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父、確保する

「ヌハハハハ! もっとだ! もっと肉を寄越せぇ!」


「ブモォォォォォォォ!!!」


 豪快な笑い声を上げながら平原を疾走する、身長二メートル超えの筋肉親父。やたら派手な赤と緑の残像が過ぎ去った後には、死屍累々たる肉の山。


『おい、流石にこれはやり過ぎではないか?』


「そんなことあるまい? 精々一〇〇か二〇〇くらいしか倒していないぞ?」


『それを精々と言うのは貴様だけではないか!? というか、こんなに乱獲したら他の冒険者達が困るのではないか?』


 派手に暴れ回るニックに対し、わかりやすい懸念を問うオーゼン。だがニックはチッチッチッと指を振ると、わかりやすいドヤ顔で答える。


「甘いなオーゼン。儂とてそのくらいの配慮はしておる。この辺で肉と言えば、基本的にはマッドオックスの肉だ。だが今儂が狩ったのはその上位種であるブラッドオックス。倍以上強いというのに肉のうまさは三割増しということで、正直あまり人気の無い魔物なのだ」


『そうなのか? いやしかし、競技会などというものが行われるのであれば、効率が悪くてもより美味い肉を得ようとする者もいるのではないか?』


「それは勿論そうだろうが、その程度の量は当然残してある。そもそも希少な魔物というわけでもないのだから、この数倍の数を毎日狩るのでもなければ生態系に影響など出るはずも無いしな」


『……言われてみれば、まあそうか』


 ニックの説明に納得するオーゼン。実際何らかの病気や気まぐれな上位捕食者の到来などで数百単位で魔物が死ぬなど割とあることであるし、そもそも一人の冒険者の戦果としては破格であっても、世界中にいる何万という冒険者の活動からすれば、たかだか二〇〇の魔物などそれこそ誤差の範囲でしかない。


『我としたことが、どうにも貴様に毒されてきている気がする……そろそろ普通というか、平均的な価値観をしっかりと見直さねばならんな』


「はっはっは。よくわからんがまあ頑張れ……うむ、やはり魔法の鞄ストレージバッグは便利だな」


 話しながらも、ニックは狩った魔物をヒョイヒョイと回収していく。数百キロもあるブラッドオックスの巨体を片手で持ち上げ、それが肩掛けの鞄に吸い込ませるように収納していく様はなかなかに圧巻だ。


『なあ貴様よ。ちょっとした疑問なのだが、何故貴様はいちいち魔物の死体を持ち上げて鞄に入れておるのだ?』


「は? 言ってる意味がわからんが……中に入れるのだから、こうするのが当然であろう?」


異空間収納目録インベントリ……いや、もうこの世界の常識に合わせて魔法の鞄ストレージバッグと呼ぶべきか? それが我の知るものと同じであるなら、手を触れて「収納する」という意思をはっきりと発現すればそれで中に入るはずだが?』


「そうなのか!? どれ……おぉ!」


 オーゼンに指摘され、その辺に転がっていたブラッドオックスの死体に手を触れ「鞄に入れ」とニックが念じると、その巨体がフッと目の前から消失する。特に手応えなどがあるわけではないが、状況からして魔法の鞄ストレージバッグに入ったのは確実だ。


『ちなみに、出す場合も同じように手をかざした場所に出現させることができるぞ』


「なんと! こんな便利な機能があったとは……」


『その驚きようからすると、貴様が知らないだけではなく、魔法の鞄ストレージバッグに関する知識そのものが失われているということか』


「で、あろうな。儂はともかく、普通は大きな魔物を入れるときは鞄を外して口の部分を対象に押しつけるようにして入れておったはず。出すときはあらかじめ手で対象を掴んで、地面の上に引っ張り出す感じだな」


『随分と不便な使い方を……いや、それでも十分だったのか』


「うむ。こんな小さな鞄にこれほど大量の物が入るなど、今の時代にはあり得ぬからな……っと、これで全部か」


 新たな発見と共に魔法の鞄ストレージバッグの有用性を確認したところで、ニックは合計一七六匹のブラッドオックスの死体を収納し終えた。ちなみにこれだけの大質量を保存できるのは、ニックの持つ魔法の鞄ストレージバッグが現在発見されているなかでも最大級の収納量を誇る一品だからであり、世界に七個しかない最高級品だからだ。


「よしよし。これだけあれば競技会中に尽きるということはあるまい」


『明らかに多すぎると思うが……にしても意外だな。てっきり貴様であればドラゴンでも狩ってくるかと思ったが』


「ドラゴンか……あれは確かに珍味ではあるが、正直それ程美味くはないぞ?」


『そうなのか? それはちょっと興味があるな』


 味覚の存在しないオーゼンが、珍しく料理に興味を持つ。だがそれに答えるニックの顔は、何とも微妙なものだ。


「ドラゴンはなぁ……鱗が硬いせいでそぎ落とすのが大変であるし、その下にある皮すら煮ても焼いても硬すぎて食えぬ。当然肉も硬くてな。超一流の料理人が手間暇をかけてじっくり料理すれば美味くなるが、そこまで金と時間をかけるほどの味かと言われるとなぁ……」


 ニックの脳内に、かつてドラゴンステーキを食べた時の記憶が蘇る。名剣すらはじき返す竜鱗は勿論、鏃も刺さらぬ竜の皮膚も当然人が食べられるような硬さではない。


 またその巨体を支える肉はそのほとんどが極太の筋繊維であり、脂肪分が少なすぎてそのままでは硬い上にパサついて味は悪いのだ。


 そういう欠点を補える料理人であれば最高の肉料理とすることもできるが、正直なところドラゴンの肉は「それがドラゴンの肉である」ということに価値を見出す人間以外にとっては金を出してまで食べたいものではなかった。


「儂であれば遠方の地でドラゴンを狩ってくることは出来るが、儂の腕ではドラゴンの肉は調理できん。庶民も楽しむせっかくの祭りに希少性だけが売りの肉など出品しても面白く無いからな。まあそれでもちょっとした切り札・・・はあるが」


 ニヤリと笑いながら、ニックは魔法の鞄ストレージバッグをポスンと叩く。オーゼンの入っている腰の鞄と役目が被っている様に見えるが、肩掛けである魔法の鞄ストレージバッグは戦闘中は邪魔にならないように放り出すことすらあるので、それはそれで問題無い。


『切り札……言い知れぬ不安がわき上がる言葉だな』


「何だその言い方は。心配するな、この魔法の鞄ストレージバッグにはかつて狩ったちょっと美味い肉が入っているというだけのことだ。流石に一般販売できる程の量ではないので最後の審査員用となるであろうが」


『ほほぅ。それも少し興味があるな。一体何の肉なのだ?』


「それは勿論……その時のお楽しみだ」


『ぬぅ』


 悪戯坊主のような顔をするニックに、オーゼンは小さく唸るに留める。秘密と言われると余計に気になるが、それを追及すれば調子に乗ったニックにからかわれるのが目に見えていたからだ。


「何だオーゼン、拗ねたのか?」


『拗ねてなどおらん。言われたところで我に今の時代の魔物のことなどわからぬのだから同じだと気づいただけだ』


「本当にそうか? 何ならちょっとだけヒントを出そうか?」


『いらんと言うておろうに!』


「そうムキにならずともよかろう。あ、なら残しておいた王能百式で、お主も飯が食えるようになってみるか?」


『愚か者! そんなことのために貴重な一枠を使う馬鹿があるか! ほれ、用が済んだならさっさと町に戻るぞ!』


「わかったわかった。では帰るとするか」


 見た目はほぼ手ぶら、だが鞄の中には大量の戦果にく。やるべき事をやり終えて、ニックはオーゼンの為にも走ること無くゆったりと平原を歩いていく。


(フフフ。今は無理でも、いつかオーゼンにも味覚を…………いや、そうか…………)


 内心でオーゼンにも美味いものを食べさせたいと思ったニックだが、自分がオーゼンと共にいられるのは精々数十年。その後も数百、数千年と在り続けるオーゼンに味覚を与え美味を教えることは果たして幸せであるのかという問いにぶつかり、思わず腰の鞄に視線を落とす。


『ん? どうかしたか?』


「……ああ、何でも無い。いつかお主が美味いものを食いたいと思ったならば、その時は遠慮せずに言うのだぞ?」


『訳のわからんことを。我がそのような私欲に流されるわけないであろうが』


「それならそれで構わんがな。お主はお主なりの方法で祭りを存分に楽しむがいい」


『言われずともそうさせてもらうとも。余計な気遣いは無用だ』


「はっはっは。そうだな……っと、本当にもう帰らねばな」


 天には茜の帳が降り、ニックの影が少しずつ長くなっていく。今夜の宿をしっかり確保するためにも、ニックの足取りは僅かに速くなるのだった。

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