父、手渡す
「相変わらずやらかしてるわねぇ」
流石に勇者パーティが泊まるだけある、高級な宿屋の一室。テーブルで茶を飲みながら今までの経緯を語ったニックに対し、ムーナがため息交じりに放った第一声はそれであった。コモーノ王城で話を聞いたときからある程度の予想はしていたが、それを遙かに超える活躍っぷりには呆れるしかない。
「まあでも、いいわぁ。どうせニックはやらかすだろうと思っていたし、勇者パーティを抜けている以上『ぼうけんのしょ』への影響は無いもの。ただひとつだけ、全く予想していなかったものもあるみたいだけどぉ」
言ってムーナが視線を向けるのは、テーブルの上に置かれた黄金のメダリオン。その視線を感じ取り、オーゼンが改めて挨拶を口にした。
『お初にお目に掛かるムーナ嬢。改めて自己紹介をさせていただくが、我はオーゼン。この男を主とし、我が生まれしアトラガルド崩壊の謎を追う者だ』
「オーゼンねぇ。宜しく」
ニックに対するものとは違って丁寧な物言いをするオーゼンに、ムーナは軽く微笑んで答える。そのまま握手代わりに手を伸ばすと、ムーナの指先がオーゼンの体表に触れた。
「不思議ねぇ。こんなメダリオンが喋るなんて。一体どんな技術なのかしらぁ?」
「ムーナでもわからんか?」
「下手な研究者よりは詳しいつもりだけど、流石にここまで高度な魔法道具は見たこともないわねぇ」
「そうか。まあ仕方あるまい」
ムーナならばあるいは、と思っていたニックだったが、その言葉に残念がりつつも納得の頷きを返す。もともと知らなくて当然、知っていれば儲けものくらいのつもりでいたので、特に落胆などはない。
『それでムーナ嬢よ。ひとつ聞きたいのだが、何故我の言葉が理解できたのだ? 今は違うが、先ほどまでは我としてはこの男のみに聞こえるようにしていたはずなのだが……』
そんなニックを余所に、オーゼンは最初から抱いていた疑問をやっとぶつけることができた。メダリオンから質問されるという貴重な体験に、ムーナは面白そうに目を細めてから形の良い唇を動かす。
「ああ、それぇ? 簡単よぉ。貴方はニックにだけ魔力波を放って干渉してるんでしょうけど、流石に反射までは制御できないでしょ? それを読み取っただけよぉ」
『何だと!?』
こともなげに言ったムーナの言葉に、オーゼンは思わず絶句する。それは音にたとえるなら岩に向かって声を発した時、その岩に跳ね返った振動を拾って会話を理解するようなものだ。
それ程微弱な魔力波形をきっちり感知するどころか、正しく増幅し意味のある形に戻すなど、アトラガルドの時代であっても可能な者が思いつかない。
『何という驚愕の技術か! 歴代の王候補であっても、そこまでの制御能力を有する者は一人としていなかったぞ!?』
「あーら、それは光栄ねぇ」
「何だかよくわからんが、凄いというのはわかったぞ! 流石はムーナだ!」
艶っぽく笑うムーナに対し、あっけらかんと笑うニック。その対比にオーゼンは思わずため息をつきそうになり、ニックに対して苦言を呈す。
『馬鹿なことを言っておらんで、少しはムーナ嬢に魔力制御を教えてもらえばどうだ?』
「無理だ! と言うか、前に言ったかも知れんが教えてもらった結果全く才能が無いと太鼓判を押されたからな!」
『そこは胸を張るところではあるまい……』
「まあ、普通に無理よぉ。ニックの場合、つきっきりで一〇年教えたら初級魔法が使えるかも? くらいの才能だものぉ」
『それは何とも……絶望的だな』
絶対に魔法が使えないという如何にも何かありそうな感じではなく、ごく普通に才能が無いというムーナの言葉に、オーゼンはガックリと肩を……もしあったらだが……落とす。そのどうにも人間くさい反応は、ムーナの中にある知識欲をこれでもかと刺激した。
「本当に面白いわぁ! 知識だけじゃなく、間違いなく知性が宿ってる……ねえニック、これ私にくれなぁい? お礼は奮発しちゃうわよぉ?」
蠱惑的な笑みを浮かべたムーナが、巨大な胸を腕でたゆんと揺らしながらニックに問う。まともな男なら一発で陥落しそうな「おねだり」だが、残念ながらニックには通じない。勿論、お互い本気では無いと理解しているということもあるが。
「ハッハッハ。如何にムーナの頼みでも、それは無理だな。だがその代わりに……これをやろう」
言ってニックが腰の鞄から取り出したのは、三本の銀色の鍵。それをムーナは興味深げに見つめ、オーゼンは驚きの声をあげる。
「これは?」
「オーゼンとの話を聞いていたのなら見当は付くだろうが、これは登録した扉とそれ以外の扉を繋ぐ、簡易的な転移陣……この場合は転移扉か? そういう使い方をするものだ。具体的には……」
そのままニックは銀の鍵の使い方や注意事項などを説明していく。それが進むほどにムーナの視線は鍵に釘付けになり、そうして全てが終わったところでテーブルに置かれた三本のうち一本を手に取り、しげしげと眺めた。
「へぇぇ。これが……でも、いいのぉ? 今聞いた話だと、これ随分と貴重品なんでしょぉ?」
『そうだぞ。いいのか? 一本ならまだしも、三本も渡してしまって』
「ああ、いいのだ。確かにパーティとして活動するなら一本でも十分なのだろうが、この手の道具が本当に必要になるのは、往々にしてパーティが分断されて危機に陥ったときだ。
扉にしか使えぬという制限こそあるが、全員が緊急時に転移手段を持つことは重要な意味を持つ。一本しかなければどこにいるかわからぬ仲間を迎えには行けぬが、全員が持っているなら拠点に戻れば済む話になるからな。
それに、この鍵の希少性、重要性、そして何より危険性を考えれば、儂がこれを渡せるのは娘の他にはムーナとロン以外にはおらぬ。ならば六本のうち三本を渡したところで問題はあるまい」
『そうか。まあ確かに死蔵するくらいならその方が有効であろうな』
「フレイにだけ銀の鍵って手もあるわよぉ? 私とロンは銅の鍵でも十分だし」
「フッ。儂がそんなことをする男だと思うか?」
意味ありげな視線を投げかけてくるムーナに、ニックはニヤリと笑ってそう答える。実際そうしたところでムーナもロンも感謝こそすれ不満になど思うはずもないのだが、娘を預けられるほどに信頼できる仲間に差をつけるなど、ニックには考えつきすらしないことだ。
「フフッ。ありがと。じゃ、これは信頼の証としてもらっておくわぁ。他の二本はどうする? 本人に直接渡す?」
「そうだな……というか、他の二人はどうしたのだ?」
「ロンは物資の補給で買い出し。フレイは町のお偉いさんのところに顔を出してるところねぇ。ああ、ちなみに私とフレイは二人でこの部屋に泊まってるのよぉ」
「なるほど、それでここの扉が開いたのか……そういうことなら、残りの二本はムーナが渡しておいてくれ」
「フレイに会わなくていいのぉ?」
ムーナの言葉に、ニックは少しだけ寂しげな顔でゆっくりと首を横に振る。
「構わん。今会えば妙な里心をつけてしまうかも知れんしな。せっかく儂から独り立ちしたのだ。もう少し見守ってやりたい」
「ニック、成長したわねぇ」
そんなニックに、ムーナはテーブルから身を乗り出してその頭を撫でた。すぐ目の前で揺れる巨乳には特に反応しないニックも、少なくとも見た目は年下であろう美女に頭を撫でられるのは照れ、思わずその手を払ってしまう。
「やめんか! 儂だって色々と考えておるのだ」
「フフフ。じゃ、そんなニックにはお礼をかねてご褒美をあげるわぁ」
楽しげに笑うムーナが、椅子に座り直すとその深い胸の谷間に手を突っ込む。そうしてしばらくゴソゴソすると、そこから布でできた大きな胸当てをズルリと取り出した。