父、出場する
遙かに見渡す大平原。遮るものの無い広大な平地の中央に、大勢の人で賑わう大きな町があった。人の声には活気が溢れ、響くのは呼び込みの声と腹の音。くゆる煙に思いを馳せて、いざ征かん食の大海原。肉好きの夢見る理想郷、その町の名は――
「着いたぞ! ここがマールヤッキだ!」
『これはまた、随分と賑やかな町だな』
ツギーノ平原の中央に位置する巨大都市。入町の為の列を乗り越え町に入ったニック達の前には、王都サイッショをすら超えるほどの人混みが広がっていた。
「であろう? この町は平原の中央だけあって交通の便がよく、また街道沿いであれば魔物の脅威もほとんど無い。そのため通常の冒険者や商人のみならず一般の町人でもここに訪れる者がいるくらいだからな。まあ流石にそれは祭りの時期だけではあるが」
『そうなのか!? となると春にやっていた肉祭りの時は、これより更に混むのか?』
「そのはずだが……ふむ、確かに祭りが終わった後にしては人が多い印象だな」
以前にニックがここに立ち寄ったのは、正しく肉祭りの真っ最中であった。人混みをかき分け娘と共に屋台で買い食いをしたりして存分に楽しんだのだが、その時と比べても今の賑わいは遜色が見られない。
「まあ、宿屋の主人か冒険者ギルドにでも行った時に話を聞いてみればよかろう。どうせどちらも顔を出すのだしな」
『だな』
ごく当たり前の結論に達し、ニックは香ばしい匂いを漂わせる無数の屋台の横を通り過ぎ、まずは入口からすぐの場所にあった冒険者ギルドに顔を出した。挨拶をして中に入り、軽く依頼の張られた掲示板を眺めたのち、改めて受付の列に並ぶ。
「いらっしゃいませ。本日はどのようなご用件でしょうか?」
「うむ。儂は銅級冒険者のニックだ。今日町に着いたので挨拶と、あと普段よりかなり人が多い気がしたので、その理由を聞きに来たのだ」
「あれ? ご存じないんですか?」
ニックの言葉に、受付嬢が不思議そうな顔をする。とは言え思い当たることなど何も無いため、ニックは黙って次の言葉を待つ。
「えっと、少し前にこの町に勇者様がいらしていたのはご存じですか?」
「む? ああ、それは一応……話に聞いたくらいだが」
つい先日その勇者パーティの一人と直接話をしたなどと言えるはずもなく、ニックは曖昧にそう答える。その反応に受付嬢は何故か得意げな顔で言葉を続けた。
「ですよね。実は以前にも勇者様がこの町の肉祭りに参加されていたことがあるようなんですが、その時は勇者様が名乗り出なかったということで、何の歓待もできなかったんです。
ですが今回はきっちりと名乗り出ていただき、肉祭りを堪能していただくことができました。でも領主様がそれだけでは不十分だと仰いまして、それで開催することになりましたのが、もうすぐ行われるこの『至高の肉料理競技会』なのです!
詳しいことは広場の掲示板に書いてありますが、要は腕自慢の料理人達が最高に美味しいと思う肉料理を持ち寄り、一番を決めるというお祭りですね。優勝した料理人は自分の作った肉料理を勇者様に食べていただける栄誉と、その他副賞などが贈られることになります」
「ほほぅ。そんなことになっておったのか」
力の入った受付嬢の説明に、ニックは大きく納得の頷きを返す。勇者の父であるニックは当然日常的に娘に料理を食べさせていたわけだが、そうではない普通の人には「勇者に食事を饗する」ことは極めて名誉なことであった。
また、勇者に美味しいと言われたとなれば単純に料理人としても箔が付く。であればこの町の熱狂ぶりは確かに納得がいくものであった。
「ということですので、今は料理の素材入手のための急ぎの依頼も多数張り出されております。銅級の方が受けられるものもありますので、是非ともご協力をお願い致します」
「わかった。検討しておこう。では、邪魔したな」
丁寧に頭を下げた受付嬢に手を振って挨拶をすると、ニックはそのまま依頼掲示板の方へは行かず、ギルドを出て広場へと歩みを進める。
『何だ、依頼は受けんのか?』
「うむ。別に受けるのは構わんのだが、それよりその競技会とやらが気になってな。時期を外してしまったかと思った祭りに参加できるのなら、概要をしっかり知っておく方が依頼を受けるにしてもよいであろう?」
『それは確かに。では先にそちらに目を通すとするか』
オーゼンの同意を得て、ニックは人混みをかき分け、いい匂いを漂わせている屋台から肉串を調達しつつ広場へと向かう。そうしてたどり着いた大きな掲示板の内容を見て、ニックは思わず声をあげた。
「なんと!? 優勝者は『魔法の肉焼き器』がもらえるのか!?」
『魔法の肉焼き器? それは何だ?』
「フフン。聞いて驚け? 見た目は普通の肉焼き器なのだが、そこに串に刺した生肉をセットしてハンドルを回すとどこからともなく軽快な音楽が流れ始め、あっという間にこんがりと焼けた肉が出来上がるという、冒険者垂涎の魔法道具なのだ!」
『何故音楽が? 設計の意図がわからん……とは言え、まあ便利ではある、のか?』
「便利どころではない! 長期間を野営で過ごす冒険者なら誰もが求める幻の品なのだぞ!」
『そ、そうか』
勢い込むニックに、思わずたじろぐオーゼン。だが実際人間の活動において美味い食事というのはかなりの影響力があり、特に料理の知識などが無くても使うことができ、それこそほんの数秒で肉が焼き上がるというこの魔法道具は冒険者の間ではかなりの人気を誇っていた。
ただし量産が効くような品ではないため相応に値段も高く、人気が高いため金があっても買えるとは限らない。無論勇者パーティであれば優先的に回してもらうことはできたが、それは何だかずるい気がするということで結局今現在でもフレイ達はこれを所持していなかったりする。
だが、今その憧れの魔法道具が目の前にある。正確には町の何処かに厳重に保管されているのだろうが、そんな事は些細な問題だ。
「よし、この競技会、儂も出るぞ!」
『本気か!? 確かに貴様の料理の腕はそれなりなのであろうが、本職の料理人と勝負できる程のものなのか?』
自宅で料理していたことから、ニックの腕がそれなりであることはオーゼンにも理解できている。だが流石に魔力感知では細かな味の優劣までは判断できない。故にこそ問うオーゼンに、ニックはニヤリと笑ってみせる。
「フッ。オーゼンよ。儂が何の考えも無しに参加するなどと言っていると思うか?」
『むしろ貴様に考えがあることの方が不安なのだが……だがまあ、料理であれば今までのように大事になることもあるまい。好きにすればよいのではないか?』
「うむ、そうさせてもらおう!」
笑顔のニックは、早速掲示板に書かれている場所に赴き、競技会への参加手続きを取っていく。
「では、競技会の流れを説明します。まず参加者の皆さんには、実際に料理を作って一般の方に販売していただきます。その際販売する場所に伝手が無い方には、こちらから簡易屋台をお貸し致します。
で、その販売実績に応じて上位何名かを選抜し、最後は審査委員会の用意した人員に実際に料理を振る舞っていただきます。その方達の評価と一般の方の評価を総合し、もっとも得票の多かった方が優勝となります。何か質問はありますか?」
町役場にて受付をしていた細身の男性の説明に、ニックはいくつかの質問をしてから最後に屋台の保証金として銀貨一〇枚を渡して参加手続きを終えた。そうして早速借りた屋台を引く……ことなく、ニックはそのまま真っ直ぐに町を出る。
『おい、何故町を出るのだ?』
「オーゼンよ。料理をするのに必要な物は何だ?」
『何を突然……料理に必要な物? 調理器具、調理場……いや、もっと根本的なことか? であれば食材……?』
「そうだ!」
笑顔で答えるニックの視線が、遙か平原の先に向かう。そこにいるのは魔物であり、食材であり……即ち肉である。
「ということで、食材を取りに……いや、狩りに行くぞ!」