表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
121/800

父、返してもらう

昨日当作品に2件目となるレビューをいただき、次いで総合評価1万ポイントも達成致しました! これもひとえに読者の皆さんの応援のおかげです。本当にありがとうございました。


これからも頑張りますので、引き続きブクマ・評価等宜しくお願い致します。

「そんなものをもらっても困るのだが……」


「え?」


 心底困り顔をしたニックに意外そうな顔をするムーナ。だが己の手にしたものを確認したことで、その表情が焦りと羞恥に染まる。


「あ、ち、違う!? 違うわぁ! ちょっと大きいから引っかかっちゃっただけよぉ! ちょっと待って……ほら、こっちよぉ!」


 慌てて胸当てを胸の谷間に押し込み、改めてムーナが取り出したのは……


「おお、それは儂の魔法の鞄ストレージバッグではないか!」


『いや、待て。先ほどの布はまだしも、それはどうやって胸の谷間にしまっていたのだ? どう考えても入るとは思えないのだが?』


 魔法の鞄ストレージバッグはニックが腰につけている鞄より一回り大きい肩掛けのもので、如何にムーナが豊満な胸を持っていたとしてもその隙間に入るような代物では無い。が、そんなオーゼンのツッコミを華麗にスルーし、ムーナが微笑みながらニックに魔法の鞄ストレージバッグを差し出す。


「そうよぉ! ということで、はい」


「この傷、ヘタリ具合、間違いなく儂が使っていたものだ……しかしいいのか? これを儂が持っていってしまっても?」


 懐かしそうに自分の鞄を撫でつつ問うニックに、ムーナは苦笑して答える。


「いいわよぉ。そもそも旅立つときに持っていくつもりだったんでしょぉ? むしろ持っていかなかったことの方が驚きだったわぁ」


「それはお主があのようなことをしたからではないか! あれは久しぶりに肝が冷えたぞ!?」


 思い出されるのは旅立ちのあの日。半裸で叫ぶムーナのせいで着の身着のまま飛び出す羽目になったことだ。如何に豪胆なニックといえど、仲間を襲った暴漢扱いはとても許容できるものではない。


「でも、あのくらいしないとニックはなかなか出て行けなかったでしょぉ? 娘離れ出来ない貴方の自業自得よぉ」


「ぐぅ、否定し切れんところが辛い……」


『なあ、我の言葉を聞いているか? どうやってその鞄が胸の谷間に入っていたのだ? 気になって仕方が無いのだが』


「んもぅ、無粋ねぇオーゼン? 女の胸には秘密がいっぱいなのよぉ?」


「そうだぞオーゼン。女性にそのようなことを聞くものではない」


『我が悪いのか!?』


 まさかの悪者扱いに驚愕の声をあげつつも、二人にそう言われては如何にオーゼンとてそれ以上の追及はできない。それでも未練がましく意識をムーナの胸の谷間に向けていると、ふとオーゼンの方に視線を向けたムーナが怪しげに笑う。


「なぁにぃ? 人の胸の谷間をじろじろ見てぇ。魔法道具なのにイヤらしい子ねぇ」


「むぅ、いかんぞオーゼン。確かにムーナは魅力的な女性ではあるが、それでもそう露骨に意識するのは流石に自重すべきではないか?」


『ちがっ、違うぞ!? 我は、我は……くぅぅぅぅ……っ!』


 オーゼンの明晰な頭脳は、ここで何を言っても全てが悪い方へと転がっていくと導き出す。それ故もはや何も言えずただ悔しげに唸るオーゼンに、ムーナは悪戯っぽい笑みを浮かべてペロリと舌を出して見せた。


「フフッ、冗談よぉ。でもそんなに興味があるなら、ここ・・に入ってみるぅ?」


『結構だ!』


 深くて暗い胸の谷間を指さし言うムーナに、オーゼンが強い口調でそう返す。それがまた強がっている子供のようで、ムーナは楽しそうな表情を見せた。


「拗ねちゃってぇ。可愛いところがあるのねぇ」


『くっ、我がこのような娘に可愛いなどと言われる日が来ようとは……』


「おい、ムーナ。あまりオーゼンを虐めるでない。で、これは本当に儂が持っていっていいのだな?」


「ええ、いいわよぉ。最初の内はロンが使っていたけど、私達が……私達が何をしていたかは、当然知ってるわよねぇ?」


「無論だ。『ぼうけんのしょ』は逐次確認していたからな」


「ならわかってるでしょうけど、ニックがコモーノを去ってからすぐに、私達もコモーノに行ったのよぉ。で、ひょっとしたらツギーノ平原の肉祭りで会えるんじゃないかと思って、その時に返せるように中身を整理して私が預かってたのよぉ」


「ああ、そういうことか」


 ムーナの言葉に、ニックは大いに納得して頷く。確かにあの時ツギーノ平原の方に行くかどうか検討していたのだから、その判断は正しい。


「ツギーノの方で会わなかったから、てっきり大森林に行ったのかと思ったけど、まさか無の砂漠に行っていたとはねぇ。本当にニックは読めないわよねぇ」


「無の砂漠? あの蟻達のいた場所はそんな名前だったのか」


「……まあ、ええ。ニックだからもういいわぁ」


 まさか自分達がいた場所の名前すら知らなかったとは流石のムーナにも予想外だったが、それもこれも「ニックだから」という理由をつければそれだけで納得するしかない。呆れ混じりの苦笑をするムーナを前に、ニックは軽く魔法の鞄ストレージバッグの中身を確認すると、テーブルの上に置いたオーゼンを手に持ち、おもむろに席を立った。


「では、儂はそろそろ戻るとしよう」


「あら、本当にフレイとは会っていかないのねぇ」


「まあな。なに、あれは儂とマインの娘だ。お主達のような信頼できる仲間もいることだし、簡単にどうにかなるようなことはあるまい」


「そりゃそうよぉ。何せフレイは『勇者』様だものぉ」


「はっは。そうだな。ではムーナ……娘のことを、よろしく頼む」


 扉に金の鍵を刺し、元の宿屋に戻る直前。やにわに真剣な表情をしたニックが、そう言ってスッと頭を下げた。


「いいわよぉ。頼まれてあげる。だから貴方は安心して……まあほどほどに頑張りなさいなぁ。いい? ほどほどよぉ?」


「わかったわかった。気をつけよう。ではな!」


『失礼する』


「じゃーねぇ」


 軽い挨拶を交わし、開いていた扉が閉じられる。そうして再び二人きりになったところで、おもむろにオーゼンがニックに問いかけた。


『家に帰ったことは話さなくてもよかったのか?』


「ん? ああ、よいのだ。それはフレイに伝えるべきことではないからな」


 ムーナに旅の道程を語るなか、その最後の場所……即ちニックが家に帰ったことだけは伝えなかった。その真意を問われ、ニックはゆっくり首を横に振る。


「あの子はまだ道半ば。これから先こそ旅は辛く苦しくなっていくだろう。だというのに余計な心配をかける必要はあるまい。フレイが家に帰るのは、きっと魔王を倒した後であろうからな」


 旅の途中、フレイがニックに「家に帰りたい」と言ったことは一度としてなかった。それは決してフレイが村を嫌っていたというわけではなく、フレイにとってニックの側こそが「帰るべき場所」であり、家に対してはそれ程こだわりが無かったからというのもある。


 だからこそ、ニックは語らない。いつか全てが終わったら、二人揃って家に帰る。それだけで十分であり、それ以上は望まなかった。


「さて、それより次の目的地だな。もう『百練の迷宮』のありそうな場所に心当たりはないのだな?」


『さしあたっては、そうだな。世界地図でもあれば大まかにこの辺、という示し方くらいはできるのだが』


「世界地図か……それはまた無茶な注文だな」


 アトラガルド時代には誰でも簡単に精密な地図が手に入ったが、今の世界では精密な地図は貴重な軍事情報だ。町の周辺のかなり大雑把な情報くらいならともかく、世界全てを網羅する地図などそもそも存在すらしていない。


「ならば、そうだな。丁度話題も出たことだし、今度こそツギーノ平原の方へと行ってみるか」


『む? あれから随分と立つのだし、流石にもう肉祭りとやらは終わっているのではないか?』


「ハハハ。そりゃそうだろうが、別に祭りが無くてもあそこの肉料理は美味いぞ? それに少し前にフレイ達が立ち寄ったというのなら、厄介ごとの類いはその時に片付けておるだろうしな」


『ふむ、それは確かに十分に検討に値する条件だ。よし、そういうことならそこに行ってみるとしよう』


「決まりだな! では行くか!」


 思い立ったが吉日。既に旅立つには若干遅い時間になっていたが、ニックであれば関係ない。宿の主人に断りを入れ、町でいくらか食料などを補充すると、ニックは意気揚々と歩き出す。


 次に目指すは肉の町。新たな出会いと美味しい冒険を求めて、ニックは足取りも軽くツギーノ平原へ向けて出発するのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
面白い、続きが読みたいと思っていただけたら星をポチッと押していただけると励みになります。


小説家になろう 勝手にランキング

小説家になろうSNSシェアツール
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ