すぐに焼けるから待っていてくれ」


 今ひとつ煮え切らないオーゼンの言葉に、ニックの頭の上に疑問符が浮かぶ。だが屋台の外からかけられた声に反応し、すぐに意識を切り替えて休憩を終え、肉を焼き始めた。


 そんな感じで三日目は終わり、明けて四日目。この日も朝から盛況な客の入りだったが、ニックが経営している屋台が平穏無事に商売だけをし続けるはずもない。


「オウオウ、ここか? ブラッドオックスの肉だって嘘をついて安物の屑肉を暴利で売りさばいてる屋台ってのは!」


「そうですぜ兄貴! いやぁ、酷いことをする奴もいるもんですねぇ」


 その日の昼。ニックの屋台の前で突然二人組の男がそんな事を大声でまくし立て始めた。周囲の注目が集まる中、ニックもまた屋台の中から男達に睨みをきかせる。


「何だお主達は?」


「アァ!? うっわ、極悪人の屋台の店主に睨まれちゃったぜ! 怖ぇ! 流石詐欺師なだけはあるぜ!」


「いくら図星をつかれたからって、客を睨むなんて最低の店主ですね兄貴! こりゃ噂通り肉も偽物、ゴブリンよりも糞な肉を使ってるのは確定ですぜ!」


「ハァー……」


 見るからに小悪党な二人組を前に、ニックは大きくため息をついてから屋台の外に出る。


「お? 何だ? まさか暴力なんて振るわないよな? ただ正直に店の感想を言ってるだけの俺達に……ぐがっ!?」


「うるさい! この馬鹿者が!」


 調子に乗った二人組の一人、ひょろっとした体つきの「兄貴」と呼ばれた男の頭に、ニックの拳骨が炸裂する。まさかいきなり殴られると思わなかった男はその痛みに悶絶し、もう一人の背は低いが腹の出た男がすかさず「兄貴」のふらつく体を支える。


「ちょっ!? 兄貴、大丈夫ですか!?」


「ぐぁぁ、イッテェー!? いきなり暴力とかあり得ねぇだろ! みなさーん! この店は素直な感想を言ってるだけのお客に暴力を振るう最低の店ですよー!」


「そ、そうだぞ! 俺達に手を出してどうなるかわかってんのか!」


「知らん!」


「「グハァッ!?」」


 騒ぎ立てる二人組に、ニックの拳が再び容赦なく振り下ろされる。二人揃ってタンコブのできた頭を抑えるが、それでも罵声は終わらない。


「く、くそっ! 何だこのオヤジ!? 善良な一般市民に手を上げるとか、衛兵を呼ばれたいのか!?」


「人の店の前で嘘の罵声をまくし立てる奴が、善良な市民や客であるわけなかろう! むしろ何故それで怒られないと思ったのだ!?」


「ぐぅぅ……」


 殴られた男達にとって、今までであれば自分達がどれだけ騒いでも精々店の主人から辞めてくれと抗議の言葉をかけられる程度だった。罪を犯したわけでもない、ただ騒いでいるだけの自分達に手を出せば、それこそ店の側が悪いことになるからだ。


 だからこそそれを利用し、今回もちょいと嫌がらせをして「格安でブラッドオックスの肉を仕入れている謎のルート」を手に入れて一儲けしようとしていたのだが、ニックが一切の躊躇無く自分達の頭を殴ってきたことで、その計画は一瞬にして破綻した。


 勿論、この時点で衛兵を呼べばニックを捕まえてもらうことはできたかも知れない。だが後ろ暗いところが多いのはどう考えても自分達の方であり、衛兵になど関わりたいとは思わない。おまけにそれでニックが捕まったとしても、自分達の懐には銅貨一枚入りはしない。


 であれば、どうするか? 小悪党らしい短絡的な思考はあっさりと法を破らせ、ひょろい男が腰に下げた剣をすらりと抜き放つ。


「うるせぇ! こっちが大人しくしてりゃいい気になりやがって! いいから黙って言うことを――」


「ふんっ!」


「ゲピッ!?」


「あ、兄貴ぃぃぃぃ!? よ、よくモペッ!?」


 本来ならば自分達の専売特許であるはずの暴力。だが竜の咆哮にさえひるまないニックが町のチンピラに臆することなどあるはずもなく、その拳はひょろい男の脳天に三段目のタンコブを作り上げた。


 それを見てすかさず太い男も剣を抜こうとしたが、当然そちらもニックの拳骨によりあっさりと大地に沈む。結局周囲の人間が悲鳴を上げる暇すらなく、二人組のチンピラは仲良くその場で失神することになった。


「全く。しばらくそこで反省しておれ。さあ、騒がせて悪かったな! 今買ってくれたら、お詫びに肉串を一本おまけしよう!」


 のびた二人組をヒョイと持ち上げ邪魔にならない通りの影に投げ捨てると、ニックが笑顔でそう言い放つ。それに対して驚き戸惑い立ち去る客もいたが、意外なことに笑いながらその場に残る者の方がずっと多い。


「いやぁ、親父さん凄いね! あいつらこの辺じゃちょっと名の知れた悪党なんだが……報復とか大丈夫かい?」


「なーに、あんな奴ら一〇〇〇人来ようが相手にならぬわ! その時は全員まとめて根性をたたき直してやろう!」


「そりゃあいい! 久しぶりにスカッとしたぜ! 肉串を四本くれ!」


「あいよ! じゃ、約束通り一本のおまけで、五本だな」


「屑を掃除してくれたばかりか肉串までもらえるとは、今日はいい日だぜ!」


「ハッハッハ。そうかそうか……はいお待ち! 熱いから気をつけるのだぞ?」


 結局屋台や串焼きにケチがつくこともなく、ニックは四日目も無事に売り上げを伸ばすのだった。

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